第53話 あなたのことをまだ知らない
「こんばんは、ゆうちゃん」
気が付いたら、私は魔法の世界にいた。目の前には真っ白な着物と髪をなびかせ、金と紅の帯をした神秘的な少女。
「だも……どうして」
「魔法少女のみんなと魂共鳴してもらってるんだ。みんなにお話ししないといけないことがあって」
すこしだけうつむいただもの表情はどこか悲しげで、なにか良くないことを予感させる。
それでも、私は聞いておきたいことがあって、純白の少女に質問した。
「みんなと魂共鳴した、って……そんなことして大丈夫なの? だも、かなり魔法化が進んでるんだよね?」
私の質問に、だもはハッとしたように顔を上げると、目を伏せてまた俯いていしまった。
「うん。でももう関係ないんだ」
だもは顔をあげて私に笑顔を向けて見せる。
なにが関係ないのか、私には全然わかんないけど、だもがいうなら大丈夫なんだろう。
「ふーん……まあ、それなら。いいけど」
ふぅ~と私は大きく息を吐きだす。つい先ほどまでダモを助けるために空を奔走し、みんなで白いビルを攻略し、黒い巨人と対峙していたのだ。魔法の世界にやってきて緊張の糸が途切れてしまうのも無理はないだろう。
私はへたっと足を伸ばして座り込む。そんな私をだもは見下ろしている。
「疲れた~……っていっても魔法の世界じゃ疲れもわかんないのか」
「気分的に疲れた感じするみたいだよね。もしかしたら変身解いたらどっと疲れちゃうかも……でも、その心配もしなくてもいいよ」
優しく笑いながら、だもは私の隣に腰かけた。私はだもと初めて会った頃や今までの日常に挟まれたワンシーンを思い起こしていた。
「思えば、今まで色んなことあったなぁ」
「どうしたのゆうちゃん。そんなしんみりしちゃって」
「ん~。別に? だもと出会って、魔法少女になって。いろいろあったなぁって思ってさ」
私は声に出しながら、これまでの一カ月間を思い出す。長いようで短くって、短いようで長かった。
「ちひろちゃんとパトロールして、ひとはちゃんにカレー作って。こころちゃんと友達になって、みんなでハンバーグ食べて……」
「たしかに、いろいろあったね。ゆうちゃんも、会った頃に比べて、すごく元気そうになってる」
だもが言うように、私は一カ月前よりも格段に元気になっていた。居場所ができて、悩みの密度が小さくなったからかもしれない。
「ふふふ。だもは知らないかもしれないけどさー。変わることは、案外悪いことじゃないんだよ」
「もーなにそれ。たしかに私は今までぜんぜん変わんなかったけどさ、ゆうちゃんに起きた変化が悪いものじゃないことくらいわかるんだから!」
だもを揶揄ってみたら、元気に笑ってくれた。現実でももっともっとダモと笑っていたかったけど、あんなことがあってからは、ダモとまともに話すことさえできなくなってしまった。
「……ちひろちゃんが魔法杖になって、ダモがしゃべれなくなって……」
「……あのときは」
「待って! ただ思い出してるだけだから、それ以上は言わなくていいから!」
だもが申し訳なさそうな顔をするから私は急いでだもの言葉を食い気味に止める。しんみりしたいだけで、だもに謝ってほしいわけでも悲しい気分になりたいわけでもないんだから。
「……っていうか、あれはダモが悪かったわけじゃないし。御剣さんが言ってたけど、誰かが悪かったことじゃないんだよ、あれ」
まあ、世の中そんなこともあるんだろう。誰も悪くなくても悲劇は起こるし、悪者がいても喜劇になりうるのが現実だ。
「……ハカセちゃんだって、悪いことをしたかったわけではなかった……んだと思う」
「ハカセちゃんって……あぁ」
一瞬、だもが誰のことを言っているのかわからなかった。けれど、すぐに先ほどまで対峙していた黒い巨人の核、白衣の人物であると合点がいった。博士だったんだ、あの人。
「葉加瀬ちゃんともつながったんだ……あの子も、魔法少女を害したくてやってたわけじゃなかったんだ。結果的に、そうなっただけで」
「ふーん。あの人のことは、会った時からわかんないけど、だもが話せたんならよかったよ。文句の一つでもいってやった?」
私が軽口を叩くと、だもは両手をぶんぶん振って否定する。
「しないしない! 葉加瀬ちゃんに文句なんて言えるわけないよ!」
「え~私なら一回ガツンと言ってやるのになぁ」
「ゆうちゃん、ご両親ともいつもそんな感じなの?」
うぐっ。小さくうめき声をあげる。痛いところを突かれた。魔法の世界に痛みは存在しないが。
私と両親の関係の悪さに察しくらいはついているだもは、私の態度のせいで関係が悪化しているのではないかと物憂げに見つめてくる。対して私は、いつも両親に叱られている、雨に打たれ震える子犬のような私を思い浮かべながら話し始めた。
「たしかに私はお父さんに叱られてるとき黙ってるけど! 最近はあんまり叱られないんだ。腫れ物に触れるみたいな態度なんだけど、前よりはだいぶマシだよ」
「それ、あんまり大丈夫じゃなさそうなんだけど……」
だもの心配が心に刺さる。無条件の優しさは時として心を抉ってしまう。
「かい……妹のおかげで最近成績も上がってきたし、そんなに悲観することじゃないよ」
私の完璧な妹を思い浮かべる。少し前までは、その完璧さが妬ましくって憎たらしかった。
その完璧さに嫉妬しなくなったのは、居場所や友達ができたからで……私はさっきまで一緒に戦っていた友達を連想した。
「芦谷さんや御剣さんとも仲良くなって……そういえば、芦谷さんとは話せた?」
「もちろん。元気……というかすごく優しかったよ。といっても、話したっていうよりかは話しているっていう感じなんだけど」
「え? なにそれ」
私の疑問にだもは頭をひねって見せる。だももよくわかっていなさそうに曖昧な答えを返してきた。
「なんていうか、時間軸? っていうのが同じっていうか、並行した時間に魔法の世界でみんなとつながっているというか……今ゆうちゃんと話しているんだけど、同時にみんなと話しているんだよ。それに、現実の世界では時間が進んでいない」
「へ~。ゲームのポーズ中にみんなで作戦会議してるみたいだね」
私の放った言葉にまただもは首をかしげる。私だってしょっちゅうゲームをやるわけではない……というか、小学生の時以来両親にゲームを禁じられてしまったから、あんまり鮮明な記憶があるわけでもないけれど。
「……この一カ月、ほんっと、楽しかった~!」
「ふふふ。出会った頃は魔法少女が救いになるか不安だったけど、楽しんでもらえたみたいでよかった」
「他人事みたいに言うけどさ、今の私があるのは、君のおかげなんだよ」
この一カ月の間、何度も考えたことだ。あの日ダモが助けてくれなければ、私は居場所も友達もないままに、死んだ目をして生きていた。
「生きる意味も、居場所も、友達も。全部、君がいたから私の世界にできたんだ」
私がだもに感謝を伝えていると、だもは悲しそうな、気後れしたような顔をしていた。
「だから、そんな顔しないで?」
「……だって、私はなにもしてないから。私は君たちをただ、利用していただけなんだよ。自分じゃメドモを倒せなくなったから、人間に魔法を与えて、メドモを倒させてただけなんだよ」
「もう。私のことばかにしてる? そんな噓に騙されるわけないでしょ」
だもは私の言葉を聞いて上目遣いに見つめてくる。
「ハカセさん? も昔魔法少女やってたみたいだし、こころちゃんはほとんどメドモと戦えないじゃん。っていうか、別にそれが本当だとしてもさ、利用していただけだとしても、私の命を救おうとしたのも、メドモから人を守ろうとしたのも事実でしょ」
泣き出しただもの頭を私は抱き寄せて撫でていた。私とほとんど身長は変わらないのに、だもは泣き虫みたいだ。
「君は私の命の恩人で、居場所をくれた救世主なの。それが君の意図するところじゃなくたって、君が気に病む必要なんてないんだから」
私は、今まで共に戦ってきた魔法少女との記憶を思い出していたが、ふと、今となりに座る少女のことをなんにも知らないことに気が付いた。初めてホームに向かう途中、道すがらすこしだけダモのことを聞いたが、それだって魔法少女が魔法杖になるという話をするために打ち切られてしまっていた。
あの時はたしか、魔法少女を生み出す役割を持っているとか言ってたっけ。でもそれも嘘、というより、獣の姿になってからつけた後付けの役割なんだろうな。
「私、そういえばぜんぜんだものこと知らないな」
私は白い世界で立ち上がり、だもに手を差し伸べる。私の手を取っただもが引っ張り上げられて立ち上がる。
「お話ししようよ。一緒に。あなたのこと、もっと知りたいな」
私の言葉を聞いただもは恥ずかしそうに目を逸らして口ごもった。
「私のことなんて知って、どうするの……大体、私話せることなんてなにもないよ」
「ん~そうだなぁ。それじゃあ」
私は人差し指を立てて一つ目の質問をした。
「だもの名前……人間の時の名前を教えて?」
だも、という名前は苗字もないし漢字もわからないし、どうにも人間っぽい名前ではない。きっと、魔法の世界で存在しているような人間の姿のときは別の名前があったはずだ。そう考えて一つ目の質問をしたが、だもは何やら聞かれていることがわからないといった様子で返してきた。
「名前……? そのまま、だもだけど」
「ちーがーう! だもって、愛玩動物の時の名前でしょ? だから、人間だった時の名前が知りたいの!」
私がそこまで言うと、だもは合点が言ったという風で左手の拳で右手のひらを叩くと、笑顔で言った。
「ないよ」
「……え?」
私は驚いて聞き返す。だもは笑顔を保ったまま、話を続けていく。
「私に人の姿だったときの名前なんてない。というか、そもそも私は人間じゃない」
今まで、色んなことがあった。本当に。
ゆうちゃんが来てから、全部変わった。
もう終わりなんだから、話しちゃってもいいかな。
次回、浮遊嬢は落ちぶれない、第54話。
『憎き過去に蓋をしない』
お楽しみに。
……あの子たちも、こんな気持ちだったのかな。




