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浮遊嬢は落ちぶれない  作者: 七色
終章 浮遊嬢は堕ちぶれない
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第46話 原初の獣は理解らない

 ボクはハカセちゃんの肩に乗せられてどこかへ連れていかれているようだった。

 移動の途中何度か逃げ出そうとしたが、ボクがハカセちゃんの肩から飛び出した直後、着地したのはいつだってハカセちゃんの掌の上だった。そのたびにボクは柔らかい手で撫でまわされて、そんな扱いにだもだも文句を垂れたくなったが、あの頃の常におびえていたハカセちゃんの目ではなく、慈しむような愛しく思うような瞳を見ていると、なにも宣うことができなかった。

 ハカセちゃんの肩に乗って一緒に街を移動していると、ハカセちゃんは懐かしむように呟く。

「こうして一緒に歩いていると、あの頃を思い出しますね」

 確かに、こうして一緒にいるとあの頃を思い出してしまう。まだ人の形を留めていた、ハカセちゃんが奇跡使いとしてついてきていた頃のことを。

 ハカセちゃんは初めて会った時から、なにかにおびえているような、反発しているかのような女の子だった。行き場のない、帰りたがらない彼女と一緒に街なかを歩き回ってメドモを退治して、奇跡使いを増やして……あの頃は今よりも奇跡使いになる子が多くて、友達ごっこが多くて……最近も楽しかったけど、あの頃も楽しかったな。

「ふふっ……神様もあの頃を懐かしんでいらっしゃいますか」

 ハカセちゃんが恭しくささやく。この子は昔から私のことを神様なんて呼んでいた。何度訂正しても神様呼びをやめなかったし、しまいには奇跡使いの子たちのことを『神の使い』だなんて称するようにさえなった。

 まあ、最近になってあにめ? が好きなハッカちゃんによって『魔法少女』という呼び方に変わったのだから、結局呼び方なんてどうでもいいのかもしれない。ボクの呼び名とおんなじだ。

 それなら、私が神様なんて呼ばれたくないと思うことはただの我儘なのだろうか。

 そんなことを考えていたら、いつの間にか目的地についてしまっていた。

 ボクがハカセちゃんに連れてこられたのは、真っ白い建物。

「ダモモモモダダモダモモ」

 この建物、なにか変だ。メドモの気配がする。

 ハカセちゃんは扉がないように見える真っ白い壁に手をついて、円形になっている壁の一部を少し押し、へこんだそれを時計回りに半周回す。そのあと半時計回りに一回転させたあと、時計回りに二回転と半周回した。そうと思ったらへこんだ部分を左にずらし、ずらした先にある赤いボタンをポチッと押した。

 ……意味が分からない。頭がいい人はこういう不思議な構造物を作れるものなのだろうか。ハカセちゃんの左側の壁がブオーンと音を立てて開いた。

「ダモモダ、ダモダ」

「ふふっ。お褒めにあずかり恐縮です。が、この施設を構築できたのも、あなた様から頂いた奇跡……おっと、魔法のおかげなのです」

 ハカセちゃんに渡した奇跡……いや、宿っていた魔法。今もボクの中に大切に保管されている『なんでも調べあげる魔法』。

 ハカセちゃんからは、奇跡使いをやめるときに預かっていた。けれど、今も彼女は魔法を使えているようだ。

 きっと、私と同じように体が魔法化したことによって変化……魔法少女へ変身しなくてもある程度魔法が使えるようになったのだろう。体が魔法化したせいで、彼女は今もほかの人と同じように(・・・・・・・・・・)老いることができず、私という過去に囚われている、のだろうか。

 今までに、奇跡使いまたは魔法少女を卒業した子たちは何人もいた。中には、ハカセちゃんのように魔法化が進行している子たちもいただろう。その子たちは……もしかしたら私のせいで……

「おや、なにか悩み事でも? 神様」

 白く暗い通路を歩きながら、ハカセちゃんが問いかける。

 ボクはその声に、応えられずにいた。自分の罪と、向き合えずにいた。

 私は、いつも逃げてばっかりだ。罪から、事実から、この出自から。今だって、()ボク(・・)か答えを出せずにいる。ほんとの私はどっちなのか、そもそもこんなボクにほんとの自分なんてあるのか。

 人の身だった頃……無い胸を張って私と言えた頃はよく考えていたことだ。そういう意味でも、あの頃に戻ったようで、懐かしいような切ないような、起こってしまった事実から目をそむけたくなるような気がした。

 この姿(・・・)になってからは、自分じゃメドモと戦えなくって、奇跡使いの子に頼んで街を守って……ずっと大変で考える暇さえなかった。みんなに苦労を掛けてしまうことは申し訳ないけれど、嫌なことを考えずに済んだのはボクにとってうれしいことだった。

 暗い通路を進んでいると、一つの広めの部屋にでた。技術の発展によって生み出された明かりが灯っていて、提灯をもっていた時代……いや、ハカセちゃんのころはガス灯だったっけ。そんな頃を思いだしていたのに、いきなり現在へと引き戻された気分だ。私もボクと向き合わないといけないのかもしれない。

 縦に長い広めの部屋には、なんだかよくわからない見たこともない鉄の塊やひとはちゃんの家にあるようななんらかの機械……それよりもなにか複雑そうな雰囲気の機械が置いてあって、この部屋は一段とオリの気配が濃い。『オリの気配を探る魔法』はボクにこの場所の異質さを警告してくれた。

「モモ、ダモダ?」

「ああ、この場所はメドモを研究するための部屋です。ここに小型のメドモを捕らえ、解析し、実験を行うのです」

 ハカセちゃんは平然と説明する。当然ボクは困惑する。

 メドモを捕らえる? あの化け物を? オリの塊なのに? かいせき? じっけん?

 ボクの思い浮かんだ疑問符を察したのかハカセちゃんは楽しそうに笑った。まるで、子供が親に自慢するように。ボクが親なつもりも、私が子の側だったこともないのだが。

「アハハ。神様には理解できないものでしたか。バカげていると、そうお思いでしょう? ですが、私とて努力をしたのです。すべては、あなたのために」

 いや。

 楽しそうに述べた後で、ハカセちゃんは小さく呟く。気になって見つめたハカセちゃんの横顔は真剣そのもので、奥の部屋に続く扉を見つめているはずなのに、もっと遠くを見ているかのように感じた。

 しばしの静寂の中、ハカセちゃんの足音だけがカツカツと響く。部屋の奥にあった扉を開くと、上階へ続く階段があった。

 薄暗い階段を上るハカセちゃんの体の揺れ。しがみついて耐えた先で小さな扉をくぐるとそこには三振りの魔法杖があった。

 魔法杖が、ある……?

「ダ……?」

「神様? どうかされましたか?」

 ハカセちゃんはまるで出会った頃のような、幼い子供が見せる知的好奇心のような声色で、私に問いかけた。

 「ダダモダモ、モダモダモモ?!」

 三振りの魔法杖。薔薇色のレッカちゃんに、白藍色のシズカちゃん。そして琥珀色のコハクちゃん。みんなずっと前に卒業した子たちだ。それが、なぜここにいる……? ハカセちゃんに協力していた? いや、なんで魔法杖になっている?!

「どういうこと、とは?」

「モモモダモダ、ダモ!?」

「ああ、こいつらですか」

 ハカセちゃんは、心底不愉快そうに魔法杖の子たちを一瞥すると、一度言葉を切って魔法杖の子たちの前まで歩く。

「殺しました」

「ダ……?」

「殺しました。魔法の残滓を使って研究するために。魔法杖の状態と不完全に魔法化した状態。どちらも調べていたのですが、まったく成果はありませんでした。せっかく神様から魔法を頂いたのにも関わらず、神様どころか私の役にすら立てないとは。やれやれ、困ったものですね」

 何を言っているんだ? この子は。

 ころ、した? なんで? 同じ人間なのに? 同じ奇跡使いという経歴を経ているのに? 奇跡使いを卒業して、奇跡杖になる運命から逃れたというのに?

 殺して、杖にした? それも、不完全に魔法化した状態も調べたって……メドモにしたように、捕まえて人の形を保ったままでも調べたということ?

「ダ、ダ?」

「なぜ? なぜってそれは、あなた様のために決まっているではありませんか」

「ダッモダダダダダモダモダダダモダモッダ、モッダモダモダモ?! ダダモダダダダモ、ダダモモダモモダモダダモダモダモッダモモダダダモ! モモモモ、ダモダダモダもダモもモダモモダ、モダモモモダモモモ、モモ」

 さっきからずっと言っている私のためという言葉にとてつもない嫌悪感を覚え、この子たちを傷つけた事実とともに大声で怒鳴り散らす。

 ハカセちゃんは困ったような表情を浮かべ、苦笑しながら答えた。

「何かしろなんて言った覚えはない、といわれましても。私が好きであなた様のためにやっているのです。あなた様を、真なる姿へ、あの日出会った時と同じ姿へするために」

「ダ……? モモダモモモダモダ?」

 そんな、そんなことのために? そんなことのために、今まで卒業した子を傷つけ、メドモを操り、魔法少女の子たちを襲った? 全部全部、私を奇跡使いの姿にしたいから? 全部全部、私がボクになったから?

「そんなこととはおっしゃいますが、あなた様は本来真なる姿でいるべき存在なのです。それを、下等なメドモを退治し、下賤な人間どもをお救いになったせいでこのような愛くるしいお姿になってしまわれた。あなた様に救われた私にとって、否、私たち神の使いとして、神様を真なる姿へ戻すことが我々の使命なのです!」

 狂っている。

 人間のなりそこないの私が人間に化けた姿が、真なる姿? 無力なケダモノになったのが、人間を救ったせい?

 私の行いはすべて、まちがっていた?

「私があなた様をここに連れてきたのも、あなた様を調べ上げ、真なる姿へと戻す一助とするため。さあ、協力していただきましょう」

 狂信者は声高に告げる。真実を求め、何者も顧みず、全霊をもって邁進する。

「モモ、モダダモダダモ……」

 力なく呟いた(しょうじょ)が掌の上から見下ろした研究者の目には、消えることのない幻想の炎が灯っていた。

 神様さえいれば、すぐに魔法化の逆行が可能かと思ったが……

 そもそも魔法化の逆行は……魔法化とは……

 いいや、諦めない。私ならば、絶対に。

 次回、浮遊嬢は落ちぶれない、第47話。

『作戦会議は抜かりない』

 お楽しみに。

 あなたのことを思っているのに。

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