第十二話 境目|朝比奈泰満、宇津山城を見る
舟形山城の朝は、霧の中から始まった。
夜の湿気が柵にも草にも残り、踏めば土が柔らかく沈んだ。
泰満は城の端に立っていた。
昨日まで戸田の旗が立っていた場所には、朝比奈の旗がある。
だが、勝った城には見えなかった。
壊れた柵。
捨てられた槍。
乾ききらない血の跡。
夜のうちに運び出せなかった死者もいる。
負傷者の呻き声も、まだ聞こえていた。
兵たちは夜明け前から働いている。
柵を直す者。
兵糧を調べる者。
山道へ物見に出る者。
逃げた戸田兵が戻ってこないか見張る者。
戦うことは終わった。
だが、誰も休んでいなかった。
「若」
後ろから彌太郎が来た。
「眠れましたか」
「少し」
「それは結構」
「おまえは」
「寝ました」
「よく眠れたな」
「寝られる時に寝るのも戦でございます」
彌太郎は当然のように言った。
昨日、舟形山城へ一番に入り込んだ男とは思えない。
「傷は」
「これですか」
頬の細い傷を指で触る。
「かすっただけです」
「一番乗りの傷だな」
「まだ言いますか」
「言う」
「困りましたな」
彌太郎は本当に困った顔をした。
その時、城の中央から泰以の声がした。
「彌一郎、彌太郎」
二人はそちらへ向かった。
◇
泰以の前には、数人の使番が集まっていた。
地面に簡単な絵図が描かれている。
舟形山。
西へ続く三河。
東へ戻る道。
周辺の城と村。
「戸田の残りは」
泰以が問うた。
「西へ逃れた者、南へ散った者がございます。まとまって動いている様子はありませぬ」
「追うな」
「はっ」
泰満が口を開いた。
「追わぬのですか」
泰以が顔を上げる。
「またそれか」
「ですが、戸田は敗れております。今なら、さらに叩けるのでは」
「どこまで追う」
「二連木まで」
「二連木を落としたら」
「今橋へ」
「今橋を落としたら」
泰満は答えられなかった。
泰以は絵図へ目を戻した。
「その頃、兵糧はどれほど残っておる」
「……分かりませぬ」
「兵は」
「分かりませぬ」
「曳馬は」
泰満は黙った。
まだ落ちていない。
「敵が退くたび追っておれば、いつかはこちらが遠くへ出過ぎる」
泰以は言った。
「戸田が今回やったことも、それだ」
泰満は顔を上げた。
「我らが曳馬へ兵を寄せている間に、東へ出てきた」
「はい」
「ならば今度は、我らが三河へ入り込み、後ろを空けるのか」
「……いえ」
「舟形山は取り返した。それでよい」
泰満には、まだ少し物足りなかった。
敵は逃げている。
ならば追って、二度と立てぬほど叩く。
その方が分かりやすい。
だが泰以は、もう逃げた兵を見ていなかった。
「牧野へ使いを出せ」
一人が頭を下げる。
「西郷にもだ。熊谷にも知らせろ」
「何と」
「戸田が兵をまとめるようなら、すぐに知らせよとな」
「承知」
使番たちが立ち上がった。
泰満はそれを見送る。
「攻める代わりに、見張らせるのですか」
「見張るだけではない」
泰以は言った。
「戸田がまた東へ出ようとすれば、どこかにぶつかる。好きには動けぬ」
「囲うのですね」
「今はな」
「いつまで」
「曳馬が落ちるまでだ」
泰以は東を見た。
「大河内と斯波を片付ければ、こちらの兵も空く」
その先を、泰以は言わなかった。
だが泰満にも分かった。
戸田との戦が終わったわけではない。
今は、止めたのだ。
◇
昼を過ぎた頃、中之郷から兵が来た。
最初に旗が見えた。
続いて槍。
その後ろから何列もの兵が山道を上がってくる。
泰満は城門近くから眺めた。
「思っていたよりいるな」
隣にいた杉山も頷いた。
「多米勢より多うございます」
先頭には中山民部がいた。
舟形山奪還の報を受け、中之郷から兵を率いてきたのである。
泰以が城門まで出た。
「中山殿」
「朝比奈殿」
中山民部は馬を降りた。
「見事に取り返されましたな」
「少し面倒であった」
横で彌太郎が小さく咳をした。
泰満には、その「少し」がどれほどのものか、もう分かっている。
中山勢が城へ入っていく。
その人数を見ながら、泰満は泰以へ近づいた。
「中之郷には、これほど兵がおりましたか」
「おるから来たのであろう」
「そういう意味ではございませぬ」
泰以が泰満を見る。
少しだけ笑った。
「分かっておる」
泰満は待った。
「西が騒がしくなれば、人も兵も西へ寄る」
「今川方の者が、ですか」
「それだけではない。西で戦が続けば、守るための人も要る。知らせを運ぶ者も、道を押さえる者も要る」
泰以は中山勢を見る。
「城だけ置いても、戦はできぬ」
泰満は黙った。
掛川から来た朝比奈勢。
三河側の多米勢。
中之郷の中山勢。
一つの舟形山城を守るために、いくつもの家が動いている。
城だけを見ていては分からない戦だった。
◇
その日のうちに守りが決められた。
多米勢が城の守備を担う。
だが、先の戦で一門を失い、兵も傷んでいる。
中山勢が当面の増援として入り、遠江側との連絡と周囲の道を支えることになった。
朝比奈勢も、もう一晩だけ残った。
翌朝。
泰以は城を一回りした。
柵。
水。
兵糧。
見張り。
最後に中山民部と多米方の武者を呼んだ。
「戸田が動けば、すぐ知らせよ」
「承知」
「今橋まで追う必要はない」
中山民部が頷いた。
「こちらも、そのつもりにございます」
「曳馬が片付くまで、ここを持たせる」
「お任せを」
そこでようやく泰以は兵をまとめた。
「曳馬へ戻るぞ」
泰満は西を見た。
戸田のいる三河。
逃げた敵を追わずに戻る。
少し前までなら、それでは勝ち切っていないように思えただろう。
だが今は違う。
舟形山には多米と中山の兵が残る。
周辺にも使者が走っている。
戸田が動けば分かる。
槍を合わせなくとも、敵の動きを縛ることはできる。
◇
舟形山を発ち、曳馬へ戻る途中だった。
浜名湖が再び近づいた頃、泰以が馬を止めた。
「少し寄る」
彌太郎が嫌そうな顔をした。
「どちらへ」
「宇津山」
泰満には聞き覚えのない名だった。
「城でございますか」
「そうだ」
「曳馬へ戻るのでは」
「戻る。その前に見る」
泰以は道を変えた。
本隊の多くは先へ進ませた。
泰以、泰満、彌太郎、杉山。それに十数人だけが従う。
やがて浜名湖へ張り出した地形が見えてきた。
「あれですか」
「そうだ」
宇津山城だった。
泰満は馬上から眺めた。
掛川城とは、まるで違う。
高い山頂に築いた舟形山城とも違う。
今ある城の構えは、湖へ張り出す地形の奥寄りの高まりにまとまっていた。
柵がある。
曲輪がある。
見張りの場所もある。
大勢の兵を抱える城ではない。
だが、近づくにつれて泰満は別のものに気づいた。
城の先には、さらに浜名湖へ向かって尾根が延びている。
その左右は思いのほか急だった。
斜面は湖へ落ち込み、どこからでも兵が押し上がれる地形ではない。
「ここは……」
泰満は辺りを見回した。
「案外、攻めにくそうですね」
泰以が頷いた。
「案外は余計だ」
「申し訳ございませぬ」
「だが、その通りだ」
舟形山ほど高くはない。
それでも、守りに使える地形はある。
「高い山だけが城になるわけではない」
泰以は言った。
「敵がどこから来られるかを見ろ」
泰満は斜面を見る。
「湖側から大勢で登るのは難しそうです」
「ならば、守らねばならぬ場所も減る」
「地形に守らせる」
泰以が泰満を見る。
「少しは分かってきたな」
留守を預かっていた者が、数人を連れて出迎えた。
「朝比奈殿。ようお越しくださいました」
「少し見せてもらう」
「どうぞ」
泰以は城へ入った。
だが建物を見に来た様子ではなかった。
「兵は」
答えが返る。
「中之郷へ知らせるなら」
道を示す。
「舟形山から急使が来るなら」
また道が示される。
「湖へ降りられるか」
泰満が顔を上げた。
「湖へ?」
留守を預かる男が答えた。
「降りられます。船を寄せられるところもございます」
泰以は頷いた。
「そうか」
それから城の先へ歩いていった。
泰満も続く。
◇
泰以が足を止めたのは、今の曲輪の先だった。
そこから先にも、湖へ向かって高まりが延びている。
だが、城として十分に手を入れられてはいない。
草の生えたところ。
木の残るところ。
人が通れる程度の道。
自然の地形が、そのまま残っている。
「叔父上」
「なんだ」
「城は後ろでは?」
「見えておる」
「では、何を見ているのです」
泰以は答えず、先へ進んだ。
泰満も追う。
高まりの端から下を覗き、思わず足を止めた。
「これは……」
近くで見ると、斜面はかなり急だった。
浜名湖まで一気に落ちている。
「登りたいか」
泰以が尋ねた。
「下からですか」
「そうだ」
「遠慮します」
彌太郎が後ろから言った。
「珍しく若と意見が合いました」
泰以は斜面を見たまま言う。
「惜しいな」
泰満が聞き返した。
「何がです」
「地だ」
泰以は足元を槍の柄で示した。
「これだけの地を、まだ使い切っておらぬ」
泰満は今の城を振り返った。
「城を、こちらへ広げるのですか」
「わしなら考える」
泰以は陸側を見る。
「今の城を残す。その先にも兵を置ける場所を作る」
今度は、地形が細くなる辺りを指した。
「陸から入ってくるところを切る」
「堀を?」
「うむ」
「その先にも曲輪を」
「置けるな」
泰満は、頭の中で今の地形から木を払い、土を削り、柵を立ててみた。
今の城は奥にある。
そこから浜名湖へ向かって守りを延ばす。
急な湖側の斜面は、そのまま守りに使える。
陸から来る敵だけを、堀や柵で止めればよい。
「かなり広く使えますね」
「そうだ」
泰以は言った。
「城を大きくするために広げるのではない。この地形を使い切るために広げる」
泰満はもう一度斜面を見た。
舟形山では、山の高さと狭い道に苦しめられた。
宇津山では、高さそのものではなく、湖へ突き出した形が守りになる。
同じ山城でも、まるで違う。
◇
さらに見晴らしのよいところへ出ると、浜名湖が大きく広がった。
泰満は息を呑んだ。
掛川から西へ向かう途中にも見た。
だが、ここから見る浜名湖は違った。
水がすぐ下まで迫っている。
岸が入り組んでいる。
その向こうには山と陸が続く。
泰以が西を指した。
「昨日、我らが戦った舟形山はあちらだ」
泰満は目を凝らす。
山々が重なっている。
「近いのですね」
「二里ほどだ」
「それだけですか」
「知らせを走らせるには近い。軍を動かすとなれば話は別だ」
泰以は言った。
「舟形山が持っていれば、戸田が東へ出ても、まずあそこで止められる」
「多米もおります」
「そうだ。中之郷もある」
泰満は頭の中で並べた。
西には舟形山。
その北側には多米。
遠江側には中之郷。
その内側に宇津山がある。
「ここが最初から戸田と向き合うわけではないのですね」
「そうだ」
「ですが、昨日のように舟形山が落ちれば」
「話は変わる」
泰以は短く答えた。
泰満は宇津山の地形を振り返った。
泰以が先ほどまで、なぜ城の先を歩き回っていたのか分かった気がした。
外側の守りは、破られることがある。
ならば、その内側も備えなければならない。
「だから、ここへ手を入れるのですか」
泰以は答えなかった。
「今すぐという話ではない」
それだけ言った。
直接の答えではない。
だが否定もしなかった。
「それに」
泰以は浜名湖へ目を戻した。
「宇津山を見るなら、西だけを見るな」
「湖ですか」
「お前には、あれが何に見える」
「浜名湖です」
「それでは見たままだ」
泰満は考えた。
「水……」
「道だ」
泰満は目を瞬いた。
「湖が?」
「船なら山を越えぬ」
泰以の指が水面を動いた。
「人を運べる」
「はい」
「兵糧も運べる」
「はい」
「知らせも運べる」
泰満は湖を見直した。
掛川から来る途中には、大きな水だと思った。
陸を行く者から見れば、道を遮るものでもある。
だが船に乗れば違う。
湖そのものが道になる。
「北へも行ける」
泰以が言った。
その指が別の方向へ動く。
「東へも渡れる」
「陸を回らずに」
「そうだ」
泰満はしばらく浜名湖を眺めた。
「ここは遠江の端なのに」
「端だから遠いとは限らぬ」
泰以は言った。
「どこへつながっているかだ」
舟形山では、山道そのものが城を守った。
宇津山では、湖へ落ちる斜面が守りとなり、その下の水が道になる。
地を見るとは、形を見るだけではない。
その地を人がどう使うのかを見ることなのだ。
「面白い城ですね」
泰満が言った。
泰以が少し笑った。
「先ほどより随分と気に入ったようだな」
「城だけを見ておりましたから」
「それでは半分だ」
「今は?」
「まだ半分より少しましになった程度だ」
「厳しいですね」
「まだ若いからな」
後ろで彌太郎が大きく息を吐いた。
「ところで殿」
「なんだ」
「曳馬へ戻る話は、まだ生きておりますか」
「生きておる」
「安心しました」
「何を心配しておった」
「このまま湖岸まで降り始めるのではないかと」
泰以は少し考えた。
「船を寄せる場所くらいは――」
「殿」
彌太郎の声が低くなった。
泰満は吹き出した。
泰以も笑う。
「冗談だ。戻るぞ」
「今度こそ信じます」
一行は城を出た。
泰満は最後に一度だけ振り返った。
宇津山城。
朝まで、その名さえ知らなかった。
今ある城だけを見れば、掛川とも舟形山とも違う。
だが、その先にはまだ使われていない地があり、左右には急な斜面があり、その下には浜名湖という道がある。
西の守りが破られた時、その価値はさらに大きくなる。
泰満には、まだそれ以上のことは分からなかった。
だが、宇津山という名だけは、妙に耳に残った。
### 史料・創作メモ
本作では、史料で確認できる事実、地域に伝わる説、作者の考察、物語上の創作を組み合わせて描いています。
**史料・地域資料から**
中之郷城については、永正三年(一五〇六)、斯波方の武将・松田氏が守っていた城を、今川方の中山民部が攻め落として入城したとする説があります。
この説の原典は現在確認中ですが、当時の今川氏が遠江で勢力を西へ広げていた時期とは一致しており、軍事情勢から見ても否定できない内容です。
一方、確実に確認できる史料として、永正十四年(一五一七)二月十六日付の「中山民部生心判物」があります。
中山民部入道生心は本興寺に対し、
> 当御寺御無縁所之事候。自然家来之者。就無案内一兎角申儀候者。直二可承仰候。可致其成敗者也。
という趣旨の文書を出しています。
内容は、本興寺が「無縁所」であることを確認し、もし中山の家来の中に事情を知らず何か申し立てる者がいれば、直接知らせてほしい。その者を処罰する、というものです。
**本作での考察**
ここで注目したのが、「家来之者、無案内」という表現です。
もし永正三年(一五〇六)の中山民部による中之郷城攻略・入城説が正しければ、中山氏はこの地域に少なくとも十年以上関わっていたことになります。
それにもかかわらず、永正十四年の段階で、本興寺の事情を知らない家来がいることを中山自身が想定しています。
もちろん、これだけで理由を特定することはできません。
しかし、
* 新たに召し抱えられた家臣
* 他地域から動員された兵
* 戦時に一時的に中山の指揮下へ入った者
* 今川氏から中之郷方面へ送られた増援
などが加わっていた可能性は考えられます。
永正十四年は、曳馬城をめぐる戦いや舟形山城をめぐる戸田氏との戦いが続いていた時期です。
本作では、この軍事情勢と「無案内」の家来という記述を結びつけ、**今川氏親が西部防衛のため中之郷方面へ兵を増強し、その一部が中山民部の指揮下に入っていた可能性**を考えました。
そのため物語では、舟形山城奪還後、中山民部が比較的まとまった兵を率いて増援に現れる形にしています。
**創作部分**
中山民部が舟形山城奪還直後に兵を率いて現れること、その兵力が多米勢より多いこと、舟形山城へ中山勢が一時的な増援として入ることは、小説上の設定です。
また、今川氏親が具体的に何人の兵を中山民部へ付けたのか、そもそも直接増援を送ったのかを示す史料は確認できません。
本作では、
**永正三年の中山入城説
+
永正十四年の中山民部生心判物
+
同時期の西遠江の軍事情勢**
を組み合わせ、1517年頃には中山民部の指揮下に新たな兵力が加わっていた可能性がある、という仮説を採用しています。
今川クロニクル『宇津山朝比奈記』
史料・創作メモは上記参照。
関連史跡・考察は作者noteに掲載しています。
本作『宇津山朝比奈記』は、noteのほか、小説家になろう・カクヨムでも連載しています。




