花の章 「文化祭6」
彩綾の着替えが終わり6組から出て次に向かったのは秋達のクラスだ。その場所で1日の長い時間を秋は過ごしている。その空気に触れられるだけで私は幸せだ。
秋達のクラスに入ると何人かがざわざわとしだした。
「花さん、腕。う〜でっ!」
秋はそう言って組んでいる腕を離すように要求するが私は聞こえないふりをして、むしろもっと密着した。秋はうんざりした顔をしながらも決して力尽くで振り払ったりはしない。そんなところも優しくていい男。秋のクラスの女子の皆さん!秋と付き合いたければ私の屍を越えてゆけ!と密かに思った。
秋のクラスは男性がボーイの格好をし、女子は制服にウサ耳とお尻に白くてフサフサした丸い尻尾をつけて接客する「月見喫茶」という模擬店だった。渋谷にあったら犯罪の匂いがしそうなコスチュームだ。彩綾のクラスよりも混み合っていて私達5人が座る席はないように見えた。
「ちょっと待ってて。秋、手伝え」
タケルは秋を連れ立って教室から出て行ったかと思うと生徒が使う机と椅子を5組持ってきて空いたスペースに無理やり設置した。
「なんかいつものお昼休みみたいだね」
彩綾が言うようにその一角だけが日常の昼休みの風景のようだった。
「懐かしい…。ありがとうタケル。私こっちの方がいいよ」
丸いテーブルに白いクロスが乗せられたものより、今の私にとってこっちの方がずっと憧れるシチュエーションだった。10年以上前になってしまったあの時の光景が蘇る。私や三太や仲間達と毎日机をくっつけてお昼を食べてきたあの頃の記憶は、今もハッキリと脳裏に焼き付いている。少しだけ胸が痛くなった。
私達が座るとタケルが
「メニューでございます」
と演技がかった接客をしてくれた。
柘榴茶
バナナオレ
ハスカップティー
ミルクセーキ
梅昆布茶
ラムネ
「ねぇ、なんかラインナップおかしくない?」
私が言うと
「おかげでこの繁盛ぶりだよ。それを昨日は乃蒼と2人でカウンターで作ってたんだよ?大変だったなアレ」
今は男子生徒が3人でアタフタしながらカウンターで飲み物を作っていた。私と乃蒼はミルクセーキ、秋はバナナオレ、タケルは梅昆布茶に彩綾はハスカップティーに決めた。
「ねぇ、秋が作ってよ。見たいなぁ秋がカウンターに立ってるの」
秋は「はいはい。タケルも手伝って」と2人で席を立つ。
「あとねぇ、乃蒼。お願いしてもいい?」
へ?とこちらを向いた乃蒼に
「あの格好して運んできてくれないかな?乃蒼にウサ耳ウサ尻尾って、絶対可愛いと思うの!でさ、みんなで写真撮ろうよ。ダメ、かな?お願いっ」
私は顔の前で手を合わせ乃蒼にお願いした。
「あ!じゃあ私また衣装着てくる。待ってて」
と彩綾はまたシンデレラになるため自分のクラスに戻っていった。乃蒼に視線を戻すと、天井を見上げていた。秋、あなたの癖はおまじないみたいだね笑。
彼女は天井から視線を戻すと
「コレ、秋に教えテもらったんデす。こうすると不思議ト気持ちが整理つく感ジがして勇気がデるんですよ。私、ちょっとウサグッズ借りテきまス」
そう言って席を立ち、クラスメイトにしどろもどろながらも話しかけ、ウサ耳とウサ尻尾を借りた。尻尾をクラスメイトに付けてもらうと彼女達はこぞって「鈴井さん可愛いよ、似合う似合う」と大騒ぎした。とても照れた顔で、けど嬉しそうに乃蒼は一人一人に頭を下げていた。
乃蒼は、具体的にはわからないけど何かを抱えて生きている。それは表面上はコミュニケーションの部分で強く出ているけど根本はもっと根深く、彼女の存在自体に関わる大きくてとても暗い問題なのだろう。昨日今日始まった悩みなどではない。明日明後日に解決できる軽いものでもない。きっと彼女は今まで苦しみ、そしてこれからも苦しみながら解決していかなければならないはずだ。
乃蒼、あなたも秋と一緒なんだね。あの子もこれから大きなものを背負って生きていかなければならない。私はあの子にまだその荷物が何かを教えていない。あの子が背負えるくらい成長した時に初めてそれを打ちあけようとしている。乃蒼が今もがいているように、今の秋に全てを話し、悩ませ苦しませ、けれど私も一緒に苦しみながら支えていくことを考えないわけじゃない。けどそれをしないのは私が弱いからだ。あの子のためと言い訳しながら本当は私が逃げているだけなんだ。私は決して良い母親だと思わない。誰が褒めてくれようと秋に本当のことを打ち明けない限り、たとえ秋が褒めてくれたとしてもそれだけは変わらない。私は良い母親ではない。だから今のこの時間を永遠に止めてしまいたい。
「はい、ミルクセーキでス」
ウサギの乃蒼は想像していたよりずっと似合っていた。
「可愛いよ、乃蒼」
私は思わず乃蒼を抱きしめそうになった。
「抱きしめちゃダメだよ」
戻ってきた秋に先手を打たれた格好になった。だが当の乃蒼が両腕を開き「おいで」とばかりに私に向ける。秋をみると
「本人がいいならいんじゃない?」
と許可をくれたので、思いっきり乃蒼を抱きしめた。乃蒼の髪の匂いが鼻をくすぐる。若くて甘い、とてもあこがれてしまいそうになる香りだった。
「いいなぁ、鈴井さん」
いつの間にか帰ってきていた白雪姫にもおいでおいでして3人で抱き合っているとクラスにいた全ての人の注目を集めてしまった。
「いつだかの参観日を思い出すよ笑」
というタケルに
「そうだな。周りからこんな感じで見られてたんだな」
と秋は苦笑いしていた。
「鈴井さん。改めて言うけど昨日ありがとうね。タケルと回れて本当に嬉しかったの」
白雪姫がウサギさんにそういうと
「イえ、私もたこ焼き美味しカったです。ありがとウ。」
とほぼ完璧に近い日本語で答えていた。その後も少しギクシャクしながらも2人の会話は続いていた。きっと大丈夫。回った歯車はきっとすぐスムーズに動き始める。秋が潤滑油になってくれる。
「ねぇタケル。乃蒼はなんであんた達と今まで友達じゃなかったの?」
私がこれからすることは余計なことなのだろうか?自分でもちゃんとした答えは出ない。けどわたしは乃蒼のその荷物を少しだけここに置いていってほしかった。少しだけでいいから乃蒼の救いになりたかった。私は乃蒼が好きだ。
「みんながみんな花さんみたいには出来ないよ。俺はそういうの下手くそな部類の人間だし。誰でも心地いい距離感ってあるでしょ?俺は鈴井さんの『心地いいのはココまで!』っていう線の内側に、強引に入り込みたくなかったんだよ」
「私も〜。そのうちこんなふうに話する機会があるんだろうなって思ってたからね。それまで無理に話しかけて嫌われたら元も子もないじゃない?だから鈴井さんのペースに合わせようってタケルと話してたの。けど話してみたら想像以上だったわぁ」
あなた達は本当に優しい子。私はあなた達も乃蒼と同じ。昔と変わらず大好きよ。
「想像以上って?」
そして秋。言うまでもないよね?あなたは私の1番。
「お前が仲良いなら絶対いい奴だって。彩綾が笑」
「結果想像よりもいい人だったじゃない。私にたこ焼きねだったのもタケルに1人でカウンターやらせたのも私達のためじゃん。そして後からタケルを手伝いに戻ってくるっていうね笑。良い人に加えカッコいいよ、本当に笑」
ウサギは白い肌を赤らめていた。照れていたのかな?嬉しかったのかな?それとも褒められて少しだけ興奮していたのかもしれない。
「乃蒼は?乃蒼は何か2人に言うことはない?」
乃蒼、大丈夫。この2人は秋の次にこの世で偉大な子ども達なんだよ?
「アノ…」
ほんの少しだけ空を見上げた。けどすぐに戻ってきた。これだけは空に頼らず自分の力で切り開きたいという意思に思えた。
「私、2人と仲良くしたい。友達になりたい。私、敬語になっちゃうけどカタコトで話すけど、無表情だけど、2人と仲良くなりたい」
乃蒼は頑張った。それだけ言えたらもう結果は見えている。
「今の敬語でもカタコトでもなくない?」
秋はテーブルに肘をつき、手の平で顔を支えながらしたり顔でそう言った。乃蒼は気付いていなかったのか「ホント?」と小さく声を漏らした。
「無表情でもなかったよね?今日は鈴井さん結構いろんな顔してたよ。花さんに抱きしめられてる時なんて幸せそうな顔してたし笑」
「なんか改めてそう言われるとなんか照れるのよね。鈴井さんて頭良いし可愛いから私の方がちょっと気後れしちゃう笑」
乃蒼は嬉しそうに、本当に嬉しそうに秋を見つめた。秋、あなた最初からこうなるって知ってたんでしょ?本当にあなたはカッコよく育ったね。もし私が同じクラスメイトならあなたに惚れてしまうよ。あなたほどいい男はそうそういない。
「花さん、ありがとう」
と言う乃蒼の頬を私は秋にするようにそっと撫でた。
「きちんと言えて偉かったね乃蒼。頑張ったね」
きちんと言葉にして乃蒼を褒めた。そうする事でまた違う時にも今と同じように頑張れる力になると私は信じている。そしてそれは秋が証明してくれている。
私は秋と乃蒼ウサに挟まれ、タケルと白雪姫を後ろに従えた格好で写真を取ってもらった。ついでに秋とのツーショットも60枚くらい取ってもらう。後半は腕を組んでいたせいか秋の表情は冴えないけど、この合計65枚はあのお煎餅の缶に入れよう。また1つ宝物が増えた私はご機嫌だった。




