第51話 研究嬢とは相容れない
葉加瀬しらべちゃんと繋がった。
「葉加瀬ちゃん……」
私が声をかけると、葉加瀬ちゃんは私に目を合わせ、驚きと歓喜が混ざった表情を見せた。
その姿は奇跡を与えた日と同じ、私よりも少しだけ大きい子供。白い服を着た大人の姿ではなくなっている。
「神様! まさか真なる姿へ……いや、ここは」
「魂共鳴。黒い巨人の核になったあなたとも、繋がらせてもらったの」
私が葉加瀬ちゃんに告げると、葉加瀬ちゃんの瞳は驚きに大きく見開かれ、強い口調で私に抗議する。
「そんなことをすればあなたの魔法化はさらに加速する! 獣としても姿を保てず、魔法杖になる! 最悪の場合、あなたはメドモのように光となって消えるのですよ?!」
私は、そんな葉加瀬ちゃんの言葉を聞いたうえで、力強く言葉を発する。
「 」
私の言葉を聞いた葉加瀬ちゃんは絶句して一歩、二歩と後ずさりする。
「は、はぁ? そんな、そんなこと」
衝撃を受けた葉加瀬ちゃんはうわ言のようにつぶやく。私はさらに、意思の固さを表明した。
「ごめんね。もう、決めたことだから。やめる気はないよ」
「だめ! 絶対にだめです! 考え直してください! そんな、そんな結末、あなたに訪れていいわけがない!」
葉加瀬ちゃんは断固として、私に抗議する。そんな葉加瀬ちゃんに私はさらに追い打ちをかけるように言った。
「この結末は、最初から決まってたことなんだよ。私が生まれた時から、こうなるべきだったの。むしろ……」
「そんな、そんな結末、あんまりではないですか」
葉加瀬ちゃんは顔をくしゃくしゃにして泣きだした。膝から崩れ落ちて、四つん這いのような体勢になる。
「あなたは、今まで私のような人間を何人も、千年以上も、ずっと救い続けてきたのに、あなたが……」
「……ずっと、頑張ってきてくれたんだよね。ずっと一人で、私を人間の姿に戻すために、メドモのことも魔法のことも、頑張って調べてくれたんだよね」
努めて優しく、今まで魔法少女にかけるように優しく言葉をかけた。それでいて、きっぱりと、葉加瀬ちゃんの努力を否定する。
「だけど、私は本当の姿に戻りたいなんて、人間のように振舞いたいなんて望んでいない」
少しだけの嘘を混ぜ込んで、私は葉加瀬ちゃんの尽力を、複数の魔法少女を手にかけた凶行を否定した。
「どうして、どうして連れて行ってくれなかったのですか」
葉加瀬ちゃんは悲痛に言葉を発した。私たちは、葉加瀬ちゃんが卒業した日を思い出していた。
「私はあの日、私も連れて行ってくださいと、あなたの力になりたいと、そう言ったのに」
あの日私は、葉加瀬ちゃんに背を向けて置いていった。
「あなたの魔法化が進んでいたから、あなたを杖にさせないために置いていったの」
「私がいれば、もっとあなたを助けていれば! 『なんでも調べ上げる魔法』があれば! きっと、私はあなたの魔法化を食い止めることができた!」
葉加瀬ちゃんはぐしゃぐしゃな顔をあげて、私に縋りつく。
私は、失うことが怖かった。奇跡をあげた日から、ずっと一緒にいた葉加瀬ちゃんが杖になることが耐えられなかった。だから卒業を拒否する葉加瀬ちゃんから『魔法を受け渡す魔法』で魔法を無理やり受け取り、一人で生きていくように置いていった。
「どうして私を拒否するのですか……私はこんなにも。あなたのことを想っているのに」
葉加瀬ちゃんは縋りついたまま涙を流し、項垂れる。私だって、こんなこと望んでいなかった。
「君が、魔法少女たちに危害を加えたからだよ」
「私以外の魔法少女だって、あなたが魔法化することを望んでなんていない!」
魔法の世界は広大で、葉加瀬ちゃんの絶叫は響かなかった。私の意思は固く、あの子たちがみんな、望んでいなくても、私はやらなきゃいけないんだ。
「そんなの、私だって知ってるよ」
私の意思は固い。固いはずだ。なのに、どうしてかな。
「みんな優しいもんね。心配してくれるよね」
頬を熱いものが伝う。とっくの昔に体温なんて失くしているのに、伝う涙は燃える炎のように熱い。
「でも、だめなの。世界を正しい形にするには、これしかないんだよ」
「正しくなくてもいいじゃないですか……どんなに正しい世界でも、あなたがいない世界なんて……」
震えながら泣きじゃくる葉加瀬ちゃん。出会ったときの、おむすびをあげたときとお別れするとき以外葉加瀬ちゃんの泣いている姿なんて見ていなかった。
それだけに、心が痛くなる。私は気づいたら膝をついて葉加瀬ちゃんを抱きしめていた。
「あの子たちを救うため、世界を正しい形に戻すために、力を貸してくれる?」
「……嫌っていっても、魂共鳴するんでしょう。なら何も、聞かないでください。私は断固反対ですから」
指を絡めるようにして葉加瀬ちゃんと手をつなぐ。葉加瀬ちゃんから選択を否定されながら、私は葉加瀬しらべちゃんの手を握った。
§
御剣つくるくんとつながった。
「やっほー。つくるん」
つくるんはぼんやりとしていたところを私に声を掛けられ気が付き、後ろに大きく飛びのいた。
「ここは……ってだももん?!」
つくるんは出会った頃と同じような黒い男子用制服を着ていて、目の怪我もない。私の姿に気が付いたつくるんは歩いて私の元まで戻ってきた。
「ここは魔法の世界。っていってもあすかちゃんと何回もつながってるから、わかるよね?」
「そっか、この真っ白で温かい感じ……じゃあ誰とつながったのっと、そっかだももんか」
つくるんは状況を飲み込めたようで腑に落ちたような反応を見せた。
「そーそー! つくるんとつながって、ちょっと伝えとかないといけないことがあったから」
「もうそのつくるんっていうのいいよ……魔法少女のみんなに、俺が男ってバレちゃったし」
つくるん……改めつくるくんは肩をすくめて言った。そういえば一週間前に、つくるくんとゆうちゃんとこころちゃんがお出かけしてるときにバレちゃったって、この前私に愚痴っていたっけ。
「え~でもつくるんって呼び方かわいくていいんだけどなぁ。それに今風のあだ名のつけ方ってこういう感じなんでしょ?」
「まあそう、っていうか俺から男だってバレたくないからつくるんって呼んでって言ったんだけどさ」
つくるくんは残念そうに言う。私はそんなつくるくんに前から思っていたことを正直に言った。
「みんなに男の子だってバレちゃったけど……みんな優しいから、つくるくんのこと悪く言わなかったでしょ?」
「……うん。先輩、喜読さんには最初からバレてたけど、なんも言われなかったし、浮世にもなにも言われなかった。元城ちゃんはなんかさっき伝えたあと、ちょっとよそよそしかったけど。今までずっと騙してたの? とか、気持ち悪いとか言われなかった」
つくるくんは少ししんみりと、嬉しそうに呟いた。そんなつくるくんに私もちょっとうれしくなる。
「みんな優しいんだから、気にしなくたってよかったんだよ!」
「どうかな……今までの信頼があったから、受け入れてもらえただけなんじゃないか?」
つくるくんは少し寂しそうに言葉を放つ。
「ホームに……女の子ばっかりのところに男がいたら、やっぱりちょっと異物感はあるし。元城ちゃんだって、プライベートな空間に男入れるのは嫌だろ。それに、浮世なんて警戒心強いタイプだろうから、最初に男っていってたら、多分仲良くなれなかった」
「そう、なのかな。私は……今までに魔法をあげた男の子は、かっこいい感じに変身するし、ホームみたいに集まる場所もなかったからよくわかんないや」
集まる場所がなかったという話を聞いたつくるくんは楽しそうに聞いて来た。
「そういや、ホームに集まるようになる前は、秘密基地とかなかったの?」
「そういうとこほんと男の子だね……あるにはあったんだけど……」
当時のことを思い返しながら、つくるくんの質問に答える。
「男の子は秘密基地とか大好きでそこに入り浸るんだけど、私がそこに女の子連れてきたり、別の奇跡使い……魔法少女? 連れていくと、けんかしたりするんだよね」
「あ~秘密基地って、秘密だからいいみたいなとこあるし、色んな人がくるのは嫌かもな……」
「そういうもん?」
「そういうもん」
押し問答みたい掛け合いが可笑しくって私たちは笑いあった。
「つくるくんの時期はちょうど女の子しかいなくて、けっこう窮屈だったよね。ごめんね」
「な~んでだもが謝るんだよ。別に大丈夫だって」
私の謝罪を押しのけて、つくるくんはさっぱりと笑う。
「でも、つくるくんずっと一人だったし……」
私が憐れむような、慮るようなことを言うと、つくるくんは懐かしむように話し始めた。
「まあ、な。確かに、ずっと一人で過ごしてきたし、戦ってきた。女の子に無理させられないって、俺ががんばるんだって」
優しいつくるくんは、きっと彼が女の子だったとしてもなんやかんや理由をつけてほかの子のことを考えてたくさん戦うんだろうな、なんて考えながら聞いていた。
「一人で戦って、いっぱい怪我して、左目も失って。けどさ。少しはみんなの代わりに戦えただろ? それに」
そこで一度言葉を切って、つくるくんは彼に初めてできた魔法少女の友達のことを思い返す。
「浮世が来てくれてから、みんなと少しずつ仲良くなって。芦谷さんのこと、なんにも知らなかった。今まで魔法少女が杖になるとか、卒業するとか、どこか他人事だったんだ。でも、あいつのおかげで、ちゃんと苦しめた」
私はその言葉がどこか責めているように感じて子供じみた反論を試みてしまう。
「その言い方だと、ゆうちゃんのせいで苦しかったっていうふうに聞こえるんだけど?」
「ああ。あいつのせいで苦しかった。不知火ちゃんが杖になったとき、あいつのせいでめちゃくちゃ後悔した。でも、逆に言ったらさ。今まで頑張ってきた子たちのこと、犠牲になった子たちに心を痛められなかったんだ」
つくるくんは、泣きそうな笑顔でかの浮遊嬢への感謝を告げた。
「あいつのせいで、魔法少女達が他人じゃなくなったんだ。あいつのおかげで、みんなと仲間になれたんだ」
その言葉を聞いて、私のほうが先に涙を流してしまった。一筋の滴の軌跡が魔法の世界で輝いていた。
「あ、ごっごめんね! なんか私のほうが泣いちゃって」
「ははっ。だもは涙もろいな。別に泣くことなんかじゃないって。伝えたいことがあったんだろ? 教えてくれよ」
葉加瀬ちゃんには認めてもらえなかった。
けれど、もうそんなの関係ない。
つくるくんにもちゃんと伝えないと。
次回、浮遊嬢は落ちぶれない、第52話。
『真っ白な罪は濯げない』
お楽しみに。
正しい形に戻さないと。




