第3話 空っぽ少女に居場所はない
翌朝。カバンを回収するために屋上へ向かうと屋上は閉鎖されていた。
どうやら、施設の老朽化によって、屋上の一部が崩れ、屋上利用時の安全性が確保できないから封鎖されているらしい。世間的には、昨日の怪物……メドモによる襲撃は認識されておらず、派手な損壊も単なる老朽化による影響ということになっているようだ。
では、私のカバンはどこに行ったのだろう? いつまでもステッキを持っているわけにもいかないし、授業を受けるためにもカバンの中身が必須だ。どこにあるのか考えながら教室に戻る途中、職員室の前に忘れ物としておいてある自分のカバンを発見した。だれかが届けてくれたのだろうか?
おもむろにカバンを開いてみる。特に意図もなく、自分のものか確かめようとする無意識の行動だった。
カバンを開いた瞬間、中から茶色い謎生物が飛び出し、大きな声で語り掛けてきた。
「おはよう! ゆうちゃん! 今日も一日頑張ろうね!」
「?! ちょ、ダモ!? 声大きい! みんなにばれる!」
茶色い謎生物改め、ダモは、快活な少女のように気さくに接してくる。昨日会ったばっかりでほとんど初対面なのに、どうしてそんなに気さくにできるのだろう?
「だ~いじょうぶだよ。魔法少女含む一部の人にしか、僕やメドモは見えないんだ」
「見えない……? でも声聞かれたらまずいじゃん」
私が指摘したのは、ダモの大きな声だ。見えないだけでは、ダモのきれいで大きい声が周りの人間に聞かれて、私が白い目で見られてしまう。
「あ~、言い方が悪かったね。正確にいうと認識しづらいんだ」
「認識しづらい?」
「そう。僕やメドモのようなオリからできてるモノは総じて、人間の無意識を通じて認識されるんだ。だから意識的に認識することが困難で、そこにあるのに触れたり、話したり、攻撃されたりしないと認識できないんだ」
意識的に認識することが難しい……森の中に隠された木とか、砂漠に落とされた砂金のようなものなのかな?
「ふ~ん。だから昨日、ダモに気づかなかったんだ」
「う~ん。君の場合は自分の世界に浸ってただけだとおもうけど……今だって、通りすがった子たちが何かヒソヒソ言ってたけど、気づかなかったでしょ?」
右を向いて廊下の先を見ると、二人の女子生徒がヒソヒソと話しながら足早に歩いていくのが見えた。
「?! (ちょっと、そういうことは早く言ってよ!)」
「ダハハ。ごめんごめん」
「(さっき、魔法少女含む一部の人って言ってたけど、魔法少女以外にも見える人がいるの?)」
口ぶりからすると、魔法少女以外にも見える人がいそうだ。昨日の私はダモが見えたけど、どういう人が見えるようになるのだろう?
「あ~そうそう。昨日の君みたいに、心が傷ついて、魂にオリが溜まった人は、世界の細かい違いにも気づくから見えることがあるんだ。ちなみに、魔法少女になってるときも、身体がオリの殻に包まれてるから、ほかの人には認識しづらいんだ!」
「(じゃあ、たくさん空を飛んでも、あんまり問題ないのね)」
毎日昨日みたいにたっくさん飛んで帰ったら楽しいだろうなぁ。そんなこと考えていたら、ダモにその考えを否定されてしまった。
「う~ん、今の社会はストレスが多い社会だから、オリが見える人が珍しくないんだ。普通の人がオリを見ても、通常は記憶に残りづらいんだ。日常の風景が記憶の底に沈んでいくようにね。けれど、ドレスを下から覗いたなんて印象的な光景をみちゃったら記憶に焼き付いてしまうだろう? だから、空飛ぶ少女の噂とかになりたくなかったら、あんまりお勧めしないかな」
なるほど、道端の石ころよりも、花壇に植えられたチグリジアのほうが印象に残るもんね。
キーンコーンカーンコーン
始業前の予鈴が鳴る。いつの間にかいい時間になってしまったようだ。そろそろこの小さな愛玩動物とはお別れして、息が詰まる教室へ行かなくては。
「じゃあ私、教室いくから、またあとで」
「え? ボクもついていくよ? 何言ってるの?」
「なんでついてくるのよ!」
当然でしょ? とでも言いたげな雰囲気に、食い気味に反応してしまった。ダモはやれやれ、といった具合に話を進める。
「だってずっとここで待ってるのもつまらないし、浮遊魔法をあげちゃったから機動力もないんだ。どうせ今日は君と魔法少女の拠点に行くんだし、学校が終わるまでついてったっていいでしょ?」
「う~ん……なんだかなぁ。授業の邪魔しないでね」
§
思った通り、というべきか。教室でのゆうちゃんはずっと独りだった。授業中は退屈そうに窓の外を眺め、休み時間はスマホに目を奪われている。誰とも話さず、誰からも話しかけられない。
誰も必要としない代わりに、誰からも必要とされない。頭は良くも悪くもなく、頼られるような個性もない。そんな印象だ。
ものすごく、浮いている。
幼いころからそうなのだろうか? 友達を作るのが苦手なのだろうか?
誰からも必要とされないこと、それが昨日の自殺未遂の原因だろうか? いや、心の闇というのはもっと要因が複雑に絡まり合っているものだ。だが、一因であることは確実だろう。
あの子たちとかかわることで少しでも変わってくれるといいのだけれど……いや、その前にちゃんと話して、魔法少女を続けるか否かを聞く必要がある。この子にとって、魔法少女が救いになるとは、限らないのだから。
授業が終わり、帰り支度を済ませたゆうちゃんにできるだけ明るく話しかけてみる。すこしでも元気になってくれたら、なんて考えてしまうのは傲慢だろうか。
「ゆうちゃん! それじゃあ今から、魔法少女の拠点、ホームにいくよ!」
「(授業中に思ったんだけど、魔法少女の拠点っていうことは、魔法少女って結構いるの?)」
朝からそうだったけど、どれだけ明るく話しかけても、すごく淡白に返してくる。きっと、会話そのものが楽しめなくなっているんだろうな。
「そうだね! それなりに年齢層も広く、たくさんの魔法少女がいるよ!」
「(ふ~ん。さっさと行きたいから、変身するね)」
いきなり変身しようとしたゆうちゃんを慌てて止める。理由を知らないから仕方ないとはいえ、人がたくさんいる場所で変身しようとするなんて!
「待って、待って! ここで変身したら、さすがにまずいよ! 変身の瞬間は一般人にもけっこう印象的なんだ!それに、一回オリが見えるようになると、オリが溜まりやすくなっちゃって、メドモに狙われやすくなるんだ!」
オリを一度でも意識的に認識すれば、それからずっとオリを認識するようになってしまう。そういう人間はオリが溜まりやすく、メドモから執拗につけ狙われてしまう。過去の経験を思い返して、ゆうちゃんを全力で止めた。
「はぁ、めんどくさ」
「もう、そんなこと言わないの。それにオリのこととか、メドモのこととか、いろいろ話すことがあるんだ! 歩いてゆっくりいこう?」
「しょうがないなぁ」
どれだけ飛ぶのが好きなんだ、この子は。それに、会話に集中すると周りが見えなくなる癖があるのか、途中から小声ではなくなった声に周囲からは白い目で見られている。帰り支度を済ませたゆうちゃんの肩に乗って、教室を出た。
学校から出て、ホームへと向かう道を案内しながら、話を切り出す。すこし小難しい話をするけど、ちゃんと理解してもらえるかな。
「まず、オリっていうのは、人の心から滲み出すエネルギーのようなものなんだ。今はストレス社会だから、人から滲み出すオリも悪いものばかりになる。そうしたオリが集まって、人を襲うような形態を精神怪物という」
「つまり、悪いオリの集合体が昨日のバケモノ……えっと、メドモってこと? でも、魔法少女とかダモもオリでできてる、でしょ?」
かみ砕いて確認を取ってくれたゆうちゃんの様子を見るに、しっかりと理解できているようだ。確認を取ってくれたおかげですごく話しやすい。
「そうそう、ボクや魔法少女はオリをいいものに変換して魔法を行使しているんだ。いや、魔法を使えることで、オリをいいものとして使える、というべきかな。魔法という存在がオリをフィルターに通してエネルギーだけ取り出すんだ。」
「え~っと……つまり、魔法が使えれば、オリをエネルギーとして使えるってこと?」
「そういうこと! ゆうちゃん頭いい!」
ゆうちゃんは怪訝そうな表情をしつつも一応は納得がいったという感じでうなずいた。
「メドモが人を襲う理由は、人の魂を核とすることでより存在を安定化させることにあるんだ。人の魂を核とするメドモはすっごく強いんだけど……まあこの話はまた今度。今話すと話しがこんがらがるからね」
あの話をしないと、魂を核としたメドモの話はできないから……あぁ、あの話、したくないなぁ。
「メドモに食べられた人はどうなるの?」
「ちゃんとメドモを倒すことができれば、救うことができるよ。でも、倒せずに四時間くらい経つと、死んでしまう」
今まで救えなかった人たちを思い浮かべ、すこしだけしゅんとしてしまう。そんな気配を感じさせないために、すこしだけ冗談めかしてみる。
「君の浮遊魔法はとっても機動力があるから、君が頑張れば、人が死なずに済むね」
「なにそれ、ブラック企業みたい」
「ダハハ。まあ、そんなに気負わなくてもいいよ。メドモと戦うこと自体、とっても危険なことだから、ただの子供が危ないことから手を引くのに誰も責めやしないよ」
「それはそれで、期待されてないみたいでやだ」
「……」
年頃の子供ってみんなこうなのかな? ものすごくめんどくさい。ほかの子たちがみんなこういうわけではなかったから、人によりけりなんだろうけど……ゆうちゃんはそれなりに複雑な心を持っているみたい。
「えーっと、じゃあ次は、魔法少女について話そうか」
「でも、魔法少女のことは今までで大体わかったよ」
「それでも、改めておさらい。魔法少女っていうのは、オリが溜まっている子にボクが《《魔法をあげることで誕生する存在》》だ。オリを溜め込みやすい子は、心に傷を負っている子が多くて、だから昨日、君も魔法少女になったんだね」
説明しながら、ダモは今までに魔法少女になった子たちを思い返していた。
ダモは自身の役割を、今できることを再認識した。
「その、魔法少女になるときの魔法は、ダモが選んでるの?」
ゆうちゃんは不思議そうに小首をかしげて見せる。答えるのが難しい質問にすこしだけ困ってしまう。
「う~ん、そうとも言えるし、違うともいえる。僕が触れたときに、魔法がこの子に宿りたい! って出ていくんだ」
「じゃあ、ダモがもってる魔法に適さない子には、魔法が宿らないの?」
「……そんなこと考えたことがなかったな。これまでに《《魔法が宿らなかった子がいなかった》》から」
隠し事をしながら真実を話すことには、慣れてきた。慣れてきたはずなんだ。
「ふ~ん。でもダモの中にある魔法を渡していってるんだから、これからは宿らない子が出てくるかもよ?」
「そうだね。そうなったら、なんとか別の方法で自殺を止めないと……」
心の奥がすこし痛むのを感じながら、そんなことをおくびにもださず話を続ける。
「魔法少女に変身すると、理想の姿になれるんだ。君のゴスロリドレスみたいに、個性的なファッションの子たちがいるよ」
「昨日、変身を解除したら傷が出てきたんだけど、これも、『変身中は理想の姿になっている』。から?」
パッとその疑問が出てくるっていうことは昨日から気になっていたのかな。ゆうちゃんの質問に頷いて答えた。
「ゆうちゃんは察しがいいね。そうだよ、傷は姿に出ないし、その痛みを感じることもないんだ」
「攻撃されても、集中が乱されることがないんだ。魔法ってすごいね」
ゆうちゃんは着眼点が鋭いな。バトル漫画とかが好きなのかな? 空っぽな少女のことを考えながら、ダモは話し続ける。
「魔法杖についても話しておくね。魔法杖には魔法が宿っていて、魔法少女が生まれる時に僕が渡すんだ。使用者の魔法と合わせて魔法少女は2種類の魔法が使えることになるね」
「魔法杖の名前はダモが考えたの?」
ズキリ、心にささくれのように突き刺さる。そろそろ、ちゃんと話さないと。
「ううん。それについては後でね。魔法杖はオリでできているから、もっててもほかの人には見えないと考えてもらっていいよ」
「ふ~ん。だから昨日からだれにも気づかれないんだ」
「そうそう。じゃあこれから一番大事な話をするから、心して聞いてね」
「ダモのこと?」
予想外の返答に素っ頓狂な声をあげてしまう。
「へ? ボクのこと?」
「ダモのことじゃないの? ダモがどういう存在なのかが一番気になるんだけど」
そういえば、まだその話をしていなかった。別に絶対話さなきゃいけないわけでもないんだけど。……というかそんなに気になることかな。
「それじゃあ、改めまして、ボクの名前はダモ! 魔法少女を生み出す役割をもっていて、身体はオリでできてるよ!」
「ダモみたいなのがこの世界にはたくさんいるの?」
ゆうちゃんの質問の意味は少しわからなかった。とりあえず質問に答えてみる。
「? ううん? ボクはこの世界にたった一人。魔法少女を生み出すのもボクだけだよ」
「じゃあ、この街以外ではメドモにたくさんの人が……」
そのゆうちゃんの言葉でようやく何が言いたいのかがわかった。それと同時に、自身について話すことを躊躇ってしまう。
「あ~、それは違うよ。オリはこの街でしか発生しないし、メドモもこの街でしか実体化しないんだ」
「え、なんで?」
「それは……おや、もう着いちゃったか」
目の前にある、さびれたぼろアパート。ここがホームだ。部屋に入る前に、最後の話をしなくては。
「ごめんね。一番大事な話をさせてもらってもいいかな?」
「いいけど、中に入ってからじゃダメなの?」
「みんなに会う前に聞いて、これからのことを考えてほしいんだ」
できるだけ真剣に、ゆうちゃんの方を見つめて言葉を紡ぐ。
「わかった。さっきの話はまたあとで聞かせてね」
「ありがとう。じゃあ、心して聞いてもらえるかな」
一息入れる。この瞬間はいつも緊張してしまって、いつまでたっても慣れない。心の痛みに耐えて、私の罪を吐露した。
「魔法少女は、魔法杖になるんだ」
そりゃあ驚くよね。それに、ゆうちゃんの怒りも当然のことだと思う。
だから、君は君のしたいようにすればいいと思うし、ボクはそれを引き止めないよ。
今のボクにできるのは、これくらいしかないから。
次回、浮遊嬢は落ちぶれない、第4話。
『不思議生物は引き止めない』
お楽しみに。
罪を背負うことしかできないから。




