秋の章 「文化祭7」
乃蒼は15:30からある吹奏楽部の演奏の準備のために音楽室に行かねばならなかった。花さんとすっかり仲良くなって、それはもう名残惜しそうに手と手を取り合って別れを惜しんでいた。
「もっと一緒に居たかった。もっと話したかった。けどもう、行かなきゃ」
乃蒼のその言葉だけ聞いたら最終電車が発車する直前の遠距離恋愛カップルのようだ。
「花さん。たくさんいっぱいありがとう。きっかけをくれてありがとう。褒めてくれてありがとう。あと、乃蒼って呼んでくれてありがとう。本当に嬉しかった。ここでサヨナラはすごい寂しい。泣いちゃいそうだ」
とても綺麗な日本語で別れを惜しむ乃蒼の瞳はさっきウサギ格好をしたせいか真っ赤だった。
「今度家に遊びにおいで。みんなで遊ぼう。待ってるから絶対おいでよ?」
花さんは最後にキツく乃蒼を抱きしめ、2人は姿が見えなくなるまで手を振りあっていた。
後ろから幼馴染達の会話が聞こえてくる。
「私さぁ、秋がコミュニティモンスターなのは花さんから受け継いだ能力だと確信したよ」
「だな。俺らなんて半年かかったんだよ?秋でさえ仲良くなるまで何日かは必要だったよ。そんな鈴井さんとたかだか10分で仲良くなって結果あの抱擁だもの。言葉がでてこねぇよ」
俺がコミュニティモンスターと陰で言われていたのはともかく、確かに花さんは俺の想像の遥か上を言っていた。新しい格言が今日生まれた。
『花さんと普通に話せない奴は、もう生きる価値すらない。死ねばいい』
俺と花さんは今日も2人の時間を作ってあげようとタケル達とそこで分かれた。手を繋ぎ、顔を見あって歩く2人を後ろから見ながら俺と花さんはホッコリした気持ちになっていた。さ、気持ちを切り替えて。
「図書室に行こう」
花さんがお目当てだった最後の1つ。俺の先輩が生息している図書室へ。
カラカラと引き戸を横に滑らせる。入ってすぐ左のカウンターに目をやると俺の先輩達は今日もそこで焼きそばとうどんとクレープを持参して生きていた。俺達を確認するなり
「おいコースケ、大変だ。見ろ、秋がホントに連れてきた。しかもうちの学生じゃねぇ!」
と文化祭でもリーゼントの野島さんが騒ぎ出した。
「よし秋、合格だ。ようこそ文芸同好会へ」
と文化祭でもロン毛会長の羽生さんが拍手をしてくれると残りの3人も俺と花さんに向け拍手をくれる。たしかカップルになったら同好会に入れてくれるんだっけ?
「あの…見た通り中学生じゃないんですけど」
「問題ない。高校生…いや、見たところ大学生か。部じゃないんだ、そんな細かいことは関係ない。そもそも本来誰でも入れるはずの同好会枠だ。会長特権で特別にお前の文芸同好会入会を許可する!」
羽生さんは同好会会長だけど少しだけ頭が悪い。
「それと、彼女でもありません」
俺の発言に激怒したのは会長よりもっとバカの野島さんだ。
「お前は彼女でもない人と腕を組んで歩いてるのか!ふしだらだな!」
「彼女じゃなくても腕を組むのが許される関係だってあるんですよ!」
これには4人一斉に
「「「「ねーよっ!」」」」
と叫ばれた。
「不潔よっ。秋の事ちょっと良いなって思ってたのに、サイテー」
茶髪の阿子さんが軽蔑の目で俺を見ると、阿子さんの隣で彼氏である野島さんは悲しそうな目で阿子さんを見ていた。花さんは腰を屈ませ肩を震わせながら笑っている。自分から説明する気はなさそうだ。
「あの…花さんです」
俺は手を添えて花さんを紹介する。だか予想と反して羽生さんは呆れた顔をした。
「お前なぁ、こないだ誕生日来て13歳になったんだろ?そこにいる女性を見てみろ。中学生の子どもがいるように見えるか?いくら親しい仲だとしてもそれは失礼だぞ?」
脳みそが腐って、、、じゃない、野島先輩も
「俺の母ちゃんなんて42だぞ?そこにいるお方はどう見ても大学生、どんなに多く見積もったって25くらいだ!そしたらお前は彼女が12歳のときの子どもか?さすがにそれは日本がざわつくぞ」
と脳みそが腐ってなきゃ思い付きもしない事を言う。本当にもう面倒臭いなぁ。
「いや、紛れもなく正真正銘の花さんなんですってば」
隣の花さんは実年齢より若く見られたためかニヤニヤと嬉しそうにしている。もちろん何も言わない。むしろもっといって欲しそうな顔だ。
「よし、お前がそこまでシラを切るならこっちにも考えがある。桜っ」
羽生さんが呼ぶとショートの桜さんがカウンターから出て来た。
「桜は将来メイクやスタイリト志望で今の時点でかなり勉強している。化粧で誤魔化そうが桜が見たら年齢も一発で当てられる。ちなみに体育の真島ちゃんの自称27歳も35歳と見抜いた凄腕の持ち主だ」
え?真島先生って35歳なの?確かにちょっと厚化粧だけど8歳もサバ読んでたのか!
失礼しま〜す、と桜さんは花さんの肌をマジマジと舐め回すように見たり、指で触った。
「結果はっぴょー」
普段比較的マジメな桜さんも今日は少しおちゃらけている。これも文化祭の雰囲気のせいだろうか?
「桜、年齢は」
バカ(野島さん)の口真似ドラムロールが終わると同時に桜さんは
「21です!」
と自信満々に約10歳も花さんの年齢を間違えた。
「ほらみろ〜!で、誰なんだよその人は!どんな関係なんだよ!彼女なんだろ?照れないで教えろよ」
とバカが騒ぎ出す。花さんは相当嬉しかったみたいで
「ありがとう!あなたとても見る目がある!」
と握った桜さんの手をブンブンと振り回していた。そして少し落ち着きを演じながら
「どうも。いつも秋がお世話になってます。花ですっ」
目一杯女子大生のキャピキャピ感を装って自己紹介した。図書室がざわついた。
「うそだろ…」(会長)
「若〜い。そして可愛いっ!」(阿子さん)
「うそっ!私すごい自信あったんだよ!?」(桜さん)
「待て待て。本当に21だとして8歳の時の子っていう可能性も、、、」(バカ)
「「「ね〜よバカっ!!!」」」
本当に、この人達は、楽しいなぁ(棒読み)。
俺達しかいない図書室で時間の限りたくさんの話をした。花さんのこと、俺のこと、先輩達の将来のこと、そしてやはり本のことだ。
「花さんの好きな本はなんですか?」
桜さんはこの短い時間ですっかり花さんのファンになったようで、花さんを見つめる目がうっとりしていた。いつだって花さんは男性よりも女性の方が熱狂的ファンが多い。
「作者もタイトルも忘れちゃったけど、主人公は好きだった人に告白しないまま故郷から出ちゃって、数年後東京で偶然その彼女と会うの。お互いその時は恋人がいるんだけど彼の方はやっぱり相手の事を好きだって再確認するのね。けど今は違う人が恋人だからって1度交換した連絡先を消して約束するの。もう一度偶然に会えて、その時2人とも隣に誰もいなかったら結婚しようって。それでまた連絡を取らない関係に戻るの。数年後に故郷でも東京でもない凄い田舎でバッタリまた偶然再会するの。その時2人はまた絶対に会えるって信じてずっと恋人を作らず1人で今日という日を待っていた、みたいな話。好きだったんだけど忘れちゃったなぁ、本棚にはあると思うんだけど」
さすがの本博識な先輩達もそれが何なのかを言い当てられる人はいなかった。阿子さんは「ステキな話」と呟いた。
「ハード系かと思ったら、意外と乙女な話が好きなんだね」
率直な感想だった。
「なんかさ会えるかどうかもわからないのに、でも信じて1人でいるってなかなかできないと思うんだよね。しかも2人ともって条件付きだよ?どっちかが会える事を諦めて恋人作ったらどんなに1人でいたって意味なくなっちゃうのに。偶然会えること、相手も1人でいることの2つも信じて会える日を待ち続けられるって簡単にはできない事だよ」
その表情は時々見せる遠くを見つめる顔だった。距離の遠さではなく、時間の遠さ。昔を懐かしむ、愛おしそうに懐古する目だった。
好きだというその小説のように再会を信じたくなるような人は花さんにはいるのだろうか?恋人は?そこまで進展していなくても、約束を守りたくなるようなそんな人はいるのだろうか?昨日がそうだったように月に1度、最終土曜日の昼に花さんは出かけているのは、そんな人に会うためだったりはしないのだろうか?
聞きたくても聞けることじゃなかった。先輩達と楽しそうに話す花さんを見つめながら、俺はそんなことを考えていた。
「お知らせします。15:30より吹奏楽部の演奏会が始まります。生徒は15:20までに体育館に集合してください。繰り返しますーーー」
全校放送で案内がかかると花さんは
「楽しかった〜。みんなありがとね。会えて嬉しかったよ」
先輩達、特に阿子さんと桜さんは名残惜しそうに両方から花さんの腕を掴んで
「もう帰るんですか?」
と抱きついていた。
「ううん。吹奏楽の演奏会を観てから帰るよ。けどみんなはクラス毎に観るんでしょ?私は一般席からだから一緒には観れないね、残念」
本当に残念、と会長とバカも無念そうにしていた。
「せめて花火までいたらいいのに〜」
阿子さんも引き止めに入る。
「ごめんね。けどこれから帰って秋の大好物を作らなきゃならないのよ笑」
な、ナニーーー!まさか…今日、食べられるなんで…。
「なんで、今日、ビーフシチュー、なの?」
俺は興奮を抑えながら尋ねると
「今日は楽しかったから私が食べたい気分なの。それに…」
花さんはまたウィンクをしながら
「ビーフシチューだったらクラスの打ち上げがあっても絶対まっすぐ帰ってくるでしょ?笑。私は今日の事をまた秋といっぱい話したいのよ」
帰るよ帰るよ!ビーフシチューなら俺は打ち上げだろうが打ち下げだろうが直帰だよ!
「ほらね、あの顔。嬉しそうでしょ?」
花さんが先輩達に耳打ちすると「本当だな。子どもみたいだ」とバカのくせにバカが俺の顔をみて笑うのだが、人の顔見て笑うのはとても失礼な事だと花さんに教わったことがある。バカはバカの上に無礼な奴だ。けどそんなことはどうでもいい。今夜はビーフシチュー!
ただやっぱり野島さん、アンタに笑われるのはだけは不本意だ!大好きの裏返しだけど。
「みんなで写真撮ろう。私だけみんなと会えないから家で写真みて我慢するんだ〜」
なるほど。だから写真を撮りたがるのか。小学校の頃タケルと彩綾は毎日のように遊びに来ていたから必要なかったけど、少し大人になった中学生は毎日のように遊びになんて来ない。花さんはもっとタケルや彩綾や乃蒼や先輩達と会って話がしたいんだ。いつも笑っているけど本当はさみしいんだ。ごめん気付かなかった。
カバンから本格的なデジタル一眼レフを出すとカウンター向かいの本棚にカメラを置き、セルフタイマーでで写真を撮った。
「ありがとう。みんな可愛くていい子で良かった。それからね、あなた達はきっといい大人になれるよ。本を読むって事は主人公の人生に寄り添ってるのと同じだと思うの。本をたくさん読めばその数だけ人生を知っているのと同じなの。本の上でたくさんの経験をしたあなた達はきっと、誰かを幸せに出来るようないい大人になれるよ」
4人はお互いのパートナーの顔を見合ったあと花さんに向かってありがとうございますと一礼した。さっきまで笑っていたのが嘘のように花さんの言葉をしっかりと受け止めた真面目な顔だった。
花さんは来た時のように俺の腕を組み4人に手を振って別れた。
「秋、あなたは良い友達と良い先輩に恵まれたね」
花さんに言われるまでもなく俺もそう思う。
「きっと育ちがいいから良い人が寄ってくるのかもね」
根拠はない。けどなんとなくそんな感じがする。
「育てたのは私だよ?私のおかげ?」
「遠回しにそう言ってるんだよ。ありがとって」
花さんは甘い甘い笑顔で俺を見つめ、組んだ腕に力を込め、俺の肩に顔を乗せた。
今この廊下に生徒がいなくて本当に良かった、と思った。




