後篇 ピンクのリボンでご勝手に
本日、平常運転で完結です。
最後まで、お楽しみいただければ幸いです。
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ドォォン!!
夜気を裂く轟音。
屋敷の正門が内側へ弾け飛んだ。蝶番ごと吹き飛んだ鉄門が庭石を砕き、傭兵を二人まとめて巻き込みながら転がる。
「な――!?」 「なんだ!?」
土煙が広がる。
その中を割るようにして、黒い影が滑り込んできた。
反重力ボード――
石畳すれすれを高速で侵入し、そのまま広間へ突っ込む。
避け損ねた傭兵たちが悲鳴とともにはじき飛ばされた。
「止ま――」
言い終わるより早く、ボードは減速しきれないまま床を削るように滑り込む。
ズザザザザ……ッ!
奥まで到達し、ようやく停止した。
「停止装置の調整がまだ甘いね
――まだ新品なのに、こすっちゃった……くすん」
そんな独り言のような声が聞こえてきた。
その場にいるすべての人間の視線が、その先端に吸い寄せられた。
船首に、幼い姿の人物が立っていた。
槍の穂尻を床に置き、穂先を天へ向けて右手で柄を支えている。
その髪がわずかに揺れ、外套が風を受けて翻った。
次の瞬間、槍は放たれた――
「ぎゃっ!」
ハーマスへ剣を振り下ろそうとしていた傭兵の腕を貫き、背後の柱へ縫い止める。
正確だった。殺してはいない。だが、傭兵としてもう武器は握れないだろう。
傭兵たちが、一歩引いた――
土煙の向こうから、小さな影が歩み出る。
月光を受け、浅葱色のだんだら模様の羽織が揺れた。
前立てには大きく《終生勝手》
背にはさらに大きく《天上天下唯我独尊》
異世界の文字による意匠だったが、意味を理解できる者はこの場にいない。
ただ、その異様な存在感だけが、場の空気をわずかに歪めていた。
その動きを、影の者は上方から確認していた。
支援位置への移動を完了し、以後の判断を現場に委ねる。
*
アタシはゆっくりと歩み、柱に縫い止められていた傭兵の腕から槍を引き抜く。
「ぅぐおっ!!」
悲鳴が上がったが、無視、無視――
こういうものは、雰囲気がすべてなんだよ。
槍をひとつ手の中で回す。
柄が低く風を切った――
そのまま後ろに控える影へ放り、腰の剣へ手をかける。
「夜分にお邪魔するよ」
静かな口調で声をかける。
まだだ、まだだよ……まだ爆発するには早い。
「誘拐。監禁。脅迫。未成年者への加害未遂、ついでに体臭がヒドイ――」
ひとつずつ、指を折って数える。
「罪状としては、このくらいで十分かな」
主犯と思しき小悪党面の男が、ふらふらと後ずさる。
「き、貴様……何者だ!」
アタシは、口元だけで笑った。
「――王すら認めた終生勝手のこのアタシ」
抜刀し、身体の前で剣を立てる。
「天上天下・唯我独尊――」
一歩、前へ出る。
「天に代わる気はないけれど――」
さらに一歩。
その歩みに、迷いはない。
「アンタらみたいなのは――」
三歩目で足を止め、言い放つ。
「存在価値はない――!」
その場の空気が、一瞬だけ重く沈んだ。
「し、始末しろ!」――
傭兵たちが一斉に飛びかかる。
遅い。
アタシは刹那に反応した。
周りからは消えたようにしか見えなかっただろう。
悪党どもの意識が追いついたときには、すでに結果だけが積み上がっていた。
傭兵が倒れ、次の傭兵が膝をつく。
さらにもう一人、体勢を崩し、そのまま床に沈む。
斬撃は確かに存在している。
だが次の瞬間には、傷は塞がれていた。
手にあるのは、峰打ち専用の試作剣――不二子ちゃん壱号。
斬撃と同時に治癒が発動し、外傷そのものは消える。
ただし、受けた衝撃と痛覚だけは消えない。
むしろ倍増――
我ながら理解の追いつかない武器だった。
今更ながら、悲鳴が遅れて上がる。
「……グォォー!」
「痛い、痛い! 何が起きてる!?」
すでに半数以上が戦闘不能になっていた。
さて、残りも片付けるか――
アタシが残りを処理している間に、黒衣の影が動く。
音はない。
気配もほとんどない。
ハーマスの脇へ入り、マーヤの拘束を解くと、そのまま身体を支えた。
さらに倒れかかってきた傭兵を、邪魔そうに片手で押しのける。
動作は淡々としていて、迷いがない。
現場の整理だけが、着実に進んでいく。
「保護対象の退避を完了」
「ご苦労」
アタシは短く応じた。
足元には、すでに動けなくなった傭兵たちが折り重なっていた。
広間に、静寂が落ちた。
さっきまで怒号と剣戟で満ちていた空間には、倒れ伏した傭兵たちのうめき声だけが残っている。
その中心で―― 主犯の若い貴族だけが、立っていた。
いや、立っている“つもり”でいるだけだった。
膝は震え、持ち上げた剣先は定まらず、額から脂汗が伝っている。
「ば、馬鹿な……」
震えながら後ずさる。
「ボクが……ボクが誰だか分かっているのか!」
声だけがやけに大きい。
しゃ〜しいな……黙っとれよ。
「この家に手を出して、ただで済むと思っているのか!」
テンプレだね――
追い詰められた者ほど、自分の立場にしがみつく。
アタシは答えない。
ただ、ゆっくりと歩く。
靴音だけが、規則正しく石床を打った。
「や、やめろ……!」
男が剣を振り上げる。
遅い――
アレなら道端のスライムの方がまだ俊敏だ。
踏み込みは浅く、腕は震え、技として成立していない。
アタシは躊躇なく剣を振り下ろした。
その一撃で、男の身体が折れるように崩れ、その場に沈んだ。
「……がぁっ」
声にならないまま、苦悶に顔をゆがめ、意識が途切れる。
衝撃と痛覚だけが、その意識を一瞬で刈り取っていった。
気絶――
傷はない。
「……峰打ち専用」
アタシは満足げに息を吐き、小さく呟いた。
「やっぱり便利」
* * *
振り返ると、マーヤはまだわずかに震えていた。
だが、泣いてはいない。しっかりとアタシの目を見返す。
その事実に、アタシは一度だけ頷いた。
やっぱり、マーヤだ。強い――
その前で、ハーマスが片膝をついている。
マーヤが支えるように寄り添っている。
……コイツも、いつ死んでもいいくらい本望だろう。
肩口と脇腹に裂傷。出血は多い。
それでも、意識は保っていた。
さすがにこのまま死なすと寝覚めが悪い。
「じっとして――」
アタシはそう短く言うと、ハーマスに手をかざした。
淡い光が走った。
裂けていた傷が、静かに塞がっていく。
血が止まり、皮膚が戻り、痛みも徐々に薄れていく。
ハーマスが小さく息を呑んだ。
「……ありがとうございます」
感謝の言葉を述べながらも、その意識はなお、周囲の異様な光景に引き寄せられていた。
倒れている傭兵たち。
動かない者と、うめき声を上げる者。
見た目には、どいつもほとんど無傷だ。
「……あれは」
言いかけて、言葉が止まる。
「……切り捨てたのですよね――」
アタシは視線を動かさない。
「切り捨ててはいないよ――」
「殺すほどの価値もないから、動けなくしただけ」
マーヤの目の前で斬り殺して、精神的外傷でも残ったら困る――
ハーマスは、しばらく沈黙した。
そして、ようやく別の問いを口にする。
「……その剣……その剣なのですね――」
アタシは剣を鞘に戻し、淡々と答えた。
「そう、峰打ち専用の試作剣 不二子ちゃん壱号」
「峰打ち……?」
ハーマスの声が、わずかに揺れる。
「斬った瞬間に治癒が入る」
「傷も残らない」
一拍。
「でも、受けた衝撃と痛みはそのまま残る」
「むしろ倍増――」
ハーマスは言葉を失った。
視線が、無意識に傭兵たちへ向く。
倒れている者たちの表情は、外傷のなさと明らかに釣り合っていない。
「……」
(峰打ちって……何だっただろうか)
その疑問だけが、静かに残った。
* * *
アタシは、床に転がる悪党どもを見下ろした。
「さて――」
口元が、少しだけ歪む。
「こいつら、このまま裸にひん剥いて――
そうだね、王都正門にでも吊るしとくか」
「それは少しお考え直しを」
影の者が即答した。
いつの間にか、すぐ後ろに立っている。
「さすがに、王家の面目が――」
「爺が言いそうなことだねぇ……」
あごの下に指を当てて暫しの間考える。
「ふむ」
口元を緩める――
アタシとしては満面の笑みだが、他人から見ると誤差の範囲らしい。
「なら、綺麗にラッピングして箱詰めでお届けするか」
影の者が、深く頭を下げた。
――それで決まり。
* * *
二日後――
王都から取り寄せた新聞の一面に、とある記事が大きく写真付きで掲載されていた。
王宮の正門前に、巨大な木箱が届いたという記事。
記事によると――
その木箱は、ピンクの包装紙で綺麗に梱包され、ご丁寧にピンクのリボンが結ばれていたそうだ。
差出人は不明。
中から怪しげなうめき声がするので慎重に空けてみると、
裸にひん剥かれ、縄でまとめられた野郎どもがぎゅうぎゅうに詰め込まれていたとのこと。
そこからひらりと一枚の紙が舞い落ち、確認すると――
『次はないよ』
たった、それだけ書かれていたそうな。
現場に駆けつけていた王宮上層部の担当官たちは、微妙な顔つきをしてしばらく誰も口を開かなかったという。
* * *
……はてさて、なぜこんな無茶ぶりがあっさりと通るのか――
アタシは五歳の頃から、トーシャ名義で多数の特許登録をしている。
カノントーシアの名で申請しなかったのは、面倒事はゴメンだったからだ。
しかし八歳の時、王家に事が露見し、有無を言わせず取り込まれそうになった。
なので――
「今後、アタシの技術の一切を王国内で使わせない」
と軽く言葉をかけ、
「アタシや身内に手を出すなら……」
そう言って、軽〜〜く魔力で圧をかけた。
軽〜くだよ、ホントに軽く………
なのに、近衛大隊はほぼ全員指一本動かすこともできず、失神者続出。
間近で圧を受けた王族の皆様方は――うん、彼らの名誉のために詳細は伏せとこう。南無南無………
結果――
いただきました。
称号三つ……
『終生勝手』
『天上天下』
『唯我独尊』
お互い、不干渉。
仲良くやりましょうね! ということだ。
――便利である。
「そのうち『トーシャ・オーエンディア日記』でも書こうかな……」
別に、王弟の忘れ形見でもないんだけども――
アタシは誰にともなく呟いた。
* * *
後で聞いたところによると――
王都の内政局では、事後処理でてんやわんやの騒ぎだったそうな。
倒れて搬送された傭兵たち、破壊された屋敷、そして“関係者全員が錯乱している”という不可解な報告が添えられていた。
誰も外傷は負っていない。
にもかかわらず、全員が「戦闘後の重篤患者」として扱われている。
現場を知る者ほど、かえって判断に困る案件だった。
上層部の指示はただ一つ――
「粛々と処理せよ」
その曖昧な命令の下、書類と確認作業だけが積み上がっていく。
そんな中、現場をまだよく知らない新人官吏が、ふと手を止めた。
「なぜ……あの方はだけは、例外なのですか?」
室内の空気が、一瞬だけ止まる。
先輩官吏が、遠い目をした。
「それはな――」
* * *
そんなの答えは簡単だ――
アタシは今回も、ごく普通に行動しただけだった。
ただ――
その“普通”が、いつも前例を踏み越え、ついでに踏み潰していくだけで。
――破天荒幼女トーシャ。
今日も、アタシは平常運転である。
また次回お会いできるよう、できれば応援をよろしくお願いします。




