第52話 真っ白な罪は濯げない
私は目を閉じて息を大きく吸って、吐いた。気持ちを切り替えて少年に罪を悔悛する。
「 」
「それってつまり……」
私の言葉を聞いたつくるくんは私と目を合わせて問いただしてきた。やっぱり彼は勘が鋭くって隠し事ができない。私は彼の問に頷きをもって肯定した。
「ふ~ん」
つくるくんは小さく声を漏らすと、少しだけ考え込む素振りを見せた。
「そういう選択をするんだな」
ゆっくりと口を開いたつくるくんは続けて優しく述べた。
「別に、あなたのその選択を否定したいわけじゃないんだけどさ」
責められているような気がして、閉口してしまう。次に聞こえてきたのは思ってもみない言葉だった。
「憶えておいてほしいことがあるんだ。あなたにしか、救えない人がいるんだ」
「……え?」
私は困惑して小さく言葉を漏らす。続けてつくるくんは思い出を語る。
「俺だって、そうだった。あの日、自分の部屋で自殺未遂をしようとしていた俺を救けてくれたのはあなただった」
つくるくんはいつもの静かでかっこいい姿からは想像できないような満面の笑みを見せる。
「あなたが救った人のこと、忘れないで」
私が瞬きをした次の瞬間、つくるくんは体格と背格好の変わらないまま、かわいらしいお洋服に身を包んだ黒髪ロングの女性みたいな姿になる。
「そして、あなたにだって、救われる資格はあるんだよ。そのことをちゃんと考えてね」
いつになく優しい口調。他人行儀な丁寧さでも、ぶっきらぼうな感じでもない、つくるくんの本心からの優しさを感じる。
「あなたも俺たちの仲間なんだから。……なんて、言うのが遅すぎたかな」
溢れ出した涙を着物の袖で拭うと、目の前の少年は先ほどまでの男子制服を着た短髪の姿に戻っていた。
「ううん、うれしい。とってもうれしいよ」
私は、なんだか救われたような気分だった。今までの頑張りを認められたみたいで、ぽかぽかと胸が熱くなる。
「俺とつながったってことは、ほかの魔法少女と、このあともあるんだろ? あいつらともちゃんと話してくれよ」
「もちろん! みんなと話して、あのメドモもなんとかするからね!」
最後に希望を受け取って、私は御剣つくるくんの手を握った。
§
元城ひとはちゃんとつながった。
「おはよう。ひとはちゃん」
ひとはちゃんは大切なスニーカーを履いた、黒檀色の髪を揺らす少女の姿で魔法の世界に佇んでいた。
「……え? だも!?」
ほかのみんなと同じように、ひとはちゃんは私とつながったことに大きく驚いてみせる。
「どういうこと?! っていうか、この場所……」
ひとはちゃんは私と突然魂共鳴したことにひどく動揺し、魔法の世界にやってきたことを遅れて認識する。
「うん。魔法少女のみんなと魂共鳴してもらってるんだ。ここは魔法の世界。君たちに伝えないといけないことがあって……」
「伝えないといけないこと……? っていうかだも、あのときとおんなじ姿……」
私のことを上目遣いに見上げる瞳は輝いていて、同時に憂慮を含んでいる。
「現実は今どうなってるの?」
ひとはちゃんは不安に満ちた声で私に問いかける。私はできるだけ明るい口調で現状を伝えた。
「魔法の世界では現実の時間は進まないから、安心して。私が目的を果たしたら、あの黒い巨人もなんとかできるから!」
そこまで言って、私は目を閉じて息を深く吸う。私は意を決して、目的を告白した。
「 」
「そうなの? それでなんとかなるの?」
不安に満ちた声から一転、いつもの明るさと元気を取り戻したようにひとはちゃんは私を見つめる。
無垢な少女の瞳に、理解できていないことを察していながら、私は笑顔で頷いた。
「そっか……だもがあのメドモもなんとかしてくれるんだ……」
握った両手を自身の体の前に持ってきて嬉しそうに呟くひとはちゃん。けれど、次に聞こえてきた声は少しだけ寂しそうに聞こえた。
「あのね、なんだか、伝えておかないといけない気がするから、今までのことありがとうって言わせてほしいの」
「そんなの、別に言わなくてもいいのに」
寂しそうな声のひとはちゃんにつられて、私まで少しだけ寂しさがこみあげてくる。こんなこと、思っちゃいけないのに。
「ううん、私がいいたいから言うの! ゆうちゃんなら、きっとそう言うと思う!」
数週間前に、ひとはちゃんを孤独から救った少女の名前をだして、ひとはちゃんは私に思いを伝える。
「あの日、泣いていた私のそばにいてくれてありがとう」
その言葉は、初めて出会った時を回想する言葉だった。あの日は、黄昏時にオリが色濃く滲んでいて、ブランコに座る少女は、大量のオリを吸い込みメドモとなる一歩手前だった。
「ほんとはね、ありがとうって伝えきれないほどなんだよ」
活動嬢と出会った時からのことを思い出す。鈍色の魔法少女を目指し、自立し、孤高であろうとし続けた幼気な少女を。
「みんなと仲良くなって、みんなのことが大切になって。こんな未来がやってきたのは君がいたからなんだよ」
私は、ひとはちゃんの孤独を解消することができなかった。ひとはちゃんが独りじゃなくなったのは、全部ゆうちゃんのおかげだ。それなのに。
「そんなこと、ないんだよ。私は、きみに、なにも」
頬を伝った涙が零れ落ちる。小さな少女が私の優しく抱きしめる。
「いいの。泣かないで。本当のこと言うとね、ゆうちゃんが来る前までは、あの日メドモになっちゃえばって思ってたんだ」
ひとはちゃんは潤んできらきらと輝く瞳を私に向ける。黒い瞳は泣きじゃくる人でなしの姿をキレイに映している。
「でも、違った。一人で生きていくんだってずっと思ってたけど、みんなが助けてくれた。そんな未来に導いてくれたあなたに、すっごくすっごく、感謝してるんだ」
「ひと、はちゃん……うぅ」
泣き声を漏らす私の頭をそっと誰かが撫でた気がする。涙で滲む視界が開けたとき、目の前に大人になったひとはちゃんの姿が一瞬映った。溢れる涙で視界が滲むと、黒檀色の髪をした大人は少女のひとはちゃんに戻っていた。
「好きなだけ泣いて、そしたら現実のメドモやっつけちゃおう! 大丈夫だよ。だもならきっと、なんとかできるから。信じてるから」
最後に優しい励ましを受けて、私は元城ひとはちゃんの手を握った。
§
喜読こころちゃんとつながった。
「やぁ。こころちゃん。傷は痛まない?」
こころちゃんは魔法少女に変身した時のような黒と紫のふりふりした服を着て、魔法の世界に立っていた。いつもと違うのは、腕を覆う紫のひらひらがなく、その腕に傷がないところと瞳が紫色をしているところだ。
「……だも。ここは……」
こころちゃんは今いる場所が現実ではないことに気が付いたのか、白い世界をぐるぐると見渡す。
「ここは魔法の世界。こころちゃんと魂共鳴して、ここに来てもらったの」
「この前とおんなじ、だもと魂共鳴したんだね。……あのメドモ、私たちじゃどうにもできなくて。だもなら、なんとかできちゃうの?」
こころちゃんは不安げな表情で私を見つめる。私は努めて明るく、その言葉を肯定した。
「任せて! 今、あのメドモをなんとかするために、みんなとつながってお話してるんだ!」
「……この前は有無を言わさずつながったのに、今回はちゃんとお話ししてくれるんだね」
こころちゃんの言葉に一瞬言葉がつまる。私が人間だったなら、冷や汗というものが伝っていただろう。
「んもー! こういうときは鋭いんだから! ……最後だから、みんなと話しておかないといけないんだ」
私はおどけてみせてから、神妙に罪を清算していく。こころちゃんの表情もすこしずつ強張っていく。
「 」
「……そうなんだ。つまり」
こころちゃんは寂しそうに目を伏せる。それから、私を問い詰めた。私は否定することなく、その言葉に頷いた。
少しのやり取りを経て、こころちゃんはそっと目を閉じる。再び口を開いたこころちゃんはすごく穏やかだった。
「そう、そっか。もうこれで、終わりなんだね」
一抹の寂しさが私たちの間に訪れる。次に口を開いたのはこころちゃんのほうだった。
「それなら、私からも話しておかないと」
いつになく真剣なこころちゃんの表情。私はこんな顔のこころちゃんを見たことがない。
「ありがとう」
聞こえてきた言葉は驚くほど短かった。こころちゃんからはもっともっとたくさんお話しすると思っていた。
「どういたしまして」
「ふふっ。素直。あーあ。ほんとは言いたいこと、たくさんあるのになぁ」
こころちゃんはふいっと振り返ると一歩二歩と歩き、いたずらな表情で私に振り向く。
「だも、私、けっこう変わったんだよ」
「うん。知ってる」
こころちゃんは私に目を合わせたこころちゃんは優しく笑って見せる。
「あのさ、こんな私を変えたのはゆうちゃんだけじゃないんだよ」
こころちゃんは俯きながら私のほうへ一歩、二歩、大きくゆっくりと踏み出しながら話す。
「あなたのおかげでもあるんだよ」
「そうかな。私は君に、なにもして……」
私がこころちゃんに返そうとする途中で、こころちゃんにぎゅっと抱きしめられる。言葉に出そうとしていた続きは世界へ吐き出されなかった。
「みんなにも、ちゃんと、話してね。最初に話さなかった分まで」
私はこころちゃんの背中に手を回した。読心嬢には、私の気持ちも考えていることもおみとおしみたいだ。
「……うん。話すよ。話すから」
瞳から熱い液体が溢れ出す。頭をさすられながら、私はこころちゃんのキレイな服に涙を染みこませた。
「私から言えるのは、きっとこれだけ。……私には止める権利なんてないから」
こころちゃんは優しく、そして悲しそうに言葉を放った。その優しさは、彼女が自罰する際には見られないものだ。
「……私はいつもそうなんだけどさ。いつも私はただの、傍観者なの」
私を放して目を合わせたこころちゃんの瞳はどこか自嘲しているようで、力なく笑う様子は痛ましささえ感じる。
「それでも私も当事者だから。なんにもできなくっても、良い結末を期待してるの」
こころちゃんの笑顔は小さく咲いたハナニラみたいだった。
最後にみんなとちゃんと話すという小さな約束をして、私は喜読こころちゃんの手を握った。
私も、魔法少女のみんなの仲間……
うん。私なら、なんとかできる。
みんなと話して、つながればいい結末がやってくるから。
次回、浮遊嬢は落ちぶれない、第53話。
『あなたのことをまだ知らない』
お楽しみに。
それがきっと正しいことだから。




