第40話 不穏な気配に気づかない
なにが、男らしく、だ。
ふざけるな。俺に、好きな恰好をさせてくれ。好きに生きさせてくれ。
固定観念。くそくらえ。
普通に生きて、普通に振舞って、普通の人からはみ出してはいけない? 誰がそんなこと決めたんだ。
料理も裁縫も、女の子の服を着るのも女々しいってバカにしやがって。さんざダメ出しして、服を捨て。兄のように立派な人間になりなさい? 言っておくが、兄も父も、立派な人間だと認めた覚えはねぇ。バカにして虐げて、見下して否定した。そんな人間を規範にするなんて、無理な話に決まっているだろう。
……疲れた。気分が悪い。食欲がない。
自分が作った料理を、自分が決めた服を、自分の選んだ選択を生きたい。
でも、それが許されないのなら、こんな世界に生きる価値なんてない。
深夜三時。誰もが寝静まっている。自分用の包丁をこんなことに使うなんて、もっと物を大事にしないといけないよな。
まあ、でも。これで終わりなんだ。だから、
その日、俺はダモに出会ったんだ。
§
三人で遊んだ帰り道。芦谷さんから連絡があった。今日の夕飯は用意してくれるらしい。三人で遊んで、軽くパトロールして、それなりに疲れていたので、夕飯の準備を任せられるのはすごく助かる。
俺たちは、三人でいくつかの紙袋をもって、夕日が照らす街を歩いていた。女子の歩幅に合わせ、駄弁りながら歩くスピードはとてもゆっくり。たまにはこんなのんびりした帰り道も悪くないかもしれない。
「御剣さん、そんなに持ってて重くないですか?」
「ん? あ~いやいや大体俺が買ったものだし、別に気にしないでいいよ」
浮世さんは俺の瞳を覗きながら、おそらく心配そうな表情を浮かべている。
……おそらく、というのは、浮世さんが俺の左側に立っているから、うまく見えないのだ。だが、俺の左側に立っている理由は、おそらく俺は左側が良く見えないという配慮からくるものだと思われる。まあ、左目を失くしたのは魔法少女になってすぐの頃、つまり四年ほど前のことなので、だいぶ左目の存在しない視界になれているのだが。
「つくるくん服以外にもなんか買ってたよね~あれ何買ってたの~?」
「つくるくんはやめてください。いや、なんでもないですよ」
実はなんでもないわけではない。今日買ったのは、次の土曜日、十月の二十四日に迫った誕生日プレゼントだ。本人の好みがわからないから、どんなものが良いのかわからなかったけれど、本人がかわいいもの好きっぽいので、猫のキーホルダーを買ってみた。
誰の誕生日かって、それは俺の左側にいる新参者だ。
こいつは自分のこと話したがらないから、浮世さんのさらに左側を歩く喜読さんや、ダモ、元城ちゃん伝手に聞くしか誕生日を知る方法がなかった。そしたら、もうすぐそこまで迫っているというのだから吃驚してしまった。そういう大事なことはもっと事前に話しておいてほしいよな。
「そういえば、お二人って、いっつも白衣着てる人って見たことあります?」
浮世さんが半ば唐突に話題を提供してきた。俺がなんでもないなんて変なはぐらかし方をしたせいで会話が途絶えてしまったので、特段唐突でも何でもないのかもしれない。
「いつも白衣を着てる人?」
「そう! この前、こころちゃんの魔法について教えてもらった日に初めて会ったんだけどね、今日も白衣着てショッピングモールうろついてたの!」
いつも白衣を着てる……? 俺が言えたことではないけど、変なファッションの人もいるものだ。大学の教授とか博士とか、そういう人ならありえなくもないのだろうか……でも、白衣って実験とか薬品とかを使うときに肌や服につかないようにするために着るもの、だよな? 普段から着てるなんてなんだか変な感じだ。
「ん~。見たことないな、そんな人」
「私もないかな~ずっと白衣着てるなんて変な人」
あ、俺はちゃんと言わないようにしたのに、喜読さん言いやがった。
「え? こころちゃんはあったことあるでしょ?」
「……?? んーん。私もそんな人、あったことないよ?」
……なんか浮世さんと喜読さんで意見が食い違ってる? なんだかおもしろそうだし、もう少し詳しく聞きたいな。
「なんで浮世さんは喜読先輩とその白衣の人があったことあると思ったんだ?」
「えーっと……あの日御剣さん達がパトロールに行った後、こころちゃんが出て行っちゃって、そのあとダモ含めて三人で探しに行ったんです」
ふ~ん。そんなことがあったのか。まあ……俺たちにトラブルはツき物だろうし、そういうことがあっても何も変じゃないよな。
「その時、私白衣の人に会って、こころちゃんを見なかったか聞いたんです。そしたら、こころちゃんとすれ違ったって、〇×公園のほうに走っていったって聞いたんです。だから、こころちゃんはあの日白衣の人とすれ違ってると思ったんだけど……こころちゃん?」
話の途中で喜読さんが立ち止まっていた。喜読さんが左側に立っていたから少し気づくのが遅れてしまう。
「どうしたんですか? 先輩」
「……ありえないよ」
喜読さんはうわごとのようにつぶやく。なんだか様子がおかしい。そんなにデリケートな話だったのか。
「……なにがですか?」
「だって、だってあの日私は」
喜読さんの黒い瞳はひどく混乱している。吸い込まれそうなほどきれいな瞳は、俺たちの姿を映していた。
「変身して走っていたんだよ」
考えたことがなかった。
ただ、変な恰好の人だな、って思ってただけだった。
でも、あれが魔法少女、いや、魔法化によるものなら?
次回、浮遊嬢は落ちぶれない、第41話
『白衣の影は眠らない』
お楽しみに。
絶対そんなことさせないから。




