第44話 沈む光に悔いはない
北東のメドモの下へたどり着くと、芦谷さんが巨大なメドモの周りを飛び回り翻弄しているのがわかった。
「芦谷さん!」
ビュンビュンと飛び回る小さな黄色い光が、私に気が付いたのか、上空で漂う私の下へ飛んできた。
「ゆうちゃん! 助けに来てくれてありがとう!」
輝かんばかりの笑顔で私に笑いかける芦谷さん。私たちの安堵も束の間、メドモが私たちの間を鎌で切り裂く。
メドモは先ほど南東で見たものと同様の姿。一般家屋二つ分の高さに、ファージのような姿。鋭い鎌をもつ化け物だ。
芦谷さんがメドモを翻弄し攻撃を誘導し続け、私が北東に着た直後から魂共鳴によって街を守っていたため、街は破壊されていない。
「ゆうちゃん、あのメドモを倒す作戦があるの! 私と街を守ってくれる?!」
「もちろん! 任せっ……て!!」
直後振りかぶった鎌を紙一重で避け、目を閉じて自由落下を始める芦谷さんの手をつかみ落下を防ぐ。
私の力では攻撃力に欠ける。とてつもない高度まで上昇すればダメージも与えられるだろうが、その間ミライちゃんの魔法で街と芦谷さんを守り続けるのも消耗が激しい。私がやるべきことは、以前の芦谷さんの活躍を期待して、時間稼ぎをすることだ。
メドモの鎌が届かない距離まで芦谷さんと空を飛んで、芦谷さんの手を離す。ミライちゃんとの魂共鳴で掴んだ魔法の感覚で、芦谷さんをその場に滞空させた。今の状態は、私の意志で芦谷さんの体を飛ばせられるし、芦谷さんの意志でも飛べるようになっているはずだ。
私は全速力でメドモの胴体へ突進する。巨大な鎌による攻撃を躱しながら、なんとかメドモの胴体に触れられるほどの距離までやってきた。ここまで近づけば、巨大なメドモでは小回りが利かず、攻撃できない。
私の作戦、それはメドモを上空へ飛ばし、芦谷さんと街へ手出しさせないよう空中に拘束するというものだ。上空で拘束すれば、メドモが暴れて街や人に被害が出ず、ミライちゃんの魔法による消耗を抑えられる。
こんな風に『空を自由に飛ぶ魔法』を使うと、魔法少女達と出会ったばかりの頃を思い出す。シラヌイチヒロちゃんとの、メドモ退治を。
あの頃の私は、今ほど魔法の扱いに長けていなかった。それがいいことなのか悪いことなのか一概には言えないけれど。今の私ならば、大きすぎて抱えられない巨大メドモの胴体に触れるだけで飛ばすイメージを掴むことができた。
私はあの時よりずっと速い速度で上昇する。あっという間に地上から遠のいて、私の目にはミニマムな世界が足元におもちゃの街並みのように映った。
「チヒロちゃん……私が街を、みんなを守るよ」
夕焼けが照らす街を見ていたらすこしだけ感慨深くなってしまって、気が付いたら呟いていた。
その時、見た目子供の魔法少女が黄色い流星のように空を切り裂いて駆け上ってきた。
「おまたせ! ゆうちゃん」
私は、メドモを宙に浮かせたまま、芦谷さんの位置まで飛んでいく。芦谷さんが浮かべた満面の笑みはカレンデュラみたいで見ているこちらまで力が湧いてくる。
希望に満ちたその声は、私のセンチメンタルを引きはがすようにピンクの魔法杖を掲げその力を発揮する。
「さいごくらい、かっこよく決めなきゃね!」
「……えっ?」
聞こえた言葉になにか違和感を覚えて、聞き返そうとしたときには、メドモの崩壊が始まっていた。
「引きつぶされちゃえ! 魂共鳴:引力杖!」
メドモの体がドロドロに軟化しはじめ、メドモの胴体、その中心部へ向かって吸い込まれるようにして折りたたまれていく。
芦谷さん本来の『なんでも軟化する魔法』によるメドモの軟化加え、アユミさんの『なんでも引っ張っちゃう魔法』によってメドモの体の中心にブラックホールのように強力な引力を発生させ、メドモの体が折りたたまれ圧縮されていく。
メドモの体が圧縮され、こぶし大の小さな粒になったとき、それが弾けて大量の光の粒に変じた。
とてもきれいなオリの花火に気を取られているうちに、隣に立っていた芦谷さんがゆっくりと地上へと下降している。私はそのあとを追って、さっきの言葉の真意を問いただしたくて、一緒になって地上に降りた。
「芦谷さん! さっき言ってたのって」
芦谷さんは大きな夕焼けに向かってゆっくりゆっくり歩いている。逆光がまぶしくて、彼女の影がぼやける。霞む。滲んでしまう。
「うん。さっきのが、最期なんだ」
「それってどういう……」
言いかけて、途中で気づいて目を見開いた。彼女の影をぼやけさせているのは逆光だけではない。彼女自身が黄色い光を放っている。それが、夕焼けの色に混じって、滲んでいる。
黄昏時。夕暮れ時はそうやって表現することがあるそうだ。曰く、この時間は相手が誰であるかを認識することが困難になり、あなたは誰ですかと尋ねる時間であるから、誰そ彼時。この時間には不思議なことが起こるだとか、古くには怪異の類がでる時間だなんて言われている。
「ありがとう、ゆうちゃん。ゆうちゃんが来てから、すっごく楽しかったよ」
彼女の放つ光はどんどん濃くなる。もはや、夕暮れの逆光なのか、彼女が放つ光なのかもわからない。
顔も見えない。姿もわからない。大きいのか、小さいのか、人の形をしているのかすら。
「だめ! いっちゃだめ! やだ!」
「ふふっそんな風にいってもだーめ。お別れはいずれくるものだから」
黄色い光は慈母のようにやさしく告げる。でも、そんなやさしさ望んでいない。もっとダメでいい。もっとみっともなくてもいい。だから、消えないで。
光に向かって走り出す。この場につなぎとめるため、どこかにいってしまわぬように。
「じゃあねゆうちゃん。あとのことは頼んだよ。信じてるからね」
黄色い光がひと際強くなって、その光に飛び込んだ。
私の手には黄色い杖が握りこまれていた。柔軟杖が。
呼吸が苦しい。瞳に溜まったしずくが行き場を失い頬を零れ落ちる。足に力が入らなくって、膝から崩れ落ちた。
目の前に転がるピンクの魔法杖。アシヤさんが用いていた引力杖。
ああ。そっか。
私は、アシヤさんを。
「あ……あぁ……あああああああああああああああああ!!!!!」
どれほどそうやって泣いていただろうか。そこまで長い時間ではなかったはずだ。
気が付いたら電話がかかってきていた。こころちゃんからだ。
嗚咽をこらえようとしながら電話にでる。鼻から分泌される粘液を必死に吸い込みながら、話そうとした。
「もし、もし」
「もしもしゆうちゃん? そっちの様子はどう? 芦谷さんとは会えた?」
こころちゃんの真剣で元気な声を聴いて、涙が溢れてくる。空っぽになりかけた心に、安堵と焦燥、不安を混ぜ込んだ濁った感情が渦巻いた。
「アシヤ、さんは……」
「……そっか。ごめん」
何かを察したのか、こころちゃんはそれ以上聞いてこなかった。
薄々勘づいていたのだろう。彼女には、『あなたの心を覗く魔法』があるのだから、アシヤさんの心の中まで見えていたはずだ。それなら、なんで……
いや、今彼女を責めるのは間違っている。ダモが攫われて、各地に巨大メドモが現れた。この非常時に身内で争うのは不毛だ。
大切な人を失った時にまで冷静でいられる自分が嫌になる。どうしてここまで冷静でいられるんだ。
「こっちのメドモは御剣さんとひとはちゃんのおかげで倒せたよ。一旦合流しよう。今、どこにいるの?」
「今、は」
三週間ほど前のことを思い出す。魔法少女のみんなで一緒にお昼ご飯を食べて、こころちゃんとひとはちゃんがお昼寝しちゃって、五人で一緒におしゃべりして。
あの日の言葉を思い出す。アシヤさんは「私ね、最近魔法少女楽しいんだ」とか、「最近すごく楽しいから、魔法少女が名残惜しくって」とか言っていたんだっけ。
お別れ会しようねって言ったのに。卒業してもみんなで集まろうって言ったのに。どうして。
「……ゆうちゃん。今の私たちには、あなたの力が必要なの。すごく辛いことはわかってる。その辛さを理由にすべて投げ出すことを、私は否定しない。けれど」
そこで、スマホの向こうの親友は一度言葉を切った。空気を吸い込む音が聞こえたような気がする。
「お願いします。私に力を貸してください。もう誰も、失わないために」
ずるい。
「ずるいよ」
「……ごめんね。私、人に甘えてばっかりで。ゆうちゃんに一番効く言い方しちゃって」
本当にずるい。投げ出してもいいなんて、そんなわけないのに。ダモのこと、私だって大事に思ってるのに。
私だって、もう誰も失いたくないのに。
「……今私は、街の北東にいる。今からホームのほうまで飛んでいくから待ってて」
「私たちだって速度だせるよ。街の中心、駅のあたりで会おう」
うん。小さく返事を返して、電話を切った。
ミライちゃんに加えて二振りの魔法杖を連れて私は立ち上がる。
涙と鼻水でグチャグチャな顔をきれいな衣装を着た腕で拭い取って、街の中心部目指して飛び始めた。
アシヤさんは柔軟杖になった。
私は、彼女の献身を、魔法化を止められなかった。
ダモもほかのみんなも、絶対に失わない。守って見せる。
次回、浮遊嬢は落ちぶれない、第45話。
『あふれる心を見逃さない』
お楽しみに。
魂共鳴。




