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浮遊嬢は落ちぶれない  作者: 七色
終章 浮遊嬢は堕ちぶれない
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第50話 少女の懺悔は終わらない

 不知火ちひろちゃんと繋がった。

「ひさしぶり、ちひろちゃん」

 やせ細って、あざだらけの体をしたちひろちゃんは白い世界でぼんやりとしていた目を大きく開き、キラキラさせながら私のところへやってきて両手を繋いだ。

「ひさしぶり~~~~~!!!! えっとえっと、だも、だよね?」

「うん。ひさしぶり、ちひろちゃん」

 私が応えると、ちひろちゃんは「やったやった!」 とその場で小躍りしだす。

 そんな様子のちひろちゃんを微笑ましく眺めていると、ちひろちゃんは気恥ずかしそうに笑う。

「えへへ、あのねあのね、この世界にお客さんが来るの初めてだからね、すっごくすっごくうれしくなっちゃった!」

「うん、私ももう一度会えてうれしいよ」

 私がそう言って笑うと、ちひろちゃんは矢継ぎ早に話し始める。

「あ~でもでも、この世界ってだもが魔法をくれたからできた世界じゃん? だからだから、お客さんはだものほうじゃなくって私の方かも……? っていうか、人の姿すっごいかわいいね! あと、今日はどうして来てくれたの?!」

 私はひさしぶりのちひろちゃんとの会話に胸をぽかぽかさせながら、私の目的を懺悔した。

「                 」

「ふ~ん。そっかぁ」

 私の言葉を聞いたちひろちゃんは、感慨深げに呟くと俯いて目を閉じた。

「あーあー。もっと爆発させたかったなぁ」

「ごめんね。ちひろちゃんのこと、守れなくて。」

 私が謝ると、ちひろちゃんは満開の花のように笑う。

「も~! ごめんね、じゃなくってありがとう、っていうんだよ?!」

「へ?」

 私がちひろちゃんの言葉に疑問符を浮かべていると、ちひろちゃんは自信満々に解説を始めた。

「えかちゃんが言ってたの! ごめんなさいじゃなくってありがとうって言った方がいいんだって!」

 その直後、違和感を感じたのかちひろちゃんは頭をひねる。

「あれ? でもでも、今回は別に私なにもしてないし、だもも悪いことしてないから……あれれ?」

「ふふっ」

 以前と変わらない、常識はずれなちひろちゃんに笑みがこぼれてしまう。何気ない言葉の切れ端にどうしようもなく救われてしまう。うれしそうな私をみたちひろちゃんは楽しそうに口を開く。

「私ね、ママのこともだ~いすきだけど、君のことも、だ~い好きだよ!」

 ちひろちゃんは突然、真剣な顔で私のことを大好きだなんて言ってきた。

「それにね、すっごくすっごく感謝してるの!」

「え、えっと、急にどうしたの?」

 私が突然向けられた愛情に戸惑っていると、ちひろちゃんはいつもと変わらず、笑いながら答える。

「だってだって、これで最後なんでしょ? それじゃあそれじゃあ、思ってたこと、ちゃんと伝えないと損じゃん!」

 ちひろちゃんは目を閉じて、いつになく真剣に、やさしく話し始めた。

「私ね、ほんとは知ってたんだ。だもにずっと守ってもらってたこと、助けてもらってたこと」

 短く息を飲んだ私に、ちひろちゃんは続ける。

「私ね、周りの子たちとぜんぜん違うみたいでね。最初にだもと会った時、ママのこと殺そうとしていたの」

「……うん」

 ゴミとお酒の缶が散乱した暗い部屋の中、狭いベッドに一人で眠る女性に包丁を突き立てようとしていたあの日のちひろちゃんを思い出す。

「学校の子たちとは全く仲良くなれなかったけど、いろいろ話していくうちにね、人を殺しちゃダメな理由とか、殴ったら嫌われるとか。わかんないけど、知ったんだ」

 私は、なにも言えなかった。ちひろちゃんをガチガチに縛り付けた約束を、彼女に嫌われてはいないかと今まで考えていた。

「私はね、ママが死んじゃっても、ママが消えるわけじゃないし、ずっと私のものになるなら、そっちのほうがいいと思ってたんだけどね。でも、あの日だもがとめてくれなかったら、たぶんタイホ? されちゃってたし、そのあとも何人も殺しちゃってたかもしれない」

 以前のちひろちゃんなら、絶対にこんなことは言わなかったと思う。魔法杖になって心境の変化があったのか、それとも、この成長を聞く前にメドモにやられてしまったのか。

「私は、ママにつけられたこのあざも傷も、宝物だって思ってたけど、ほかの子にとっては痛くて嫌なもの、なんだよね? なんかねなんかね、全然私にはわからないんだけど、知識としてそうっていうのを知ったんだ」

 胸が締め付けられるように感じる。ちひろちゃんは、あの痛みを愛してしまったんだ。愛せてしまったんだ。

「だから、私がだれかを殺してしまう前に、傷つけてしまう前に、私と約束して、私を(・・)守ってくれてありがとうって。ずっと伝えたかったんだ」

 涙がこぼれた。気づけば、透明なしずくが頬を伝っていた。

「もう! そんな顔しないで! 君の言う方法なら、きっとうまくいくんだよね?」

「……うん」

 伝えられた感謝に涙を溢れさせながら、私はゆっくりと頷いた。

「それじゃあ笑って! うまくいくなら、泣く必要なんてないんだよ! それに言ったでしょ? 私、君のことがだ~いすきなの。だからね、もっともっと笑ってほしいな!」

 ちひろちゃんに言われて、私は白い着物の袖で涙を拭う。

 最後に二人で大きく笑って、私は不知火ちひろちゃんの手を握った。


 §


 芦谷えかさんとつながった。

「ひさしぶりだね。芦谷さん」

 私が声をかけると、ハッと私に気が付いたのか大人な姿の芦谷さんは私に返事をした。

「……え?! だもちゃん? 今、あの子たちはどうなってるの?!」

 開口一番戦っていた魔法少女たちを心配する芦谷さん。当然だ。さっきまでゆうちゃんたち四人はハカセちゃんやレッカちゃんたち魔法杖を核として取り込んだ無数のメドモの塊と凄絶な戦いを繰り広げていたんだから。

「心配しないで。少なくとも、魔法の世界で話してるうちは、現実の時が進むことはないから」

 私の言葉を聞いて、芦谷さんはほっと胸をなでおろす。そうと思ったら、少し悲しげにうつむいてしまった。

「そっか。そうだよね。私もう、魔法杖になったんだもんね」

 芦谷さんは悲しそうに呟く。そんな芦谷さんに私は重たくなりすぎないように軽い口調で言った。

「でもね、魔法杖になってないみんなともつながってるから、魔法杖になったからとかは関係ないよ!」

 元気な声で励ましなのかなんなのかよくわからないことを口走った私に芦谷さんはうっすらと笑みを浮かべた。

「うふふ、心配してくれてありがとうね」

 芦谷さんはそうして感慨深そうにゆったりとした口調で話し始めた。

「そっか。魔法の世界、か。私がこの世界に初めてやってきたのは、初めて阿弓あいかちゃんと魂共鳴ソウルリンクしたときだっけ。今回は……だもとつながったの?」

「うん! その、みんなにこれからすることを話して、私の罪を清算するために、つながってもらったんだ」

 罪を清算する、という言葉を聞いてなにかを察した芦谷さんはどこか遠くを見つめるように視線を投げかける。

「……そっか。だもの人間の姿? であってるのかな。初めて見たなぁ。この世界と一緒で、髪も着物も真っ白で、紅と金の帯が荘厳で……神様みたいっていうのもわかる気がする。すごいかわいい」

「違う。私は神様なんかじゃない」

 せっかく褒めてくれた芦谷さんに、私は反射的に反論してしまった。

 芦谷さんは気を悪くするかと思ったが、すぐに頭を下げて謝る。

「ごめんなさい。ちょっと軽率だったわ」

「い、いやいや、こっちこそごめんね。感情的になっちゃって」

 私の謝罪に、芦谷さんは困ったように言う。

「ううん、ほんとにこっちが悪いから。それに、感情的になることは悪いことじゃないんだよ。そりゃ、いつも感情的な態度取ってたら、疲れちゃうし、だれかに嫌われちゃうかもしれないけどね。今は私と二人だから。いくらでも受け止めてあげられる。だもちゃんは私よりずっと昔から生きてるだろうから、誰かに甘えたのなんてずっと前だよね。いいんだよ、私に甘えてきたって」

「はっ、いや、そんな。わけに、は」

 ちっぽけな心臓が高鳴る。感じたことのない感情に支配される。

 生まれてこの方、甘えたことなんてないし、それが許されたことだってなかった。この感情は、なに?

 かなでちゃんがピアノのコンクール前に感じていた緊張感? それとも、誕生日を祝ってもらっていたみかちゃんが感じていた嬉しさ?

「あ、えっと。ごめんね? そのそんなに私に甘えるの嫌だった?」

 困惑を含む声が聞こえてきて、やっと私は気が付いた。頬に涙が伝っていた。

 私は首をぶんぶん振って、袖で涙を拭って芦谷さんに答える。

「違うの! えっと、そう。たぶんうれしくって涙がでちゃった! それと、私の罪を、清算しないといけないから」

 私は一息いれて、芦谷さんに告解する。

「                 」

「……そう」

 私の告解を聞いた芦谷さんはおだやかに、そして悲しげに口を開いた。

「それが、あなたの選択なんだね」

「……うん」

 私がそれ以上なにも言わなくても、芦谷さんは私の言いたいことがわかったようだ。

 芦谷さんはにっこりと笑うと、私に感謝を伝えてきた。

「ありがとう。楽しかったよ」

「え……」

 呆気にとられている私をよそに芦谷さんは言葉を重ねる。

「君があの日救ってくれて、魔法少女になってさ。そりゃあ、恨み言の一つくらいは言いたくなる日もあったけどね」

 にへらっと無邪気に笑う芦谷さんは子供に戻ったかのように楽しそうに話す。

「それでも、ああやって魔法少女のみんなと過ごして、生きていられたのは君のおかげだから」

「……ううん。昔からずっと続けてきたことだし、それにあれは罪滅ぼしでもあったんだ。だから、感謝なんて」

 私が申し訳なくってほんとのことを言おうとしていたら、芦谷さんは私の唇に人差し指をつけて、シーッとやさしく言った。

「最後くらい素直に感謝を受け取ってほしいな」

 芦谷さんが優しく諭すように言う。私はコクリと頷いた。

「それと、謝らせてほしいの。四人より先に魔法杖になっちゃって、それにあなたに色々任せちゃって、ごめんね」

「あなたが謝ることじゃ……」

 私が言葉を発そうとすると、また芦谷さんに人差し指を差し出される。

「これで感謝しあいと謝りあいは終わり!」

 芦谷さんは大輪の花のような笑顔を見せる。瞬きしたその瞬間、一瞬だけ大人でも魔法少女でもない、子供の頃の芦谷さんが姿を見せた気がする。

「ほかの魔法少女や魔法杖の子とも話すんだよね。この後の世界がどうなるか私はわかんないけど、いい方へ向かっていくと願ってる。私は、あなたたちに任せるよ」

 最後に願いを託されて、私は芦谷えかさんの手を握った。

 魔法を受け取ったみんなとつながる。

 罪を償うときがやっときたんだ。

 ちひろちゃんも芦谷さんも、受け入れてくれてよかった。

 次回、浮遊嬢は落ちぶれない、第51話。

『研究嬢とは相容れない』

 お楽しみに。

 これが私の物語の結末なんだ。

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