第36話 ホームにばっかり籠らない
「嘘……」
散らかったワンルームに弱弱しい声をこぼす。
目線の先、一人暮らしを始めたころに買った小さな体重計は今までに見たことのない数値を示している。
去年、一昨年は大体五十四~五十六キログラムだった。私の身長は百六十二センチメートル。概ね平均的な体重だ。
現在、私の足元に示された数字は三十七キログラム。特段ダイエットもしていないのに、だ。
なんなら、最近は魔法少女の慰めパーティーやお酒をたくさん飲んでいることもあって、むしろ体重は増えていないとおかしい。 心当たりは一つしかない。
「魔法化……」
二週間ほど前にダモちゃんから聞いた話が脳内に蘇る。六年ほどで魔法化すると。私もそろそろ卒業だと。
思えば昨日、目測百五十五センチほどの少女たちが思っているよりすこしだけ大きく見えた気がする。あれはなんの錯覚でもなく、魔法化によって私がすこし小さくなっているのではないだろうか。
今の私は、本当に人間なのだろうか。職場の人たちに、認識してもらえるのだろうか。
私は明日、こうして人の体で何かを考えることはできるだろうか。
……わからない。わかるのは、これを考えるだけ無駄であるということだけ。
私が魔法杖になったら、あの子たちはどうなる?
私が魔法少女をやめたら、あの子たちはどうなる?
今のダモちゃんに、新しく魔法少女を生み出す力はないように感じる。ダモちゃんだって魔法化が進行しているから。
そして、先日の無限メドモ。シラヌイちゃんが魔法杖になる原因となった超巨大メドモ。
確実に、魔法少女を狙った何者か、オリやメドモに干渉することができるモノによる事件だ。
私が魔法少女をやめたら、魔法少女は大幅に戦力ダウンだ。それに、魔法少女をやめたからといって、私が狙われない保証もない。
「……隠しておこう」
魔法化の進行。このことは胸に秘めておく。あの子たちに、余計な心配をかけたくない。
最期まで、あの子たちの力になりたい。
§
「えっと……芦谷さんが?」
「そう。今まで変なプライドのせいでなんにもできてなかったけど、やっぱり私も元城ちゃんのことで、力になりたくって」
土曜日。ホームで魔法少女のみんながゆったりしていると、ショルダーフリルのオシャレな私服を着た芦谷さんはホームに住みたいと言い出した。しかし、私としては、それはご遠慮願いたい。
「どうせ私は一人暮らしだし、帰ってきたら元城ちゃんのこと見てあげられるし」
「えっと……お気持ちはうれしいんですけど……」
「やめてください」
この気まずい雰囲気を打ち破ってくれたのは御剣さんだった。そんな御剣さんに、芦谷さんは食い下がる。
「ど、どうして?私がいれば他の子の負担も減るじゃない。」
「だって、酒癖悪いじゃないですか」
「うぐ」
この前の水曜日、芦谷さんがご飯を作ってくれた日は地獄だった。
涙ながらに会社の愚痴を吐く芦谷さん、急にスキンシップが多くなった芦谷さん、そして、飲みすぎて嘔吐する芦谷さん。トイレで嘔吐する芦谷さんの面倒をみた、ダモとひとはちゃん以外の三人からすれば、芦谷さんとひとはちゃんだけにするのが嫌なのだ。というか、多分ひとはちゃんも嫌だと思う。
「御剣さんがいたからよかったものの……」
「それは、本当に、ごめんなさい」
私の言葉にしおらしくなる芦谷さん。反省の色は見えるが、あんな思いをするのもさせるのもごめんだ。カレーの匂いを打ち消す暴力的な吐しゃ物の臭いは軽いトラウマになっている。
「もうお酒飲まないから!」
「いや、無理して元城ちゃんのお世話しなくてもいいですから。お酒大好きなのに我慢させたら元城ちゃんだって気に病んじゃうでしょ」
私が叱るように放った言葉に、ひとはちゃんが追従する。
「私のせいでがまんさせるのはちょっといやかもしれません……」
ひとはちゃんはやさしいなぁ。こんなダメな大人にまで優しくできるなんて。
ダメな大人、もとい芦谷さんが絶望してうなだれていると、御剣さんが立ち上がって玄関へ向かった。
「あれ、御剣さん、どこか行くの?」
こころちゃんは御剣さんの背中に小首をかしげて見せる。御剣さんは振り返らずに返事をする。
「まあな。たまには一人でリフレッシュしたい日もあるってことで。元城ちゃんのお昼ご飯はよろしく。夕飯までには帰ってくるから」
出ていこうとする御剣さんに芦谷さんが引き止める。
「御剣ちゃん! お出かけするならお小遣い出すよ? 普段お世話になってるし私働いてるから……」
芦谷さんの言葉にピクリと反応すると、御剣さんは振り返って笑顔で返す。
「気持ちはありがたいですけど、大丈夫です。アタシもバイト代貯めてるんで」
見たこともない、大輪の笑顔を浮かべた御剣さんはせかせかとホームから出て行った。
「一匹狼だ……」
「ね~……」
私が、以前芦谷さんが言っていた御剣さんの印象を声に出すと、こころちゃんも同調して気の抜けた声を発した。
呆気にとられていた私たちを、芦谷さんの声が引き戻す。
「お昼ご飯どうしようか?」
現在時刻は午前十時半。お買い物して、お昼ご飯を作ればちょうど一二時ぐらいにはできそうだ。
そんな風に考えていた私に、こころちゃんがすごく楽しそうな声で提案をした。
「ねえねえゆうちゃん! 私たちもさ、一緒に遊びに行かない?」
「あ! いいかも! 今まで二人でどっか行ったことなかったもんね!」
その時、ふと気になってひとはちゃんの方を向いてみる。私の視線に気が付いたひとはちゃんははにかみながら告げた。
「私のことは気にしなくてもいいよ! ちゃんといい子にできるからね!」
なんていい子なんだ……そんなふうにじーんとしていると芦谷さんが口を開いた。
「じゃあひとはちゃんは私と一緒にデートしよっか。なんでも好きなもの外食できるよ~!」
「やったー! じゃあじゃあ……えーっと、なに食べたいかな……?」
ひとはちゃんはすごく楽しそうに悩み始めた。そんな様子を見て私もこころちゃんも口元がほころぶ。
「それじゃあ、私たちもいこっか」
「うん!」
優しく笑いかけてくれたこころちゃんに元気に声を返す。
私たちは芦谷さんからお小遣いをもらって……断ろうとしたけど、今月金欠なのをなぜか知られていた……改めて、私たちはデートに出かけた。
一人でおでかけするのは久しぶりだ。
今日はどこ行って何しよっかな~駅前のクレープだとか洋服屋だとか、行きたいところだらけだ!
そういやあいつらは何してんだろ。パトロールの時間になったら連絡してくれるかな……
次回、浮遊嬢は落ちぶれない、第36話!
『流され続ける理由もない』
お楽しみに!
あなたも……仲間なんだから。




