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浮遊嬢は落ちぶれない  作者: 七色
終章 浮遊嬢は堕ちぶれない
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第48話 世界は静かに満たされない

 ビル内に入り込むと、中は真っ暗でほとんど何も見えない。左に握ったこころちゃんの手を強く握りしめて立ち止まってしまう。

 ようやく暗闇に慣れてくると、室内にはいろいろなものが置いてあることが分かった。

 散乱する鎖と鉄の輪っか。引きちぎられた跡や室内になにかのひっかき傷のようなものも見える。冷蔵庫程度の大きさの機械が複数あり、一部がなにか大きな力によって破壊されている。

 天井を見上げると、LEDのようなものが見受けられ、この部屋を使う場合は照明をつけるのだろうなと想像できる。

 真っ暗な室内はすなわち使用者がいないということであり、誰かが待ち受けて襲ってくるということはない。と考えたところで、襲うのならば暗闇の方が都合がいいのだから、照明がついていないなら警戒を強めた方がいいということに気が付く。

 周囲の警戒は私よりこころちゃんの方が向いている。焦燥と緊張に駆られて、こころちゃんの顔を見つめると、苦悶の表情を浮かべている。

「こころちゃん、大丈夫?」

「おい、なんかあったのか?」

 私の右側に浮かべたスマホから御剣さんが声をかけてくる。御剣さんはさきほどまでは冷静だったが、二手に分かれてから不安になったのか、焦ったような、心配そうな声をしていた。

「だい、じょうぶ。つくるくんも。ちょっとノイズが、すごくて」

 こころちゃんは苦しそうに、途切れ途切れに言葉を紡いで私たちに無事を伝える。

 私は手をぎゅっと握りしめて、さっきから気になっているノイズについて聞いてみる。

「本当に大丈夫? こころちゃん。あと……その、ノイズって?」

 こころちゃんは私の手を握ったまま歩き出し、室内の探索を始めた。

「全然大丈夫。気にしないで。早くダモを助けないと」

 全然大丈夫じゃなさそうだけど……口から出かかった言葉をぐっと飲みこんだが、心が読める彼女には無意味な配慮だった。

「ほんとに大丈夫だから。心配しないで」

 少し不機嫌そうに、焦ったように歩を速めるこころちゃん。部屋には二か所の扉があり、こころちゃんは向かって左側の扉へ進む。

「……ノイズ、っていうのは。私の、『あなたの心を覗く魔法』で」

 左側の扉の前で一度止まり、こころちゃんは少し集中したあとで迷いなく扉を開ける。

 奥には廊下が続いている。スマホのライトをオンにしてみると廊下はほどほどに伸び、正面に壁があった。行き止まりだ。

 ……どういうこと? 変な構造の廊下すぎるでしょ。

「ね」

 私の心の声に同調してこころちゃんが相槌を返す。ともかく、もう片方の扉のほうも調べるしかない。私たちは扉の近くにあったスイッチを押して、LEDを付けた。

 ふう。とこころちゃんが息をつく。薄く紫色の光を放っていたが、こころちゃんからその光が消える。

「明るかったら、魔法使わなくても周りの状況がわかるから」

 そう言って笑ったこころちゃんにスマホの奥から「油断すんなよ~」とヤジのようなものが飛ばされる。御剣さんは心配してるんだかなんだかよくわからない態度だ。

「さっきの続きね。ノイズっていうのは、私の『あなたの心を覗く魔法』でメドモの心を覗くと、すごいノイズが聞こえるの。多分、オリから生まれた存在だから、色んな人の心の声が混ざって、ノイズになっているんだと思う」

 こころちゃんは先ほどよりずっと楽そうに話を続ける。その間、私は周りをずっと警戒しているが、まったくなんの気配もない。

「ダモの心を覗くときも、ちょっとだけノイズが聞こえるんだけど……白衣の人ではノイズが聞こえなかったから、多分魔法杖の心の声がノイズになってたんだと思う。ダモってたくさん魔法杖を持ってる……保管してる? から」

 こころちゃんは続ける。その言葉を額面通りに受け取れば、こころちゃんは魔法杖の心の声も聞こえるということだ。私は魂共鳴ソウルリンクするときにしか不壊杖フワミライちゃんとお話しできなかったけど、こころちゃんはこころちゃんの魔法杖だけでなく、ほかの子とも話せるのだろうか。

 明るい室内には人の気配もメドモの気配もない。ノイズの話からして、こころちゃんの魔法は、この部屋からすごいノイズを受け取っている。この鎖も機械もメドモを研究するためのもの……だろうか。

 向かい側の扉までたどり着くと、こころちゃんはまた紫色の光を発して、扉の向こうから心の声が聞こえないか確かめる。隠れ潜むものがいないことを確認して、扉を開いた。

 扉の向こうの階段を上りながら、こころちゃんに言葉をかける。浮かべたスマホからがやがやと声が聞こえて、御剣さんたちも二人で何か話しているらしい。

「ノイズひどいなら、もしかしたらあんまり魔法使わないほうがいいんじゃない? えっと、その。使っても意味がないというか、違う! えっと、こころちゃんの負担が大きくなるだけというか」

「言いたいことわかるから大丈夫だよ。確かに負担ではあるけど、メドモが近づいてきたらノイズの聞こえ方にも違いが出てくるし、人なら心の声が聞こえるからきっと役に立つよ……って言いたいんだけど、さっきホームに白衣の人が来たときは、ぜんっぜん心の声聞こえなかったから……私のこと過信はしないでね」

 私の言葉を聞いたこころちゃんは私に優しく反論して、困ったようにこころちゃんは付け加えた。たしかに、それなら室内が暗いときや扉の先の状況を知りたいときはこころちゃんに頼った方がいいし、白衣さんが心の声を隠すことができるなら、室内を明るくして二人で警戒するほうが合理的だ。

 階段を上り切って次の部屋に入る前にもこころちゃんは魔法を発動する。ノイズが一番ひどいのが一番下の階とのことだったので、ここから先はノイズの影響がそこまでひどくないだろうか……なんて思っていたが、こころちゃんは相変わらず苦悶の表情を浮かべている。

 次の部屋は異様な光景だった。すぐ近くにあったスイッチを押して明かりをつけると、部屋の中には檻のようなものが一つ、入って右側の角に配置され、中央に大きな柱。一階と同じように様々な機械が置かれていて、まるで人を監禁してなにか研究していたかのようだ。

「なに、ここ」

 私が茫然と呟く。こころちゃんは常に警戒を怠っていなかった。

「機械の影とか柱の後ろにメドモや人もいなさそう。……ここまで静かだといっそ不気味だね」

 繋いだ手を引かれて柱を回り込み、扉の前まで歩いていく。

 紫に輝くこころちゃんが扉を開く。光が収まったこころちゃんと一緒に目の前の階段を上って行った。

 こころちゃんの魔法が私に共有されて、私たちは心の中で話し合いを始めた。

「(この先がたぶん最上階。次の扉の先に、ダモと白衣の人がいる)」

 こころちゃんは心の中で言った。私は小さく頷き、心の中で言葉を返す。

「(扉を開けたら、すぐ私が部屋全体に魂共鳴ソウルリンクで『みんなのことを守る魔法』をかけるね)」

 私の顔の右側に浮かべたスマホからはあまり音が聞こえない。ひとはちゃんと御剣さんの話し合いはすでに終わっていて、初冬の夜の寒風が伝える音だけがスマホのスピーカーを揺らしている。階段を上りきる前に電話アプリのスピーカーモードを切って通話の音量を限界まで下げる。少しでも音が伝わるのを防ぐために。

 階段を上り切り、隙間から光を漏らす小さな扉の前に立つ。この先に、ダモと白衣の人がいる。

 こころちゃんの放つ光がひと際強くなり、扉のすぐ近くに二人がいないことを確認した。

「(行くよ)」

「(うん)」

 こころちゃんが扉に手をかけ、私は不壊杖を両手で握りしめる。目を閉じて精神を研ぎ澄ませて、扉が開くその瞬間を待つ。

 こころちゃんが扉を開いた。その瞬間に私は世界へと宣言する。

魂共鳴ソウルリンク不壊杖フワミライ! この部屋全体を保護して!」

 大きく宣言した後、目を開くと、そこにあったのはひどくこざっぱりとした、ベッドと机しかない部屋だった。

 真っ白い部屋。ここまで来るときも室内はずっと真っ白だったが、檻やら鎖やら機械やら、いろいろなものがあったのであまり気にならなかった。しかし、この部屋はベッドも机も、この部屋の主でさえも白に包まれており、嫌になるほどの白が目に飛び込んできた。

 机の上にはダモとコーヒーマシン。そして、三振りの魔法杖のような形状のもの。コーヒーマシンはあるのに、コーヒーの香りは漂ってこない。

 机の前に立って私たちに背を向けている白衣の人。カチカチカタカタと鳴らす音は左腕に抱えたノートパソコンを右手で操作する音のようだ。

「魔法化解除……魔法化の機序……逆行するには……違う、もっと、いや……」

 大きな声をだしたのにも関わらず、白衣の人はまったく意に介さず、ずっと画面と向き合っている。

「ダモ! ……それに魔法杖!?」

「モモモダモ! モモダモ!」

 こころちゃんがダモに向かって声をかける。その声に反応してダモが机の上から声を上げる。

 そのとき、手を動かし続けていた白衣の人がピタリと手を止めて、緩慢な動きでこちらに振り返った。

「ああ、客人か。なにぶん取り込んでいてね。気づかなかったよ」

 白衣の人は左腕に抱えたノートパソコンを机の上において、向かって左へ一歩。ダモと私たちの間に割り込むように動いた。

「ごきげんよう。喜読こころ、浮世ゆう。芦谷えかと御剣つくる、そして元城ひとはは一緒に来ていないのかな?」

 左手を白衣のポケットに突っ込み、右手を顔の高さまで上げながら、白衣の人は探りをいれてくる。

 このまましゃべり続けてくれれば、私はミライちゃんの魔法にだけ集中できる。そう考えているとこころちゃんが白衣の人と話をし始めた。

「ダモのこと、返してもらいに来ました」

「やれやれ、二十一世紀の子供は会話すらまともにできないのかい?」

 白衣の人の放った言葉を無視して意図を伝えたこころちゃんに、白衣の人は苦言を呈した。そんなの、こっちの知ったことではないけれど。

「客人にだせるものなんて熱い熱いブラックコーヒーしかないけれど、いるかい?」

「その魔法杖はなんなんですか?」

 白衣の人の言葉に対して、こころちゃんはあえてこちらの意図を伝えていく。というよりも、白衣の人はこの状況にふさわしくない、雑談を始めようとしている。

「……はぁ。まともに会話できないのではなく、する気がないのか。まあいい」

 そういって白衣の人はダモの方へ振り返り、背中を向けたまま話す。

「我らが神様を返すことはできない。これは君たちのためでもあるのだ。そして、この魔法杖は過去に卒業、だったかな? した元魔法少女を殺害し手に入れたものだ」

「はっ?!」

 動揺して私の集中が一瞬途切れる。もうすぐこっちの準備が整うがその一歩手前で聞き捨てならない言葉を聞いてしまった。

 殺害した? 卒業した元魔法少女を?

 許せない。必死にメドモと戦ってきた魔法少女達を、その苦労を知らないわけがないのに、殺した?!

 ……一度冷静にならないと。名前も知らない魔法少女のために湧き出てきた怒りは私を突き動かそうとするが、激情に任せて行動するわけにはいかない。白衣の人の言葉に動揺して作戦を実行できないのでは本末転倒だ。私は気合を入れなおして魔法に集中する。

「……なるほど。なんで魔法杖を用意したり、ダモを攫ったりしたんですか?」

 こころちゃんは至って冷静に、白衣の人を問いただす。白衣の人は不機嫌そうに答えた。

「その理由を、君はすでに知っているはずだが」

「ええ。でもうまくいっていないみたいですね」

 こころちゃんの挑発は白衣の人の不興を買う。いらだつ白衣の人は振り返ってこちらをにらみつけ、声に怒りをにじませる。

「不愉快だ。これ以上の言い争いは無駄だ。そちらもなにやら準備していたようだが、こちらも準備が整った」

 その言葉を合図に、私たちの世界は衝撃と轟音に包まれた。

 忌まわしい。何が魔法少女だ。

 神様に救われたのに、なぜ神様が獣の姿でいることに平然としていられる!

 貴様ら魔法少女が神様を奪うというのなら、こちらにも考えがある。

 次回、浮遊嬢は落ちぶれない、第49話。

『漆黒の夜はまだ明けない』

 お楽しみに。

 あなたのことを想っているのに。

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