第45話 溢れる心を見逃さない
私たちが駅のあたりに着くと、上空で悲しげに漂っている、三振りの魔法杖を持つゆうちゃんを目撃する。すぐに御剣さんがゆうちゃんがいる高さまで飛びあがって、ゆうちゃんを連れてきてくれた。
私は気落ちしているゆうちゃんに反射的に声をかける。
「ゆうちゃん! 大丈夫?!」
「……うん。大丈夫だよ。みんなは怪我してない?」
私たちは、なにも言葉を返すことができなかった。ゆうちゃんは変身しているからか表面上元気そうに見えるが、チヒロちゃんが魔法杖になったときと同じ、空虚な空元気を振り絞っていることがすぐに分かった。
魔法で隠した下でどれほど泣き腫らしたのだろうか。嗚咽も混じらないきれいな声の下で、どれほど涙を飲んだのだろうか。
それでも、ゆうちゃんの覚悟を無下にしないために、私はゆうちゃんの質問に答える。
「私たちはみんな無事。怪我してないよ。二人が頑張ってくれたおかげでね」
「喜読先輩がいなかったら避難が間に合わなかったよ。こっちとしても助かってる」
御剣さんのフォローに少しだけ胸が熱くなる。けれど、そんなことを今考えている暇はない。早くダモと白衣の女性を見つけないと。
「ねえゆうちゃん。この前、白衣の女性を街なかで見かけるって言ってたよね。よくどこにいるかとかわかる?」
私の問いかけに悩むような素振りを見せる。それから、ゆっくりと口を開いた。
「……ごめん、全然心当たりがない。空飛んでたらたまに見かけたりとか、どこに行っても運が良ければ見かけるし、運が悪ければ全然見かけない。でも、どうしてそんなこと」
「白衣の女性にダモを誘拐されたの。私とひとはちゃんの目の前で」
ゆうちゃんは驚いて目を見開く。そりゃそうだ。ゆうちゃんからしたら、病んだ私の居場所を教えてくれた気のいいお姉さんで、いつも白衣を着ている変なお姉さんでしかないんだから。
「……たぶん、ゆうちゃんがその人を見かけたのも偶然なんかじゃなくって、魔法少女のことを監視していたんじゃないかな。あの人、私たちの魔法についてよく知っていた」
「……嘘。それじゃあ、私がもっと早くあの人を」
精神が不安定になりかけているゆうちゃんに御剣さんとひとはちゃんが反論する。
「んなわけねーだろ。大体、その白衣の人がヤバイ人だなんて今の今まで知らなかったんだから、手の取りようがないんだよ」
「ゆうちゃん、えっと、その、自分のことせめたくなるのもわかるけど、今はおちつこ? ね?」
そうやってひとはちゃんがゆうちゃんを抱きしめる。私は目線を落として、ゆうちゃんが持っている三振りの魔法杖に目を向けた。
電話口の声からなんとなく察していたけれど、やっぱりアシヤさんは……
「そうなると、なんとか白衣の女性を見つけないといけないんだけど……どうすればいいんだろう」
私の弱音に対してゆうちゃんが同調する。
「うーん……やっぱり地道に探すしかないのかな……」
「こんなときチヒロちゃんがいてくれたらよかったのに……」
チヒロちゃんと年が近いひとはちゃんがつぶやく。私たちにとってはチヒロちゃんはかわいくてこわい、妹のような存在だったけれど、ひとはちゃんにとってはお姉ちゃんのように頼りがいのある存在だったのだろう。
「チヒロちゃんなら、探査杖の魔法で簡単に見つけられたのに……」
「チヒロちゃんはメドモを探すために魔法を使ってたよね? こういうときにはあんまり……その」
ゆうちゃんが言葉に詰まる。大方、役には立たないとか言いたいのだろう。私としても同意見だ。私と違って言うのを躊躇していてえらい。
そんなどうでもいいことを考えていたら、ひとはちゃんから一つの事実を告げられた。
「ううん、探査杖ちゃんの魔法は『なんでも見つけ出す魔法』だから、本来見つけたいものはなんでも見つけられる魔法なんだよ! チヒロちゃんがメドモを爆発させるためにメドモを見つけるのに使ってただけなんだって! ダモに教えてもらったことあるんだ!」
「え、すごい!? ……けど、チヒロちゃんとキミカさんはダモが持ってるからなぁ……ダモを見つけるためにダモの力が必要だなんて……」
ゆうちゃんは苦虫を嚙み潰したように重々しくつぶやく。けれど、二人の会話を聞いていた私には一つの考えが浮かんでいた。
本来見つけたいものはなんでも見つけられる魔法……ダモの力……
私たちがダモから受け取った魔法。それだって元々はダモの力だ。そして、そんな魔法の本来の使い方。いや、本来の使い方ではない使い方……
……この作戦は一つの賭けだ。私の魔法はそこまでをカバーするものではない。けれど、ほかの魔法と組み合わせたら。ゆうちゃんが空を飛んで街を守るように。御剣さんが剣を飛ばすように。ひとはちゃんが巨大な武器を振り回すように。アシヤさんが引力と弾性力で跳ね回るように。チヒロちゃんが魔法に指向性を持たせたように。
私は覚悟を決めて作戦を実行に移す。真剣な表情でゆうちゃんの瞳を覗き込んだ。
「……ゆうちゃん。ダモを見つけるための作戦を思いついたの。協力してくれる?」
「……! もちろん! 私にできることなら、なんでも言って!」
頷いて笑顔を見せるゆうちゃんの手を握り、上空へ一緒に飛んでもらうようにお願いする。
私たちが飛び立つ直前、なにかを察した御剣さんが私に声をかけてきた。
「先輩! 無茶すんなよ!」
「先輩をなめないの! 絶対大丈夫だから安心して待ってて! つ・く・るくん!」
「あ、おい!」
怒って御剣さんが声を荒げる前に二人で空に避難する。みんなにばっかり無理させられないんだから。たまには私のこと頼ってよね。
「こころちゃん、こんな高さまで飛んできてどうするの?」
私たちはすでに街を一望できるほどの高さまで飛んできた。地上の様子は目視できないが、魔法少女である私にとっては目視はあまり関係がない。
「うん。私に『みんなのことを守る魔法』をかけてほしいの。もっと具体的に言うと、私の脳みそを魔法で保護してほしい」
私の言葉を聞いたゆうちゃんは途中までうんうんと頷いていたが、後半の言葉を聞いてびっくりしたように問い返す。
「ちょっと、なにする気こころちゃん?! 今も魂共鳴しているけど、脳みそにかけるなんてそんな器用なこと……大体、そんなことして、こころちゃんは何をする気なの?!」
「言ったら止めてくれるんでしょ? じゃあ言わない。私のこと信じて、ゆうちゃん」
ゆうちゃんはぐぬぬ……とでも聞こえてきそうな表情で私を見つめる。こんな言い方しても従ってくれるゆうちゃんが大好きだ。
「魂共鳴 :不壊杖! こころちゃんの脳みそを守ってみせる!」
「ありがとう、大好きだよゆうちゃん」
初めてできた親友に、感謝と友愛を示す。
さあ、準備は整った。最初で最後の大一番。人生最大の賭けにでる。
私は、魔法少女達の中で一番自分自身の魔法の使い方がうまい自信がある。アシヤさんなんかも間近で見てとてつもない魔法への理解度、応用力だと感じたけれど、私はそれよりもすごいって信じてる。ついさっきだって、周囲の人に『あなたの心を覗く魔法』を共有して、私の表層心理だけを覗かせて、避難させたんだ。私は誰よりも自分の魔法の使い方がうまい!
なんて思わないとこんな危険で怖いこと、やる気になれないだけなんだけどね。一般人に魔法を共有なんてしたら、メドモに狙われやすくなるんだから、緊急事態とは言え、そんなことしたってバレたらダモに叱られちゃうかも。
ちゃんと叱られるためにも、絶対ダモのこと取り返さないとね。それがあってるのか間違ってるのか、今はどうでもいいから。
私は意識を集中して、上空から見下ろした街全域、この街に住まう者すべての心を覗く。
こんなことをしたら、情報量が多すぎて、脳みそがパンクする。パンクするだけならまだしも、魔法によって一気にとてつもない量の情報が流し込まれて、脳みそが焼き切れてしまうかもしれない。
けれど、私にはゆうちゃんがついてる。ゆうちゃんと、ミライさんの魔法を信じてる。だから、私は死ぬ気でダモを探す。
私たちならきっと、できるはずだから。
「『あなたの心を覗く魔法』」
(「なんだったのさっきの」「こわい」「なんだか陰鬱だ……」「今日も一日が終わってしまう」「あいつなんて大嫌い!」「クソ上司が……」「めんどくせーな」「まじできっしょいな」「今すれ違った人胸みてた……」「消えたいな……」「十円落ちてる」「パチットモンスターの新作やりたいな」「ラーメン食べたい」「テストの点数が……」「今日もなにもできなかった……」「あんまりちゃんと読むとこじゃないですよ」「酒飲みたい」「今日何食べればいいんだ」「うるさいなぁ」「ほんとうに」「きらいきらいきらい!」「はやく今日が終わらないかな」「明日なんて来なければいいのに……」「くさい」「あの人エッロ」「弾丸が脳みそを貫いてくれたら」「なんか雨降りそう」「さむっ」「彼氏がひどい」「異世界へ行きたい……」「あいつ重すぎだろ「つべおもろー」……………………)
脳みそが焼き切れそうなほどの情報が瞬時に雪崩れ込んでくる。頭が重くて痛い。世界がうるさくてたまらない。
けれど、耐えられる。まだ、大丈夫。ゆうちゃんがいるから。私たちなら大丈夫だから……
(「ちっ」「マジでだりー」「ソタバいきてー」「なんか疲れたな……」「仕事やめたい……」「めめちゃんすき」「物騒だな」「ころしてやりたい……」「苦しい苦しい苦しい」「~~~~~~♪」「誰かに慰めてほしい……」「こいつバカかよ」「汚いなぁ」「おもんな」「気持ち悪い」「きれい……」「大好き」「こんなことしたくない……」「なんで生まれてきたんだろう」「もっと業績あげないと……」「もうがんばれない」「黒い怪物……」「変な夢みちゃったな」「バカげていると、そうお思いでしょう?」「難しいなぁ」「思った通りにならない……」「早く帰りたい……」「なんでこんなに頑張ってるのに……」………………)
息つく間もないほどに、膨大な量の心の声が雪崩込んでくる。大量の人間の表層心理が、思考の暇もないほどに、悲鳴を上げる隙もないほどに脳みそに流れ込んでくる。魔法で保護された脳みそは爆発する直前を保ったように内側から破裂しそうな痛みを覚えている。
(「将来が怖い……」「もう考えたくない……」「どうしてこんなことに……」「あれ欲しいな」「ずっと苦しい……」「旅行に行きたいな」「早く冬が終わらないかな」「最近変なことばっかり起きるな……」「帰って録画みなきゃ」「明日学校いきたくないな」「もういやだな……」「うまくいかない……」「掃除しないと……」「帰って眠りたい……」「気が狂いそうだ」「もうどうやったって無駄なんだ」「子供の頃に帰りたい……」「もっともっと愛されたい……」「首吊ろうかな……」「ネタが思いつかない……」「ここにテキストを入力」「長期休みほしい……」「もっと技術がほしい……」「人生うまくいかない」「ハカセちゃん、どういうこと?!」「ぱぱとままに会いたい……」「ダメダメな私……」「知りえることはなかった……」………………)
オリに感応したネガティブな気持ちが情報として私の中に侵入してくる。抗えない苦しみに心の深い部分が汚染されそうになる。
けれど、見つけた。
星の数ほどに存在する心象の中から、聞き覚えのあるキレイな声を聴き分けて、ノイズの海の中からその心を選び取る。心を覗く範囲を限定し、さらに場所を特定していく。
(「どうしてこうなっちゃったんだろう」「最近よく眠れない」「どういうこと、とは?」「この子たちは何!?」「勉強するの嫌になってきた……」「ぱぱとままはやくかえってこないかな……」)
見つけた! 範囲限定が甘かったから、まだすこし関係ない心の声が聞こえたけれど、場所はわかった。
ゆうちゃんに伝えようと、目を開けると、私が空中でだれかに抱き着かれていることに気が付いた。
「……って、ゆうちゃん?! ど、どうしたの?」
「……! こころちゃん! 大丈夫?! 頭とか痛くない?! すごく苦しそうに呻いてた……もう、ほんとに、心配したんだから……絶対無理しないで!!」
私が声をかけると、ゆうちゃんは私の顔を見つめた後、今までより三割増し強い力で私を抱きしめる。頭痛の残る頭はぼんやりとしていて、強く抱きしめられる経験なんて幼いころ以来だなんて考えていた。
「……はっ!? そうだ! ゆうちゃん、ダモのいる場所わかったよ!」
「ほんと!? じゃあ早くいかないと……こころちゃんはホームで休んでる?」
私が先ほどの苦痛の成果を告げると、ゆうちゃんは驚いた表情を浮かべるも、すぐに私のことを物憂げに見つめてくる。
「ううん、私も行く。みんなで、取り返そう。私たちのダモを」
ゆうちゃんがいたから、なんとかダモの居場所を見つけられた!
私の魔法は心を読むためのもので、情報を処理するためのものじゃないから、まだ頭が痛い……
けど、急いでダモの場所に行かないと! 私たち四人なら絶対ダモを助けられる!
次回、浮遊嬢は落ちぶれない、第46話!
『原初の獣は理解らない』
お楽しみに!
良い結末を期待してるの。




