第2話 浮遊嬢は落ちぶれない
「……ありがとう。よろしくね。浮遊嬢のゆうちゃん」
ダモが小さくつぶやくと、私のおでこに触れる。瞬間、私とダモの間に強いつながりが生まれた。私たちの身体から光が溢れだし、迫りくる黒い怪物をひるませた。
身体が変わっていく……いや、変わっているのは心だ。心の奥にあったどす黒いもやもやが光となって溢れだし、私の身体を包み込む。足の先から髪の毛に至るまで、快晴の空のような群青色に染まる。妙な浮遊感を覚えながら、身体を包む光が形を成していく。私の理想の衣装。群青色のゴスロリ系ドレスが私を物語の主役にしてくれる。頭にティアラのようなカチューシャが現れ、髪が腰まで届くほどに長くなる。黒と群青で着飾った私に、ダモが語り掛けてきた。
「ゆうちゃん、君にはこの子を託そう。不壊杖フワミライっていうんだ」
ダモは私の肩に飛び乗る。そして、気づけば私の手には銀色のハートのステッキが握られていた。手になじむ大きさと重さの魔法の杖は柔らかな温かみを両掌に伝えてくる。
「その子の魔法は絶対不壊。決して壊れることのない杖だ。そして……」
ダモが言い切る前に、黒い怪物が襲い掛かってきた。このままじっとしていれば、すぐにでもバケモノに食べられてしまうだろう。
「飛んで!」
ダモの声が聞こえたと同時に、私は自分の意志で空を舞う。なぜかわかる。私は飛べる。
さっきまで立っていた位置に怪物が突っ込む光景を高高度から見下ろし、こんなときなのに恍惚としてしまう。この空は、私だけのものだ。私だけがこのステージで咲くことができるんだ。
「さすが、相性のいい魔法だ。何にも言ってないのにこんなに自由に飛んでるなんて」
「ねえ、でも空が飛べるだけじゃああの怪物をやっつけれないよ。どうするの?」
感心しているダモに向かって打開策を乞う。空が飛べるのはすごいけど、このままじゃ学校があのバケモノにめちゃくちゃにされてしまう。
「不壊杖を使うんだ。魔法はとっても都合がいいから、君へのダメージをカバーしつつメドモにだけダメージを与えられるんだ」
一瞬、何を言っているのかわからなかった。けれども、重力加速を乗せて叩けば、とてつもないダメージを与えることができる。不壊杖のおかげで私は落下の衝撃を受けることがない。そこまで理解してダモの作戦を実行することにした。
「わかった。じゃあもっと飛ばないと」
地上に縛られた怪物を見下ろしながらもっともっと空を駆け上がっていく。恨めしそうにこちらを睨む怪物がやけに滑稽に見えて、こんな時なのに笑顔がこぼれる。
「行くよ。振り落とされないでね」
君じゃないと、ダメなんだ。先ほどのダモの言葉を心の中で反芻する。私だ。私だけだ。あの黒いバケモノを倒すことができるのは。決意を魔法に変えて、私は怪物に狙いを定める。
雲に手が届きそうな高さから怪物目掛けて落下する。魔法で姿勢を維持しながら怪物の頭目掛けて杖を振り下ろした。
「いっけえええぇぇぇぇぇ!!!」
絶叫とともに、超高度からの一撃が怪物を打ち砕く。とてつもない衝撃が大きくて長い異形の体を伝った。
黒い怪物の体は光となって弾け飛んだ。幻想的な光は綿毛のように風にさらわれて空に溶けていく。
ダモがいったように、私への衝撃はほとんど感じられなかった。さっきまで高速で落下していた身体がふわりと着地する。急速な減速によるGは全く感じない。これも魔法の力だろうか。
「お疲れ様。ありがとう、ゆうちゃん。君がいなかったら町がめちゃくちゃになってたよ」
肩の上からダモが私に笑いかけてくる。誰かから労いの言葉なんてかけられたのはずいぶん久しぶりな気がする。
「……さっきみたいな怪物はまた出てくるの?」
「うん。あのバケモノを退治するために数人の魔法少女がいるんだ。今日はもう日が傾いてるから、明日みんなを紹介するね!」
私が明日魔法少女たちと会うことを、当然のように言ってのけるダモ。初めて会う人と仲良くするのは苦手だから、正直あんまり会いたくないけれど、魔法少女になったからにはしょうがないのかな。
「ところで……なんでさっきから私の肩に乗ってるの? 自分で飛べるじゃん」
指摘されたダモは困ったように笑いながら、頭をわしわしと搔いた。
「空を飛べる魔法を君に渡したからだよ。魔法少女が誕生すると、僕の力は減っていくんだ」
「ふーん」
わざわざ自分の力を渡してまで魔法少女にするなんて、お人好しなんだなこの子。……人じゃないからお人好し、とは言わないのかな。
「そういえば、私、いつまでこの格好なの?」
「それは君の意思次第だよ。君が望めば、すぐにでもいつもの姿に戻れる」
「そっか。じゃあもうちょっとだけ空を飛んでもいい?」
身一つで空を飛ぶなんて経験、なかなかできることじゃない。私は私だけの空をもっともっと堪能したくなっていた。
「うん、大丈夫だよ。でもね、くれぐれも人にぶつかったり、接触しないようにしてね」
手で大きくバツを作るダモを肩から降ろして、私はゆっくりと重力の束縛から逃れた。
「そんなことしないよ。ていうか、もっと上の方を飛ぶから。それじゃあね」
軽くダモに手を振って私は空を泳ぎだす。夢にまで見た至福のひと時。他人も建物も今の私には関係ない。自由に橙に染まる空を駆け回る。空からいろいろなものを見下ろすのはなんだか楽しくって。日が沈んでしまうまで私は空にただよい続けた。
§
家の前でいつもの姿に変身すると、カチューシャが私の頭についていた。豪華なティアラのようなデザインではなく、青いハートのような可愛らしいデザイン。
銀色のハートが先についたステッキ、不壊杖は握ったままだったので、カバンの中にしまい……あれ?
「カバン、屋上に忘れてきちゃった」
忘れたものは仕方がないので明日回収することにしよう。今から屋上に戻っていたら十九時を過ぎてしまうかもしれない。門限は十八時なのだが今の時刻は十八時四十三分。これ以上門限をやぶると、きっとごはんが食べられない。
「ただいま……」
できるだけ音を立てないように、妹や両親にばれないように傷ついた身体を自室へと向かわせる。とりあえずしれっと自室にいれば、門限を過ぎたことがバレさえしなければ夕飯は食べられるはず。
「……ゆう」
聞こえてきた声にはっとする。お父さんだ。恐る恐る顔をあげると、私の父親にあたる人物は、鋭い目つきをこちらに投げかけていた。
「こんな時間まで何をしていた。それにただいまと言えと何度言ったらわかるんだ」
冷たく責め立てる声。ドライアイスのようなその声は、火傷しそうなほどの怒りをはらんでいる。今日もまた、世界一不毛で息苦しい時間が始まる。
「ただいまは……いいました。お父さん」
「なぜもっと大きな声で言わない! かいのほうが元気がいいぞ!」
「ごめんなさい……」
反射的に出てきた謝罪の言葉。しかしそんなものは意に介すことすらせずに、矢継ぎ早に口撃が飛んできた。
「大体お前は、こんな時間まで遊んでいるからかいと違って頭が悪いんだ! すこしは妹のことを見習ったらどうだ!」
お父さんのお小言。いつものことだ。何が彼をそこまで駆り立てるのだろうか。なぜそこまで、何も見えなくなるほどに熱心になれるのだろう。身体が傷ついているのが見えていないのだろうか。いや。私のことなどどうでもいいのか。私はお父さんの期待に沿えなかった。そして、お父さんは日頃仕事を頑張っていてストレスが溜まっている……らしい。そう、お母さんが言っていた。
お父さんのお小言を耐え忍び、お母さんの失望を肌に感じる。妹は今頃、おいしい夕飯を食べながら、私のことを嘲っているんだろうな。
ベッドに倒れこむ。全身が痛い。変身中は傷がなかったのに、変身が解けると傷が現れるなんて。これも魔法の力なんだろうな。魔法が心まで守ってくれたらいいのに。
それでも。青いハートのカチューシャと握っていた銀色のハートのステッキを見て想いを巡らせる。どんなに辛くても、どんなに苦しくても、空を飛べる。きっとダモが必要としてくれる。
私、魔法少女なんだ。
ゆうちゃん、飛び降り自殺をしようとするなんて、どんな環境に生きているんだろう……?
家族、学校、対人関係。どんな問題を抱えているんだろう……?
ん? 今ボクがいるところ? それはもちろん。
次回、浮遊嬢は落ちぶれない、第3話!
『空っぽ少女に居場所はない』
お楽しみに!
伝える必要のないことを言わないことは、美徳だと思う。




