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破天荒幼女トーシャ!〜達人級異世界転生者は今日も平常運転で世直し中〜 誰も死んでいないので問題ありません  作者: 猫が寝転んだ


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中篇 天下堂々、闇夜の出陣

中篇をお届けいたします。

お楽しみいただければ幸いです。

 ハーマスたちが王都へ発って、五日。


 初夏の王都は、雲ひとつない青空だった。

 白い城壁は陽を弾き、

 磨かれた石畳はまぶしく、

 王都を渡る風は、どこか花の匂いを含んでいる。


 王妃の機嫌も戻りつつある――

 そんな報せも届いていた。


 王都は、おおむね平和だった。


 少なくとも――

 アタシが、その報せを聞くまでは。



* * *


 

 王都の様子は、毎日きっちり報告されてくる。


 移植作業は概ね順調――


 紫のバラは見事に根付き、王妃は「まあ……」と目を細めているらしい。


 ……うん、想像できる。


 その隣でハーマスは、きっと我が子を見るような目で花を見ていることだろう。


 やっぱりあの男、花に関してだけは変態である。


 ……いや、“だけ”ではなかったね。


 マーヤたちも、王都見学を満喫しているらしい。


 「お城が大きい!」だの、

 「市場の串焼きが美味しい!」だの、


 子どもたちの手書きで、割とどうでもいい追伸までついていた。

 微笑ましいんだけどね……業務報告書としてはどうなんだろう。

 

 まあ、串焼きの情報は有効活用させてもらおう。


 平和だった。

 あまりに平和で――

 嫌な予感を感じることすら、できなかった。



* * *



「――トーシャ様」


 影の者が現れた。

 黒子衣装に身を包み、天井の梁から、するりと降りてくる。


 ……いや、普通に扉から入って来いよ。


「マーヤ様が、連れ去られました」


 短く簡潔な報告。

 とても良い報告の仕方だ――

 内容は、最悪だけど。


「犯人は――」


「王妃の取り巻きの一人で、下級官吏をしている下級貴族の嫡男です」


 立場も行動も、見事に下級だね……


「理由――」


「……王妃陛下が、ハーマス殿をお気に召されたご様子を見て――」


 そこで言葉が切れた。

 それだけで十分だった。

 つまりは――


 王妃が、美形を見てぼーっとした。


 それを見た馬鹿が、勝手に夢を見た。


『あれを押さえれば、王妃に取り入れる』


 そういう短絡だ――


 そのために、いちばん弱そうな"札"を切った。


 ……うん。


 こういう連中は、要らない。 


 王妃の顔を見て勝手に忖度し――

 子どもを攫って、自分の出世材料にしようとする。


 そこまで短絡しているなら――

 存在価値は、全くない。


 【事象圧壊(イベント・コラプサー)】の出番だね。


「トーシャ様――」


「……《空舟》、いける?」


 声は、自分でも驚くほど冷えていた。


「はい、いつなりと――」



* * *



「なりませぬぞ! カノントーシア様」


 領宰相エッチュード・イナルバ――  小さい頃から、アタシは"爺"と呼んでいる。


 ちなみに、カノントーシアとはアタシの本名である。

 すっかり"トーシャ"に慣れきって、時々自分でも忘れているが………


 机を叩き、声を張り上げた。


「なりませぬ、なりませぬ、なりませぬぞ!」


 三連発である。

 今日ならハゲ頭で茶を沸かせそうだ。


「これは王都の案件です! こちらで手を打ちます!」


「トゥーレイト! ……遅すぎる」


 無意識に出た前世の言葉に、眉を顰める爺の様子を見て、補足する。


「攫われた子どもにとって、一刻一秒は命に匹敵する」


 爺は目を閉じた。

 深く息を吐く。


「……分かっております」


 その声は低い。


「けれど……オトナの事情、というものがございます」


 出た――

 便利な言葉である。


 理論的説明もできない――老害たちの我儘で物事が実行できない時に使う方便だ。


「王家の面目、貴族の力関係、王妃陛下のお立場――  

 双方で調整を重ねて処理せねばならぬ事情が、山ほどあるのです」


「つまり?」


「……決して、手出しは、なさらぬよう。 いいですな――」


 そう言って、爺はゆっくりと背を向けた。


 ――それきり、何も言わない。

 

 ……ポンポコ山の狸め。


 アタシはしばらく、その背中を見据えていた。


 言葉は何もいらない。

 音もなく、静かに扉を閉め部屋を後にした。


* * *


 夜――

 月は高く、

 城の裏手を流れる運河は、黒い鏡面のように静まっていた。


 水門が、音もなく勢いよく開く。

 そこから滑り出たのは――


 黒塗りの反重力ボード。


 《空走式反重力搬送板・試験運用型》

 通称《空舟》


 ――決して《宙船》ではない。


 アタシが最近開発した、五人乗り試作機である。


 船尾では、黒子衣装の影の者がひとり、まるで舟の竿を操るように、長い操縦桿を静かに捌いている。

 その姿は、もはや渡し舟の船頭だ。


 そして――舟の最先端。


 船首に仁王立ちし、槍の穂尻を床板へ据える。

 穂先は天を指し、右手がその柄をまっすぐ支えていた。


 ボードは川面から浮かび、音速に迫る速度で進む。

 風が遅れて追いかけ、波飛沫が蹴立てられたように弾けた。


 その風は常人なら立っていられないほどだが、身体の周囲には感知を優先した薄い結界が張られている。


 それでもなお、夜風は容赦なく肌を打ち、髪を激しくなびかせ、外套が翻る。


 うん……

 実にいい。


「……勇壮なテーマソングが欲しいね」


 風を切りながら、ぽつり。


「次は音響装置を積もう」


 後ろの方で、黒子が小さく肩を落とした。


 空気読めよ。

 今は――

 天下堂々の出陣である。


* * *


 同じ頃――王都。 


 夜はすでに深く、貴族街の石畳は、月明かりを鈍く返していた。

 昼は華やかなこの街も、夜になると別の顔を見せる。


 その一角を、影の者は上から静かに見ていた。



 明かりの落ちた屋敷群の奥――人目を避けるように建てられた古い館があった。


 門は閉ざされ、窓には厚いカーテン。蔦に覆われた外壁は、空き家のような顔をしている。 

 だが中には、人の気配が多すぎた。


 門前に二人。庭に巡回が数人。裏口にも見張り。


 どう見ても、まともな家ではない。


 その中庭に面した回廊付きの一室で――


「……ふん」


 主犯の若い貴族は、葡萄酒の入った杯をゆらゆらと揺らしていた。


 まだ二十そこそこ。

 整えた髪に、高価な衣装。

 だが顔には、育ちの悪さが滲んでいる。


「王妃陛下のお気に入りの庭師……か」


 両手を後ろ手に縛られ、床に転がされたマーヤを見下ろし、にやり、と笑った。


「この私がわざわざ声をかけてやったというのに――」


 葡萄酒をひとくち含み、喉を鳴らす。


「辺境の小娘ごときに忠義を誓っているだと?」


 口元が、わずかに歪む。


「……愚かにもほどがある」


 その笑みに、苛立ちが滲んだ。


「ならば、少しは立場というものを教えてやる必要がある」


「あの庭師の“弱み”を、こちらが押さえていると伝えれば――

 少しは話を聞く気になるだろう」


「ですが……」


 脇に控えていた年嵩の従者が、おずおずと口を開いた。


「ワルター様。子どもを人質に取るのは、さすがに……」


「黙れ――」


 一蹴だった。


「余計なことを言わず、お前は黙って見ていればいい」


 従者は唇を噛み、それ以上は言えなかった。


 正義感ではない。

 ただ本能が、これはまずいと告げていた。

 だが、もう遅い――


 ワルターは立ち上がり、足元へ転がった葡萄酒の瓶を煩わしげに蹴り飛ばすと、そのままマーヤの前へしゃがみ込んだ。


「――怖がらなくてもいい」

 

 いやらしい笑み。


「よく見ると――

 可愛い顔をしているじゃないか」


 指先が、マーヤの顎へ伸びた――

 その瞬間。


 外で男の悲鳴が上がった。


「な、なんだ!?」

「止めろ! 誰だ――!」


 怒号が続き、何かが壊れる音だけが鋭く響いた。


 次いで――

 バァン!!

 扉が内側へ吹き飛んだ。


 破片が舞う。

 その向こうに立っていたのは――


 紫のバラの庭師(ひと)、ハーマス。


 中庭に面した回廊を背に、月光を受けていた。


 ここへ来るまでに、すでに何人か倒してきたのだろう。

 肩で息をしている。服には土埃がこびりつき、頬には浅い傷が残っていた。


 それでもその目は、ただ一人だけを見ていた。


「……マーヤ」


「ハーマスさん!」


 駆け寄ろうとしたその瞬間、ワルターがマーヤの前へ割り込んだ。


「殺……!」


 命令の声が言い終わる前に、ハーマスの拳がその横顔を打ち抜いた。


「ぐぁっ……!」


 ワルターは机へ吹き飛び、葡萄酒の瓶ごと床へ転がる


「ゴメン、マーヤ怖かったね」 


 一言だけ落とし、縄を断ってそのまま抱き寄せた。


「怪我は」


「大丈夫……」


「よかった」


 その一言だけで、マーヤの目に涙が溢れた。


「帰りましょう」


 出口へ向き直った、その先に――傭兵たちが立っていた。


 その数、十数人。

 剣、斧、棍棒。武器はばらばらだが、動きに迷いはない。

 人を殺すことに慣れた者たちの立ち姿だった。


「囲め!」


 怒号が空気を割った。


 ハーマスは舌打ちした。

 マーヤを背中へ庇う。


「私の側から離れないで」


 庭師用の剪定鋏を抜いた。


……本来なら、枝を整えるための道具。


 だが、この男が持てばそれは十分すぎるほどの凶器になる。


 一人目の手首を払う。

 二人目の足を崩す。

 三人目の喉元へ柄を叩き込む。


 速い。だが斬り払っているはずなのに、数がまるで減らない。


 肩を裂かれた。脇腹に刃が入る。血が床へ落ちる 

 それでも退かない。マーヤの前に壁のように立ち続ける。


「ハーマスさん……!」


「……大丈夫です」


 息は荒い。足元は赤く染まっている。


 どう見ても、大丈夫ではない。

 包囲がじりじりと狭まる。


 そして――数本の剣が、一斉に振り上げられた。



 その瞬間――

毎晩19時40分更新予定です。

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