第42話 彼女は手段を選ばない
「ねえダモ、今までに卒業した人の中で、変身したら白衣を着た姿になる人っていた?」
三人でのデートから一週間経った土曜日。私は、先週の土曜日にゆうちゃんから聞いたことが気になって、ダモに聞き出そうとしていた。現状ダモから何かを聞き出せるのは私だけだからだ。
先週一週間、メドモは出現しなかった。現在、魔法少女達は厳戒態勢を敷いている。
ほんとはもっと早くダモに聞き出したかったのだが、ダモは最近ずっとパトロールについて行っていて、こうしてホームで話を聞けるタイミングがなかった。
現在ホームにいるのは、私とダモとひとはちゃん。御剣さんはゆうちゃんに用があるとかで出て行っちゃったし、芦谷さんは、土曜日にもかかわらず仕事があるらしく、十八時ほどまで時間が取れないらしい。今日のパトロールは帰ってきた御剣さんとゆうちゃんとホームにいる三人で行くしかなさそうだ。
「ダモモ? ダーッモダモモダモモッダモモ?(白衣? えーっと白い着物ってこと?)」
白い着物? ああ、そっか。巫女さんが着るような白い着物も白衣って呼ぶんだっけ。御剣さんに女装について聞いたときにそんなこと言っていたような気がしなくもない。
けれど、今日聞きたいのはそういうこと……ではないとおもう。ゆうちゃんがそういう知識を持っているのか微妙だし、現代における白衣は一般的には研究者が着るようなものだ。
「違う違う……研究者さんとか、えっと博士とかが着るような白衣のこと」
「ダモダモダ? ダダモ……ダダモモダモダ……(ケンキュウシャ? ハカセ……ハカセといえば……)」
ダモはどうやら研究者とか博士とかも知らないようだ。ダモのこと、あんまり頭が悪いと思ったことないけれど、世間知らずすぎるのではないだろうか?
そんなことを考えていたら、ダモが唐突にニコニコしだした。私、なにか面白いこと言ったかな?
「どうしたの?」
「ダッ、モダモモ! ダモダモダダモ! ダダ……(あっ、ごめんね! なんでもないよ! ただ……)」
そこでダモはひどく懐かしそうに中空に視線を投げかける。お人形のようにかわいらしい姿で、しんみりとした雰囲気を纏った表情は一種の懐古を感じさせた。
「ダダモダモッダモダモダダモダモダ。モモモモモモモモモダダモダッダ(ハカセちゃんって子が昔いたんだ。その子のことを思い出しちゃって)」
「ハカセちゃん? ……その人は、どんな……」
「こういう人だよ」
唐突に、ホームの玄関が開かれる。
そこに立っていたのは、白衣の女性。
「ダダモダモ……? ダッダモダモダ……(ハカセちゃん……? 一体なんで……)」
一体いつからそこに立っていたのか、まったく気づかなかった。ダモとの会話に集中していたとはいえ、私は『あなたの心を覗く魔法』を使っているというのに、この女性にまったく気づかなった。ホームに乗り込んでくるなんて、悪意があるに決まっているのに。
「なぜここにいるのか、もしくはなぜ今まで気づかなかったのか、といったところかな? 喜読こころさん?(ああ、それと私を攻撃しようだとか、そういうことは考えない方がいい。私だって無策で現役の魔法少女に襲撃しているわけではない。そこでこそこそしている元城ひとはにも注意してもらえると助かるのだが)」
「……!?」
彼女の表層心理で考えられていることは、明らかに私への警告だった。
この女性は、私の魔法を知っている。いや、もしかしたら私たち全員の……
「ヘンゲンちゃん! なんとか……」
「待って! ひとはちゃん!」
カチャ
魔法少女姿のひとはちゃんがヘンゲンちゃんをもって突貫する。しかし、光に包まれた変幻杖も、魔法で力強く踏み出したひとはちゃんも、白衣の女性が手に持っている黒い塊を見て、その塊から安全装置が外される音を聞いて動きが止まる。
「ごきげんよう、元城ひとは。鉛玉をぶち込まれたくなければ黙ってじっとしていてくれるかな? (まったく、正義感に振り回される幼い人間というのは恐ろしいね。私は、この銃の描く弾道を正確に把握している。元城ひとはの眉間に風穴を開けられたくなければ、彼女とその魔法杖に警告してやってくれるかな? 少しでも動きを見せれば殺す、と)」
冷酷無比な心象が魔法を通じて私へと伝わってくる。この女性は本気だ。おとなしく要求に従わなければ、ひとはちゃんの命はない。
私はひとはちゃんに、正確にはひとはちゃんのもつ変幻杖に目を移す。彼女が盾へと姿を変えれば銃を防ぐことができるだろうか?
そんな私の考えを読み取ったように、女性から無情な事実を告げられる。
「ああ、変幻杖を盾にしようだとか、そういうことを考えているならやめておいた方がいい。変幻杖の変化は一瞬とは言え、隙が生まれる。その一瞬をついて元城ひとはを殺すことは容易い(喜読こころ、君は少しはこの状況がわかっているだろう? 無駄な抵抗はしないほうがいい)」
「ダダモダモ! ダモモダモダ!? ダッダモモダモダモモモダダモモダモモモダダモモモダダモ?!(ハカセちゃん! なんのつもり!? 一体どうしてこの子たちに危害を加えようとするの?!)」
「すべて、あなたのためですよ。神様(あなたのためならば、どんなことだってしてみせる)」
純粋な感情が、白衣の女性を満たした。それと同時に彼女の言葉は私の中に疑問の渦を巻く。
神様? ダモのこと? ダモのため? なんのこと? 何をするつもり? というか、ダモの言葉が分かった?!
「なんで……」
「今君との会話は望んでいない。控えたまえ、喜読こころ(私と神様の会話を邪魔するんじゃない。それと、私には神様の言葉がわかる。といってもついさっき魔法の残滓で解析したばかりだが。神様の言葉がわからないのではとか、そういう心配は不要だよ。愚かでやさしい喜読こころ)」
「モダモダモモダモ?! ダモモダダモダモダ!(どういうことなの?! ちゃんと説明して!)」
「もちろんです、神様。私は、あなたをお迎えに上がったのです。私とともに来てくださいますね? (神様を解析しさえすれば、きっと。私ならきっとあなたを真なる姿へ……)」
真なる姿……? あの日、ちひろちゃんが杖になったあの日。魂共鳴で魔法少女の姿になったダモのあの姿のこと?
「……ダダモダモダモダモモダ、モモモダモダモダモモダダモダモモ? (私がついていけば、この子たちに危害を加えないの?) 」
私の手の上のダモは俯きながら、白衣の女性に言葉を返す。決意の篭もった言葉は悲壮感すら滲ませていた。
「もちろんです、さあ私とともにきてくださいますね? (やっとこれまでの苦労が報われる。ようやく神様を真なる姿へ戻して差し上げられるのだ)」
「だめ!!!」
私は叫んでいた。ぎゅっと手のひらのダモを握りこんで、決して離さないように。
こんな人に連れていかれて、ダモが無事でいられるとは思えない。チヒロちゃんを杖にして、ひとはちゃんに銃を突きつけるこんな人を信用できるはずがない。
白衣の女性は表面上優しく諭すように、私を脅す。
「君は、君よりも幼い子供が大切ではないのか? それとも君は馬鹿なのか? (わかっているだろう喜読こころ。ここで抵抗すれば、魔法杖が二つ生まれるだけだぞ?)」
ゴクリ。
自分が生唾を飲み下す音が、やけに遠くから聞こえる。なんとか、なんとかしないと。今ここで私ができることは、ダモとひとはちゃんを守るためには……
ふと、震える手に加わる力を感じる。目を手のひらに向けると、手の中のダモが私の指を押しのけているのが見えた。
「ダモモダモダモ、モモモダモ。ダモモダダッモダモダダ(大丈夫だよ、こころちゃん。ちゃんと帰ってくるから)」
優しく笑いかける小さな獣。そんな慰めるような言葉に、折れそうな心は一時の安らぎを覚えてしまう。
ダモは私の手から飛び出し、ホームの床に着地した。そのまますたすたと白衣の女性の下まで歩いていき、器用にその足を駆け登っていく。
私は手を伸ばすことすらできずに、倒れ込むように両手を地面につき、四つん這いのようになって白衣の女性とその肩に乗るダモを見上げる。
白衣の女性が、ひとはちゃんの脳天に銃口を向けたまま、後ずさるようにホームからでていく。
去り際、彼女は信じられない言葉を放った。
「ああ、そうそう。これからこの街に三体の巨大型メドモを放つ。私を追おうとするのは勝手だが、巨大型メドモは民間人を容赦なく襲う。この後にとるべき行動を慎重に考えてみてくれ(まあただの時間稼ぎだがね。君たちが全力で対処しないかぎりは、大勢の人間が死ぬ。まあ、全力で対処したところで、君たちではどうにもならないかもしれないが。場所は南西、南東、北東だ。せいぜいあがいてみるといい。私としても犠牲者を増やしたいわけではないからな)」
「ダダモダモ! モダダモモモ!? モダモモダダモダモッダモッダダモ!? (ハカセちゃん! どういうこと!? 危害を加えないって言ったでしょ!?)」
「ええ、私は、魔法少女達に直接の危害を加えませんよ。メドモがどうかはわかりませんがね (本当に純粋なお方だ。こんな私のいうことを信じてくださっていたなんて)」
その心の声を最後に、白衣の女性は姿を消す。
崩れ落ちている私にひとはちゃんは駆け寄ると、肩を持つようにして当惑した声を発した。
「ど、どうしようこころちゃん……とにかく、ダモを助け……メドモを倒す……ど、どうすれば……(どうしようどうしようどうしようどうすればメドモとダモをえっとえっと)」
「……」
街の東側、比較的栄えている場所には仕事中の芦谷さんと、ゆうちゃんと御剣さんがいる。だから私たちは南西のメドモに対処するべき。倒せなくても、一般人の避難が最優先。
このことを三人に連絡して、魂共鳴できる三人に巨大型メドモはなんとかしてもらう。私たちは避難と時間稼ぎで十分。
ダモと白衣の女性は一旦後回し。なんとか不意打ちして銃を奪うか、ゆうちゃんの魂共鳴がないとまた銃を突きつけられる。今度は見逃してもらえるとも限らない。少なくとも、私とひとはちゃんの二人じゃどうにもならない。
ダモは絶対取り返す。あんな人に、ダモを奪われたままでいられない。
「行こう。ひとはちゃん。まずはメドモの下へ。ほかの三人には私から連絡しておくから、まずは一般人の避難から」
「……! うん。がんばろう! 私たちなら、大丈夫! (こんなこころちゃん初めて見たかも……すごい、かっこいい……)」
こんな時こそ、冷静に。ダモを助けるため、私は覚悟を決めた。
神様は取り戻した。あとは魔法の残滓で研究していけばいつかは……
魔法少女共はすぐにはこない。巨大型メドモの対処はそう容易ではない。
そして、研究所に帰りさえすれば……
次回、浮遊嬢は落ちぶれない、第43話。
『鈍の剣は錆びつかない』
お楽しみに。
私はこんなにも。




