秋の章 「文化祭8」
校庭を見る格好で俺は校舎の壁にもたれ芝生の上に座っていた。
「俺はよくわかんなかったけど、3曲目に演奏したの、かっこいいって思ったよ。アレなんて曲?」
隣には乃蒼が座っている。
「ファンタンゴ。トランペットカッコいいよね。私サックスだけど」
「あ、すまん。最後の曲は?ルパン三世を思い出させるやつ。あれはサックスが目立つ曲だったよね。花さんの車で聞いたことあるけど、あんなアレンジもあるんだ?」
「Fly Me to the moon。激ムズバージョン。かっこいいけどジャズは難しくてイヤ!なのにやりたいという矛盾との葛藤」
初めてみる乃蒼のサックスを吹く姿はとても格好良かった。半年前、まだ俺ともカタコト敬語で話していた乃蒼がどうやって吹奏楽部の扉を叩いたか気になるところだが、まあそれは今度でいい。今は後夜祭。今しか出来ない事をしよう。
逢う魔が時、夕方、黄昏時。夏ならまだ陽が高く明るいのだろうけど10月の下旬ともなると薄っすらと明るいだけだ。それでも横を向くと乃蒼の顔が見えるのは大きな照明が4つとも全灯しているからだ。校庭にある2つの大きなキャンプファイアーも手伝ってくれているのかもしれない。ついさっきまで強制だった全校生徒によるフォークダンスは今では参加希望者だけがキャンプファイアーを取り囲み踊っている。それでも結構な人数が炎の周りに集まっているのが見えた。あの中にタケルと彩綾もいるのだろう。2人は俺らに申し訳なさそうな顔をして手を繋ぎながら炎へと向かって行った。
「カラオケ大会、あれ絶対3年生が優勝するように仕組まれてるよね?茂木くん凄い上手かったのに」
乃蒼が言っているのは吹奏楽の演奏の後に行われた全クラス対抗カラオケ大会で、うちのクラスからは立候補で茂木くんという普段は目立たない男子が出場した。
「選曲、のせいかな?笑。けど来年以降、茂木は優勝狙えるよ」
彼は1回戦にミスチルの何とかって言うバラードを歌った。普段目立たない彼に俺らは全く期待していなかったが、ワンフレーズ歌ったのち全校生徒からどよめきが起こった。冴えない容姿とは裏腹の甘い声、歌い出す一瞬のグロウルからのクリアな発声、綺麗に響くファルセット、そして歌詞とは全く関係のないアクティブな踊り。それまでの出場した人とは異次元の上手さで、ワンコーラス歌い終わったあとの彼には惜しみない拍手が送られた。順調に勝ち進み3年生と当たった準決勝、彼は勝負に出たのか歌った曲は「天城越え」だった。彼はそれを妖艶に歌いあげた。歌詞とは関係のない踊りは相変わらずだったけど、その頃には観客はその踊りすらも期待するようになっていた。しかし、結果は3年生の歌う『高校三年生』に敗れた。ウケを狙っていたのかもしれないが完全にハズしていた。どちらが決勝に相応しいかは火を見るよりも明らかだったが茂木はそこで敗退した。結果が発表された後観客から、とりわけ1、2年生からは大ブーイングが起きた。席に戻ってきた茂木は悔しさのあまり醜いまでに顔を泣き腫らしていたが、周りからは惜しみない拍手が送られていた。
「上手かったんだけどなぁ。ねぇ、秋は歌上手いの?」
カラオケはあまり好きではない。けど花さんが好きなのでよく2人でカラオケボックスには行っている。
「わかんない。花さんは俺こと何でも褒めてくれるから笑。タケルと彩綾は上手いけどね、俺はどうだろ?」
乃蒼は大きなキャンプファイアーを見ていた。
「じゃあさ、もし来年も同じクラスになったら2人で出よう」
ははっ笑。凄いな。一昨日までの乃蒼ならそんな目立つようなことをしようだなんて絶対言うはずなかったのに。この2日間で乃蒼は何か大きなものを得たのかもしれない。もしくは大きな重荷を少しだけ捨てたのか、そのどちらかなのだろう。
「いいよ」
同じクラスになれるかはわからない。乃蒼はきっと2年生は特進へ進むだろう。俺は特進が嫌いだ。けど今日頑張った乃蒼を祝福したくて俺はそう答えた。
「絶対ね笑」
乃蒼は嬉しそうだった。
「ねぇ、昼間6組で女の子に囲まれてたでしょ?ヒューヒュー言われて。あれって何だったの?」
思い出して思わず苦笑いしてしまった。
「お前知ってた?俺に年上の彼女がいるって噂になってたの」
「失礼ね。今日までの私に噂を教えてくれるような友達がいるとでも思っているの?」
確かにその通りだ。けど自分で言わない方がいい。
「それじゃ俺と乃蒼が怪しいって噂があるのも知らなかっただろ?」
教えてくれる人がいないから。
「それは知ってる」
なん…だと?
「先月の終わりだったかなぁ?3組の女の子が4人私のところに来て聞いたの。秋と付き合ってるのは本当?って」
おかしい。俺は3組の女子から旧校舎にも屋上にも呼ばれてないぞ?
「それにさっき、ウサグッズ借りた子が聞いてきたの。秋は花さんと私のどっちと付き合ってるの?って。それで確信したね、私たち噂になってるんだって。けどちゃんと言っておいたから安心して」
「助かる」
「私じゃないよって」
花さんになってんじゃねぇか!
俺は深くため息をついた。
「6組の奴らも…これは彩綾が悪いんだけど、俺と花さんがカップルだと思い込んでんだよ。だから違うって言ったらじゃあ乃蒼と付き合ってるのかって聞かれてさ。いろんなことを説明してようやく納得したかと思ったら花さんまた腕組みだしたじゃん?それであいつらキャーキャー言いながら『やっぱ歳上の方だよ?』ってなってさ。もうどうでも良くなった笑」
笑いながら「どうでも良くなったんならそのままでいいじゃん」と乃蒼はこの話を楽しんでいるように見える。
「花さんて言えばさぁ。私、イレーヌのこと結構かなり相当自慢の母親だったんだよ?調子乗ると腹立たしいけど、綺麗だし優しいし。そりゃもう唯一無二の自慢の母親だったのよ」
確かにイレーヌを誇らしく思うのはわかる気がする。
「なのにさ、秋は花さんが母親じゃん?卑怯だよ、反則だよ。あんな素敵な人がいつも一緒にいるなんて…無理だよ、勝てないよ。ズルいよ」
さっきまでの楽しそうな顔は一変して今はとても悲しげな顔だった。
「そんな顔すんなよ。花さんは花さん、イレーヌはイレーヌ、お前はお前、俺は俺だよ」
誰とも比べたらダメなんだ。比べるとしたら、昨日までの自分。18歳になった時の俺は、今日の俺をどんな気持ちで思い出すのだろうか?
「私も花さんに育てられたら花さんみたいになれたかな?秋みたいになれたかな?あ、でも勘違いしないでよ?私はイレーヌの娘であることに誇りを持ってるからね。今度生まれる時も、もし母親を選べるとしたら私は迷わずイレーヌを選ぶよ。私はね、イレーヌが大好きなの!」
小学校の頃、作文で「お母さんが好きです」と読んだのは俺しかいなかった。それが普通だと思ってた。だから俺はちょっとみんなとは違うと思っていた。けど、ここに声に出して自分の母親を好きと言える子がもう1人いた。そして俺も乃蒼同様、迷わず花さんを選ぶだろう。先着順だとしたら地獄の底からでも全速力で駆け抜けて1位をもぎ取ってやる。
「来世は犬かもしれないけど」
それは大変だな、と俺は優しさで相槌を打った。




