リンの章 「I can't yet graduate from you」
お金持ちと貧乏。
美人と素朴顔。
大人と子ども。
男と女。
どんな人でもどんな境遇でも時間だけは平等。
だからこの日が一生来なければいいと願ったところで秒針は休まず進んでいく。
私達の何かを気付かないくらいゆっくりと変えながら。
「おはよう…レンちゃん」
「………おぅ」
3月9日、昨日までパラついてた雨の気配がなくなるくらいには晴れた朝。
青空ベースのあちこちに灰色の大きな雲が点々としている。
予報では雨は降らないらしい。
心模様は今もう既にシトシトと別れの雨が降っている。
「………」
「………」
「………」
「………なんか言えよ」
「ネクタイ…曲がってるよ」
新婚さんの妻のようにネクタイを直してあげる。
メガネ姿に珍しく髪をセットしたレンちゃんは清潔で清純な模範生徒のように見えた。
だがその胸の中は今どんな感情に囚われてるだろう?
寂しさ?不安?それとも…?
「大丈夫なの?」
嘘をついて欲しくなくてまっすぐ目を見て尋ねた。
「聞かれたって大丈夫としか言えねぇだろ」
けれど私を見つめない。
「………」
私は目を見てくれるまでなにも話さない。
その空気を感じたようで視線を彷徨わせていたレンちゃんがようやく私と目を合わせた。
「お前がいるから…最悪なんとかなるって思っててもいいか?」
「うん…いいよ…」
求めていた答えとは違ったけど、でもそれがレンちゃんの本音なのだろう。
私はレンちゃんの保険になれるだろうか?
私にもまたレンちゃんと違った覚悟が必要だった。
「じゃ、行くか」
「…やだ(ポツリ)」
「お前、、、」
「嘘、行こっ笑。学校まで一緒に行くの久しぶりだねっ。みんなもう来てるかな〜?」
わざわざ学校を通り越して一緒に登校しているエリーとツヨシみたいな人もいるけれど、住んでる地域が学校を中心として反対側の永澄先輩とマカ先輩、それにたとえその2人が来たとしてもくることはないであろう中橋先輩は今日こういう日だとしてもあの公園にはいないだろう。
「おはよう」
コンビニを通りすぎたあたりで後ろから声をかけられ、振り向くと乃蒼先輩が立っていた。
金色の髪を一つに結び朝日に照らされたその姿に、国天じゃない私には形容する言葉が『天使』しか見当たらない。
隣の国天に言わせたら天使ではなく女神なのだそうだ。
以前『その違いはなに?』と訪ねたことがある。
レンちゃんは『天使は目的の為だけに存在するけど女神には意思がある。だからいじわるだったり矛盾があったり人間を振り回すこともする。そういう人間ぽいところがあるのが女神』と答えた。
なるほどねと納得する反面、それは受け取る人間側次第じゃないかなとも思う。
レンちゃんにとってはそうかもしれないけど、私にはいつも綺麗で優しくてちょっと天然の入った大好きな先輩なだけだ。
もっと言うとねレンちゃん、この人は天使でも女神でもなくて人間なんだよ。
嬉しい時は笑うし、悲しい時は泣くし、辛い時には落ち込むし、そしてそれを気付かせない様に普通を装ったりするんだよ。
一つの感情だけで生きたりしないで、色んなことを抱えてその一つ一つに答えを出すどこにでもいるごくごく普通の美少女なだけなんだよ。
その証拠にホラ。
レンちゃんは気付けるかな?
それとも…気付くことも出来ないのかな…。
「お、おはよう、ご、ございます。久しぶり…ですね」
「おはようレンちゃん、久しぶり。あれ?また背伸びたんじゃない?笑」
さすが乃蒼先輩!
そうなんです、レンちゃんは骨密度が心配になるくらい今なお急成長を遂げているんです。
「リンちゃんもおはよう」
「おっはよ〜ございますっ乃蒼先輩っ!」
私も悲しみと辛さを隠して明るく振る舞う努力をしてみる。
サチみたいに乃蒼先輩になりたいわけじゃないけど、乃蒼先輩のようにはなりたい。
今の私はそんなに自分のこと嫌いじゃない。
秋先輩がそう思わせてくれたから。
だから私に乃蒼先輩『のよう』な何かが加わればもっと自分のこと好きになれるって思う。
そうなったからといって秋先輩が私のこと好きになってくれるとは限らないけど。
でも私はそれでいいや。
だって今の私も秋先輩に愛されてるもん。
「レンちゃんハンカチ持った?」
自分よりも背の高いレンちゃんにまるで小学生のお母さんのように忘れ物チェックを始める乃蒼先輩。
「い、いえ…」
「え〜持ってないの?絶対レンちゃん泣くよぉ笑」
泣くでしょうね、間違いなく。
いつも一緒にいた私が言うんだから間違いないです。
だから私昨日言ってやったんです。
「リンがハンカチなんていらないから代わりにコレ持って来いって…」
カバンから取り出したのはサッカー部時代から使っていた赤色のスポーツタオル。
私が去年プレゼントしたものだ。
「あはっ、さすがリンちゃん笑。けどレンちゃんどんだけ泣く予定なの?笑」
私にも想像がつきませんよそれは。
だってこれから予想しているものより1つ多く悲しみが待ってるんですから。
「あ!やべっ!てか危ねぇ危ねぇ、忘れるとこだった!」
話の途中でレンちゃんが騒ぎ始めた。
「デジカメの電池買わなきゃならないんだった!悪いけど先に2人で行ってて下さい」
「レンちゃん1人で大丈夫?私も行こうか?」
「おいリン、もう俺の方が背高いんだから子ども扱いすんなよな」
子ども扱いとか…そうじゃなくて…。
乃蒼先輩がここで待っているから買っておいでよ、とレンちゃんに言うと申し訳なさそうにしながら通り過ぎたコンビニに走り出すレンちゃん。
その姿が声の届かない距離まで離れるのを待ち乃蒼先輩が私に話した。
「リンちゃん、私達からのお願い」
「はい?」
それだけではなんの話かちょっと理解しかねる。
「学校に着いたらそこで少し揉めると思う。知ってるのは私達2人とリンちゃんだけなの」
そこで私はその意味を知る。
「リンちゃんは何も知らないフリをして」
その後に続く乃蒼先輩の言葉はなかった。
「知らないフリ…ですか?」
少し考えてはみたがその理由が見当たらなかった。
「リンちゃんまで責められる必要はないよ」
つまりそれはなにも話さないということだ。
もちろん他人が勝手にベラベラと話す内容ではないしそんなことするつもりもない。
だから乃蒼先輩も永澄先輩も知らぬ存ぜぬで押し通すならそれもわかる。
だけど私『まで』責められる必要はないよ…とは、それは2人は責められてしまうということ。
2人は一体なにを話し、なにを責められるというのだろう?
「それってどういうことなんでしょう?知らないフリをしていれば乃蒼先輩達だって責められることないんじゃないですか?」
「うん…そうだね…。それもそうなんだけど…それじゃ秋が1人ぼっちみたいで可哀想でしょ?だから私達は同じ悪者になってあげるの笑」
「だったら私も一緒に、、、」
「ううん、それはダメだよ。私達は卒業する。寂しいけどタケルと彩綾とマカとは学校が違うから、きっとしばらくしたらほとぼりは冷めると思う。けどリンちゃんはレンちゃん達と毎日顔合わせるんだよ?その事で嫌な思いするのはちょっとね…って昨日永澄と話してたの。これは卒業していく私達のわがままだと思って。だから、ね?」
「でも、、、」
「私達は知ってる側、レンちゃん達は知らない側。その真ん中の立場はリンちゃん、あなたしかできないの。この先そこにいる人しか出来ないことがあるかもしれない。例えば拗れて拗れてどうしようもなくなった時、私達とレンちゃん側の間を取り持ってくれたりとか」
おそらくそんなことにはなりませんよ…。
乃蒼先輩達だし、レンちゃん達だから。
そんなの乃蒼先輩だってわかってるはずじゃないですか。
だからきっとこれは、、、
「リンちゃんが1番モヤモヤする立場になるのはわかってる。でも私達のためだと思ってお願い!」
私のためなんだろう。
卒業していなくなってしまう先輩達がこの事で何かあった時私を守ることが出来ないから、というそんな優しさなのだろう。
「私はそんなに弱く見えますか?」
でもね先輩、見くびらないで欲しいです。
私、秋先輩に愛された女ですよ?
乃蒼先輩からも愛されている女です。
他の世界じゃわからないけど、駿河二中では無敵です。
「リンちゃんが強くなったのは私にもわかってるよ。きっと自分の力でどうにかしようとするのなんて簡単に想像できる。けどこれは秋の希望でもあるの。リンちゃんには余計な事で悩まず千石の受験に集中して欲しいって」
「………そんなのズルいですよ」
その名前を出されたら引かざるを得ないじゃないですか。
「うん、秋も言ってた笑。どうしてもって時は自分の名前を出せばリンちゃんは引くからって」
本当に、ズルい人だ…大っ嫌い。
…嘘、愛してます。
「私達は同じ歳だから多少嫌な役割を任せちゃってもごめんで済ませてくれるだろうけどリンちゃんは誰よりも大切な後輩で誰よりも守ってやりたい人なんだ、って秋が言ってたよ。そんな自分が原因でリンちゃんと大切な人達との間にほんの少しの不協和音でも作ってしまったら今度どんな顔して会えばいいかわからないって」
そんな大切な後輩なのに先輩ったら手のひらでコロコロころころするんだもんなぁ。
「リンちゃんは秋の恩人なんでしょ?」
「へ?」
「何のことかはわからないけどそう言ってたよ?歳とか関係なく『俺の人生に爪痕残した恩人なんだよ笑』って」
先輩、残したのは歯型ですよ?笑
「私達なんかよりリンちゃんの方が特別感漂ってるもんなぁ〜笑」
「そ、そんなことないですから!」
特別?
この私が秋先輩の特別…。
ちょっとだけ自覚あったけど自惚れを払拭出来なかった。
本当に私、先輩の特別になれたのだろうか?
信じててもいいのだろうか?
「そういうわけでよろしく!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
「もし賛同が得られなくても強引に進めたらリンちゃんはきっとそうしてくれるはず」
「それも秋先輩が?」
答えはなかった。
ただニッコリと微笑む悪戯な天使。
「あ〜もぉ、最後の最後で先輩達のダメなところ見つけちゃいましたよ」
「嫌いになった?」
「まさか笑。愛してますよ」
たかだか取るに足りない人間らしさを1つ見つけたからといって残りの全てを否定するような勿体無いことするわけないじゃないですか。
「愛したもん負け、か…」
そう独り言のように呟いた。
乃蒼先輩に聞こえてしまったようで
「そういうこと笑」
と同意してくれる。
「もしかして先輩や永澄先輩も?」
「さぁ〜どうでしょう?笑。リンちゃんと秋の間で秘密があるように私達にも秋と秘密があってもいいよね?」
そうやって色んな人と秘密を作って…、あの人は本当にズルい人だ。
そして誰よりも愛されてる人だ。
わかってます先輩?
わかってませんよね?
わかってないからそんな選択しちゃうんですもんね。
「ダメな人よね〜」
と乃蒼先輩が溢した。
「ホンット、私達がいないとダメなんだから笑」
一人前の女性を気取って14歳の私がほざく。
「今度会う時は1発叩いちゃおっかなぁ〜」
でもそれだと嫌がるどころか喜ぶ可能性が高い。
「甘えちゃお、の間違いじゃなくて?笑」
「その方がいいな。乃蒼先輩もどうです?」
「あ〜…うん。出来たらね」
2つ返事で同調かと思った乃蒼先輩が曖昧な返事をしたのが意外だ。
理由はよくわからない。
もしもそれがこないだまでなかった『ソレ』のせいなのであれば、嬉しくもあり悲しくもある。
誰かが笑えば誰かが泣く、私達の恋は回る度にギチギチと軋む歪な関係。
「お待たせしました」
ようやくレンちゃんが電池を買い終え戻ってきた。
「遅かったけど何してたの?」
「それが…単3なのか単4なのかわかんなくなっちゃって…」
そっか、今のレンちゃん単3か単4かももうわからないんだ…。
「あ〜わかる!私もどれかわかんなくなって結局太いの買っちゃうもん」
「太いの?」
「そう。細いのより太い方がなんかよくない?大は小を兼ねる、っていうし笑」
「乃蒼先輩は小より大がいいのか…」
レンちゃんは1度下を向いてから空を見上げた。
誰にも聞こえないくらい小さなため息をついたのを私は見逃さなかった。




