第49話 漆黒の夜はまだ明けない
白衣の人が言葉を発した直後に、世界は轟音に包まれた。
私たちのいた最上階の壁を鈍色の剣が吹っ飛ばしたのだ。巨大な剣は右から左へ、部屋の中央をとてつもない速度で横切っていき、あたりには壁の残骸が散乱する。
私が『みんなのことを守る魔法』を白衣の人と魔法杖含めたみんなと、ビルの最上階以外にかけていたおかげで、鈍色の剣は最上階の壁だけをキレイに吹っ飛ばした。
「ゆうちゃん、こころちゃん、大丈夫?!」
聞こえてきたひとはちゃんの声に驚きつつ、鈍色の剣による衝撃に耐えるためつむっていた目を開くと、私たちの隣に、ダモを抱えたひとはちゃんがいた。
「ひとはちゃん!」
「……元城ひとは!」
私と白衣の人がひとはちゃんに注目していると、机の前の白衣の人が鈍色の鎖につながれる。
「あんたにゃもうなにもさせねえよ」
破壊された壁から御剣さんが勢いよく入ってくる。女性の足で踏ん張ってブレーキをかける御剣さんが白衣の人を魔法によって出現させた鎖でガチガチに縛ったのだ。
「御剣つくる……なるほど、二手に分かれて行動している、という予想は当たっていたが。いやはやここまで策を弄していたとはな」
白衣の人はうっすらと笑みを浮かべ、私たちをにらみつける。余裕を見せるその態度を御剣さんが咎めるように言う。
「いつまで余裕でいられるかな。あんたはもう動けないはずだ」
「ああ、たしかに。私は動くことができない」
「ダモダ! ダモダモダ!」
御剣さんと白衣の人の会話に割って入るようにダモが警告するような声を上げる。
その時、カサカサと異様な音が建物の外から聞こえてきた。
「……! 一度逃げるぞ!」
御剣さんが言い終わるか否かというタイミングで、破壊された壁から様々な虫の形をした無数の小さなメドモが屋内に入り込んでくる。それと同時に、御剣さんが私たちを両側に開いた壁の穴から外へと発射する。無論、小さなメドモの海へ向けて。
「キャアアアァァァァァァァ!!!???」
私の喉から甲高い悲鳴が鳴り響いた。御剣さんの魔法で一気に射出された私たちはメドモの海をかき分けて外へ出る。体に引っ付いて来た超小型のメドモがガシガシとかみついてくるのを一匹一匹引っぺがして、左の穴から脱出した私とこころちゃんは上空で私たちを発射した張本人たる御剣さんと、涙目になっているひとはちゃんと再開する。
「なにするんですか!? あんなメドモが大量に来てたのに!!!」
「よく下を見てみろ。あんだけのメドモに室内に入られてたら俺たちはなにもできずにやられてた」
御剣さんに言われて真下の白いビルを見ると、新月の闇夜のなか、街じゅうから集まったオリが小さな黒いメドモとなってビルの中へと入りこんでいく。すぐにビルからあふれ出し、真っ白なビルが黒いメドモで覆われていく。
「な、なにあれ」
悲痛に顔をゆがめながら、ひとはちゃんが小さな声を絞りだす。真っ黒なビルにさらにメドモが折り重なっていき、真っ黒なソレは人型へと、まるで巨人のような姿へと形を変えていく。
「か、n、さ、j、33333、ぁぁぁぁぁ」
黒い巨人から世界を呪うような、なにかを求めるような怨嗟が響き渡る。街じゅうから集まるオリはとどまることを知らず、黒い巨人をさらに巨大に、絶望的なまで強大な化け物へと変えていく。
「ダダモダモ!」
「ダモ、だめ! 暴れないで!」
ひとはちゃんに抱えられたダモが必死にその腕から逃れようともがいている。ひとはちゃんはそんなダモを振り落とさないようにしっかり抱きかかえる。そうしているうちにも、どんどん黒い巨人は大きくなっている。
「……だめ、ノイズしか聞き取れない。アレからなにか心の声を聞き取ることはできない」
こころちゃんは悲しげに首を振って私たちがお互いの心を読めるように魔法を共有する。
「魔法少女のみんなで戦った時とおんなじだ。地道に倒していこう」
御剣さんが重々しく告げたとき、闇夜に紛れて黒い拳が突き上げられる。私はみんなを空中で逃がしつつ、みんなが自由に飛べるように魔法を共有した。
私はミライちゃんの魔法を周辺一帯と魔法少女達にかけて黒い巨人の腕に向かう。様々な虫の形をした全長二十センチほどのメドモを不壊杖で攻撃しようとした。
しかし、超小型のメドモの大群が私へと雪崩れ込んでくる。メドモの濁流に呑まれかけたとき、ひとはちゃんが私を抱きしめて退避してくれた。
「(ごめんひとはちゃん。迂闊だった……)」
「ううん! ゆうちゃんが無事でよかったよ。……私と変幻杖ならきっとメドモに飲み込まれずに攻撃できるから、ダモのこと守っててくれる?」
ひとはちゃんは言葉に出して私を気遣う。ふと目を向けた先には御剣さんがいた。
御剣さんは巨大な剣を創造してメドモを一網打尽にする。しかし、超小型のメドモは分散することで4割程度がその攻撃を回避している。そして、鈍色の剣によってつぶされたメドモは光となって分散するのではなく、十日ほど前の無限メドモのようにメドモとして再生している。
「チッ! (こいつら無限湧きかよ! どうすれば……)」
ひとはちゃんからダモを受け取っているとき、心の中で悪態をつく御剣さんから舌打ちが聞こえた気がした。
私はダモと一緒に上空のこころちゃんのところまで飛んでいき、戦況を見守ることにした。
私にダモを預けたあとひとはちゃんは変幻杖を今までに見たことないほど巨大な、さっきまで入っていたビルほどの大きさのハンマーに変えて黒い巨人を殴りつける。しかし、やはり巨人は分散し、そのすべてを光に変えることは叶わない。
そして、御剣さんやひとはちゃんによって撃破されたメドモも、一瞬にして超小型のメドモへと姿を変え、黒い巨人の一部になっていく。
減らない。全然倒せない。このままじゃ
「勝てない……」
気づけば私の口から、絶望が零れ落ちていた。
黒い巨人は低い唸り声をあげている。その、人の発する言葉とも、理解不能な異音ともとれる音が世界を震わせる。
「か、み、x、j、あ、u、q、の」
御剣さんは巨大な剣を次から次へと発射している。ひとはちゃんは湧き出てくるメドモに巨大な一撃を食らわせる。
分散したメドモがなんどもなんども黒い巨人へと姿を変えて、二人へ手を伸ばす。
その時、伸びた巨大な腕が一瞬、薔薇色に輝いた気がする。次の瞬間、御剣さんの方へ伸ばしていた腕から薔薇色の炎が舞い上がった。
「くっ……(炎の魔法?! さっきの魔法杖も取り込んで……)」
御剣さんは炎から逃れるため発射杖の魔法で大きく後退する。
「 」
私は居てもたっても居られなくって、大声で御剣さんを呼んだ、はずだった。覚えた違和感もそのままに私は御剣さんの位置まで駆け下りる。
御剣さんの肩を掴んで、その顔を覗き込みながら安否を確認する。
「 (御剣さん! 無事ですか!?)」
「 。 (俺は無事だ。お前の魔法のおかげでな)」
またしても違和感。心の声は聞こえるのに、空気を震わせる音は聞こえない。
さっきまで聞こえていた黒い巨人の唸り声もメドモが砕け散る音もなにも聞こえない。
「 (これも魔法か!)」
御剣さんが辺りに舞う白藍色の粒子に反応した。音が聞こえない原因はこれであると私たちは理解した。
私たち二人は音が聞こえないせいで、背後で起こっている異常事態に気が付かなかった。
先に気が付いた御剣さんが指さした先、振り返るとそこには琥珀色のキューブが落下していた。
琥珀色のキューブの中には、ひとはちゃんが見える。落ちていく先にはメドモの海。
私は間一髪キューブに『自由に空を飛ぶ魔法』をかけることでメドモの海に呑まれるのを防ぐ。二人で急いでひとはちゃんのもとに向かい、琥珀色のキューブを破壊した。
恐慌した表情のひとはちゃんを抱きしめていると、上空から私たち三人の場所へ飛び込んでくるこころちゃんに薔薇色の烈火が襲い掛かる。
「 」
ミライちゃんの『みんなのことを守る魔法』のおかげで、こころちゃんは無事私たちの場所へとたどりつくことができた。
しかし、こんな状況がいつまで続くかもわからない。殺傷能力の高い炎の魔法と、世界から音を奪う粒子の魔法、そして魔法で身体能力が私たちの中で最も高いひとはちゃんを捕らえた琥珀の魔法。それらを操る黒い巨人。
こんな化け物、とてもじゃないけど勝てるわけがない。
誰かの心の声が聞こえた。逃げろ。多分、御剣さんだったと思う。
誰かが反論した。ここで逃げたら街の人が危険だって。多分私だったと思う。
誰かの泣き声が聞こえた。怖い怖いって絶えず聞こえていた。多分ひとはちゃんだったと思う。
誰かがずっと考えている。何とかしないと、何とかしないとって。多分こころちゃんだったと思う。
誰かの声が聞こえた。とてもきれいで、透き通っていて、最後に聞くのがこんなかわいらしい幻聴だなんて、思ってもみなかった。
「(魂共鳴)」
ハカセちゃんたちを取り込んだ黒い巨人。
あんなものは魔法少女たちの手には負えない。
誰かが、このお話に決着をつけないといけない。
次回、浮遊嬢は落ちぶれない、第50話。
『少女の懺悔は終わらない』
お楽しみに。
ごめんね。みんな。




