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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
578/801

リンの章 「cloudy」

公園には彩綾先輩、佐伯先輩、それから宗次郎くんにサチ、そしてエリツヨのカップルの6人が待っていた。

わかっていたことだけど秋先輩の姿はなくて私は少し泣きそうになった。

「あ!レンだ!」

真っ先に彩綾先輩が駆け寄りレンちゃんの頭をガシガシと殴るように撫で(?)た。

「わ〜ちょっと!せっかくセットしてきたのに!」

「うっさい!今まで一緒に登校しなかったバツ!」

「あ〜もう…。リン、ちょっと直して」

え?……やだよ。

「手ベタベタになるじゃん!」

「洗えば良いだろ!」

「じゃ自分でやんなよ」

「見れねぇから言ってんだろ!」

そっか、レンちゃん見れないんだ…。

じゃあ朝のセットは誰がやったの?という疑問は置いておいて、仕方ないからレンちゃんの髪を整えようとすると

「ん〜、レンちゃんはこっちの方が、、、」

と乃蒼先輩が髪を直し始めた。

横から2人のその姿を見ていると、いつか新婚さんになってこんな日常になるのかな?と思わずにはいられなかった。

それは来るかどうかわからない遠い未来。

私にわかるのは、すぐそこまで来ているこのまま穏やかにはいかないという未来だった。

「こんな日でも相変わらず七尾先輩遅いっすね」

宗次郎くんが腕時計をちらりと見る。

鐘が鳴るまであと15分。

「秋なら昨日の夜連絡あって用事があるから先に行ってるってさ。あいつ卒業式にサプライズでなんかやるつもりなんじゃね?」

そうだったらどんなに良いか…。

でもタケル先輩、それはないです。

だって先輩は…。

「そういやこないだ七尾先輩が部活見に来たんすよ。あの人のせいでウチのマネも女バレもバッタンバッタン倒れちゃって、そりゃもう大変だったんすから笑」

宗次郎くんが話すのを私は胸に重しを乗せられたみたいな気分で聞いていた。

「吹奏楽部にも来たよ!もしかして宗次郎と同じ日だったのかな?」

「その日かどうかはわかんないけど私とツヨシのところにも来たよ」

その真意を知っている私はみんなのようには笑えなかった。

チラリと見ると乃蒼先輩も真顔でどこか遠くを見てた。

「いっきなしスマホで写真撮られたよ」

「そうそう私も。先輩スマホ買ったんだね」

「私もツヨシと一緒の写真も撮ってもらった!今日ね、それもらう口実に先輩の連絡先ゲットしようと思ってんの!」

「ちょっと待てお前ら」

タケル先輩が宗次郎くん達に割って入る。

さぁ、秋先輩のいない卒業式を始めよう。

忘れたい、忘れられない中学の思い出を。

「秋がスマホ?なんだそれ、聞いてねぇぞ?」

「私達もこないだ会ったけどスマホの事なんて一言も言ってなかったよ!」

タケル先輩も彩綾先輩も怪訝な顔つきだった。

「写真っていや…そういやアイツ…」

「うん、私達も撮られたね…一眼レフだったけど」

「なぁ、それどんなスマホだったか覚えてる?」

宗次郎くんは一瞬だから覚えてないと答え、エリーとツヨシくんも暗かったからよく見えなかったと答える中、サチだけがそれを覚えていた。

「古い型の白色のiPhoneでゴッホのひまわりが描いてあるのケースだったと、、、」

「ひまわり!?」

と声をあげたのはタケル先輩でも彩綾先輩でもなく乃蒼先輩だった。

おや?と思った。

乃蒼先輩が驚いている。

私の知ってることは乃蒼先輩と永澄先輩も知っていると思っていたが、もしかして2人も知らない事があるのかもしれない。

「それってアイツが前使ってたヤツじゃね?失くしたんじゃなかったのかよ!」

少し怒気が含まれたタケル先輩の声。

「あるならどうして失くしたなんて言ってずっとガラケー使ってたの?」

「知るかよそんな事!」

タケル先輩の怒鳴る声に隠れるように乃蒼先輩が小さな声で

「やっぱり…」

と呟いた。

誰に対して言ったわけでもないその言葉をタケル先輩は聞こえてしまったらしく

「おい乃蒼、やっぱりってなんだ」

と尋ねた。

「なんとなく、無くすわけないって…。もし本当に無くしたらあんなに普通じゃいられないはずだから」

「どういう事?」

「あの携帯の中にはユーリとのメールもあるはずだから…。だから無くすはずないし、無くしたら絶対あんな風に笑ってなんかいられないはずだもん」

タケル先輩が天を仰いだ。

「あぁ、そうだ…そうだよな。なんで気付かねぇんだよ俺は」

「いやちょっと待ってよ」

彩綾先輩はタケル先輩の頬を両手で挟み、グイっとあるべき方向に戻した。

「なんでそんなことしてんの?」

その疑問はもっともだと思う。

「乃蒼、心当たりは?」

みんなの視線が一斉に乃蒼先輩に集まる。

「ううん、知らない…」

「タケルは!」

「わかるわけないだろ。んなもん本人に聞けよ」

「だよね!」

彩綾先輩は力強くそう言った。

けどそれが先輩自身の弱い心を奮い立たせているように見えた。

「ここで話しててもラチあかないし本人に直接聞こう。大丈夫、だんまり決め込んだら回して蹴るから!」

先輩、蹴るのは無理ですよ…もう無理なんです。

無論彩綾先輩が本気で言ったわけではないことも分かってる。

ただ言い知れぬ不安が襲っていて、それを打ち消したいからわざとそんな強い言葉を使ったように思えてならない。

たったこれだけのことでそこまで不安に思えるのはやっぱり長い付き合いだからなのだろう。

宗次郎くん達は未だにピンと来てなくて、自分たちの話のせいで先輩達の怒りに火をつけたのではないかとオロオロしていた。

大丈夫、ここにいる誰も悪くないんだよ。

悪いのは秋先輩1人だけ。

共犯者というのなら、私も乃蒼先輩も永澄先輩も同じ罪を背負っているかもしれないけれど。

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校門の前の桜は今年はまだ五分咲きで、花びらが舞うロマンチックな風景とは程遠かった。

私たちが校門をくぐるのを待っていたのだろうか?永澄先輩とマカ先輩、そして中橋先輩が血相を変えながら校舎に逆走して私たちの所に走ってきた。

「おはよう…て、最後の日まで無視!?」

いつものボケなどではなくどうやら本当にタケル先輩の声が聞こえていないようで、マカ先輩は私たちの顔を一通り見回した。

「ちょっと秋は?なんで一緒じゃないのよ!」

「秋?あいつなら先に行くって、、、」

「秋が卒業式で手紙が出ないって!」

マカ先輩が錯乱していた。

「え?ごめんちょっと何言ってるかわかんない」

「なんでわかんないのよっ!怒」

「ちょっとマカ落ち着いて」

彩綾先輩がなだめるもそれどころではないと言わんばかりに顔を真っ赤にしたマカ先輩は

「秋が今日卒業式に来ないってあんた達知ってたの!」

と終わりの初まりを告げた。

「は?秋が…来ない?」

とタケル先輩。

「ちょっとマカ、それどういうこと?」

怒ったように疑問形で話す彩綾先輩。

「今朝来たら下駄箱に緑色の封筒が入ってて、参ったなぁ〜最後の日だっていうのにラブレターか。私いま彼氏とラブラブなんだけどなぁ、って困ってたら、、、」

「マカ…いまそれ必要か?」

「コーイチは黙ってて!それで中見てみたら秋からだったの!それで…今日の卒業式出ないって書いてあって!」

え?とその場にいた3人以外が短い言葉を一斉に吐き出す。

「なんであいつが来ないんだよ!」

「卒業式なんだよ?最後なんだよ?何かの冗談じゃなくて?」

「どうして七尾先輩が…」

3年生も2年生も口々に話す中、

「乃蒼、それからリンちゃん…ちょっと」

と永澄先輩に腕を引かれ状況を把握できていない集団から少し距離をあけた。

「ちょっとこれ見て欲しいんだけど」

と差し出したのは緑色の便箋だった。

「2枚目の後半の方、読んで」

乃蒼先輩が一枚めくる。

永澄先輩の言う後半とは、それまで書かれていた文章からかなり改行してあり一目でそこからとわかるものだった。











『それから永澄…ごめん。俺、永澄と一緒に千石高校には行けません。最後に会ったあの日、乃蒼と3人で話したあの日…2人には言ってなかった事がある。言わなかった理由はたった1つ、俺の決心が揺らぐから。お前らに止められたら俺はお前らに甘えて今のままでいる事を選択したと思う。でもそれじゃ何も解決しないんだ。花さんとの距離の縮め方がわからないまま今よりもっと溝が深くなっていくような気がする。もしかしたら花さんに一生消えない心の傷を作ってしまうかもしれないし、思ってもない暴言を吐いてしまうかもしれない。自分の心を押さえ込んだままでいる自信が今の俺にはないんだ。だから、俺はこの街を離れるよ。どこに行くかはまだわからない、いつ帰ってくるかもわからない。もう少し大人になれた頃、またこの街に戻ってこようと思ってる。

自分勝手な奴でごめん。相談もせずにお前らと離れることを選んでごめん。嫌われても愛想をつかされても仕方ないことはわかってる。だけど、もう手遅れかもしれないけどお前にも伝えたい言葉があるんだ。

永澄、愛してるぜ。

マサさんと幸せにな。












読み終えたはずの乃蒼先輩は手紙から目を離そうとしなかった。

ジーっと秋先輩の書いた文字を脳に焼き付けるように。

「まさか卒業式に出ないだけじゃなくこの街からいなくなるなんてね…」

「聞いてないよ…そんなの…」

「私達のところにあるってことは、乃蒼やリンちゃんの下駄箱にも置いてあるんじゃないかな?」

永澄先輩がそう言うと手紙を勢いよく突き返した乃蒼先輩が走り………走ってるんですよね?………とにかく、歩くよりも少し早いくらいのスピードで生徒玄関へと向かった。

それを見たタケル先輩達も乃蒼先輩の意図がわかったようで遅れて走り出し、すぐさま追いつき、追い越して生徒玄関へと向かう。

その後を追う永澄先輩達の背中を私はボーッと眺めていた。

溜息をつきそうなのを意図して必死に堪えてた。

「おい七尾先輩がこの街出て行くってどう言うことだよ」

レンちゃんの声にハッとした。

その場に残っていたのは私とレンちゃんの2人だけ。

エリー達2年も私たちを置いて自分達の下駄箱へと走っていく後ろ姿が見えた。

「聞いてたの?」

「聞こえたんだよ。今日は風がないから」

風がなくたってあの距離で聞こえるのはちょっともう尋常じゃないかもしれない。

「あの人が卒業式に出ないのも謎だけどなんでこの街まで出てかなきゃなんねぇんだよ。何があったらそんな事になんだ?」

「………」

「なんか言えよ」

「うん…ごめん」

「ごめんじゃわかんねぇだろ!」

「うん、そうだよね…ごめん…ごめんね」

謝ることしか出来ない。

いくらレンちゃんでもこれだけは言わない。

たとえそれで私が責められたとしても、秘密と約束は守りたいと思った。

じゃなきゃ、秋先輩が1人ぼっちみたいで可哀想じゃない?

私は何かあっても秋先輩の味方でいるって決めたんだもん。

女に二言はないって言うでしょ?

だからごめんねレンちゃん。

「お前のところにも先輩来たのか?」

「うん」

「俺のところにだけ………来てないんだけどそれはどうことなんでしょう?」

後半まくし立てるほど余裕を無くしたレンちゃん。

「いやいや、むしろ1番最初に来たでしょよ。あの図書室に」

「マジかよ…。あの時からいなくなること決めてたのか」

本当は違う。

けどみんなのところを回ろうと思ったきっかけはあの時だった。

レンちゃんだけじゃなく、みんなに愛してるを伝えたいと思ったのだそうだ。

「あ!けどよ!写真は撮ってないぞ!」

七尾先輩は人の顔をすぐ忘れてしまうらしい。

あのユーリさんですらもう思い出すことが出来ないんだと寂しそうに言っていた。

そんな七尾先輩がレンちゃんを撮らなかったのは、私がAirDropでレンちゃんの写真を送っていたから。

電話番号もメールアドレスもLINEもすぐに新しい携帯に変える予定らしく、聞いたところで意味がないと思って諦めた。

「写真撮るためだけにまたレンちゃんに会うとバレると思ったんじゃないかな?」

というのが七尾先輩の本心だった。

あいつに隠し通せる自信がないんだよ、と言った時の先輩は寂しそうだった。

野島先輩達の写真はもうすでに持っているから会わずに旅立つと私には教えてくれていた。

『その代わり手紙を出すよ』と言った先輩がもっと寂しそうにしてたのが私は忘れられない。

「自分勝手な人だな…全く…」

同感だよレンちゃん。

けど今は自分勝手に生きてて欲しいと、その理由を知ってる私はそう思うんだ。

こんな時くらい誰のことも考えずに自分だけの事を考えて好き勝手やったっていいじゃない?

他の誰が許さなくても私だけは許したい。

「なぁリン…卒業式が終わったら俺宛の手紙、読んでくれない?」

「ちゃんと病院に行くって約束してくれたら」

「するから」

「じゃあ読んであげる。でも終わってからでいいの?」

「どんなことが書かれているかわかんないしメチャメチャ気になるけど、多分読んだら相当やられると思うからやめておくよ」

どんなことが書かれてたって、きっとレンちゃんのメンタルはズタボロにやられると思う。

卒業式の大役任されたのにそれすら出来なくなるくらいボロボロに。

だから私もその方がいいと思う。

「本当はちゃんと自分の目で読みたかったけどな」

レンちゃんはもう字を読むのが困難なほど目が悪くなっている。

私がその事に気付いたのはごく最近のことだった。

きっと兆候は前からあったはずなのに私すら騙し通せたレンちゃんはある意味凄いと思う。

けど騙し通せなくなるくらい今のレンちゃんの視力は笑えないほど見えていない。

まるで見えないわけではないが、文字などを読むのは困難なくらい視力が落ちてしまった。

病院に行こうとどれだけ説得しても、卒業式が終わったらと頑として首を縦に振らなかった。

そのため今日の式で弾く200曲を超える楽譜は全て頭の中に叩き込んである。

それもちょっと尋常じゃないと思う。

「お前も手紙気になるだろ?行けよ」

「1人にしとけないよ」

「バーカ。通い慣れた場所なんだから1人でも余裕だよ」

「私も1人じゃ嫌なんだってば」

心細いんだよ、メンタルがズタボロにやられるだろうから。

でも私の場合卒業式が終わるまでなんて待てないよ。

今すぐ走り出してしまうそうなのを堪えるくらい。

「レン!それにリンちゃん!」

遠くから私達2人を呼ぶその声は野島さんと阿子さん、そして桜さんと…あの人誰だろう?

「秋は!」

駆け寄るなりそう叫ぶ野島さん。

手には緑色の便箋を握りしめていた。

「今どこにいるんでしょうね…。私には…わかりません」

空は青かった。

灰色の大きな雲は遠く遠く、光を差しながらここではないどこかの街を照らしていた。

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