第30話 始源嬢は救えない
瞬間、世界が白く染まる。違う、白い世界に囚われる。
とても暖かくて、穏やかで、こんな世界にずっといられたら、なんて幸せなんだろうか。そんな風に思っていると、目の前に自分とおんなじくらいの女の子が立っているのが見えた。
「あなたは……?」
泣きそうな女の子に、なんだか同情を覚えて声をかけていた。とても美しかった。天女だとか、神様だとか。それぐらい、人離れしたキレイな女の子だった。
「ごめんね、ゆうちゃん。ほんとうに、ごめんね」
聞きなじみのある声だ。でも、だれだっただろうか。ついさっき聞いた気がする。けれど、初めて聞いたかのように思える。
「どうして、あなたが謝るの?」
「私がいれば、チヒロちゃんは、杖にならずに済んだのに。私がもっとはやくこうしていれば、メドモなんていなかったのに。私がいなければ、あんな悲劇は起きなかったのに」
そこで、ようやく気が付いた。この女の子は、だもだ。理由はない。けれどわかる。心の奥底、魂で理解できる。
「ごめんね、ゆうちゃん。ちょっとだけ、魔法を貸して」
きれいな白い手が私の手を握った。とても小さくて、柔らかくて。握り返せば壊れてしまいそうで、私はその手を握れなかった。
私から、だもへ、何かが流れていく。私の一部、ううん、元々はダモから受け取ったもの。
わたしの『空を自由に飛ぶ魔法』は、始まりの魔法少女へと渡った。
§
再び現実へと引き戻されたとき、私とこころちゃんとひとはちゃんの三人は、ただの少女へと戻っていた。
握りしめていた魔法杖も、心の底に刻まれた魔法もない、ただの少女に戻っていた。
それでも、なにかつながりを感じる。魂が何かとつながっている。そのつながりを求めて顔をあげると、そこには白い少女が立っている。いつの間にか雨は止んでいて、あんなに分厚かった雲は嘘のように途切れて一筋の陽光が少女を照らしていた。
「『獣の力を使う魔法』『空を自由に飛ぶ魔法』『みんなのことを守る魔法』『どこまでも加速する魔法』『元気いっぱいになる魔法』」
まるで姫神様みたいな白い着物を着た少女は、詩を謡うように奇跡の名前を唱えた。
その背中が、どこか遠くへ行ってしまう気がして、どこにも行ってほしくなくて手を伸ばした。その手が届く前に、白い魔法少女には獣の耳が生えて、泳ぐように飛び立った。
「だも!!」
気づけば叫んでいた。
「まってて。みんな」
儚げな純白が囁いた気がする。声は聞こえなかったが、魂のつながりを通して、震えが伝わってきた。その震えと呼応するように、周囲一帯が柔らかくて暖かい魔法に包まれていく。
「これ……」
こころちゃんの呟きは驚きと安心が秘められている。二人はこの魔法がなんなのかわからないのだろう。けれど、私にはどこまでも優しいこの魔法に覚えがあった。
「不壊杖フワミライ……『みんなのことを守る魔法』……?!」
うわごとのように放った言葉の行方は、突如響き渡った轟音によってかき消された。
純白の魔法少女が超巨大メドモへの攻撃を始めていた。
音を超えて加速した少女の拳が、メドモを吹っ飛ばす。下半身の外骨格を、獣のような少女の爪が引き裂く。メドモは着地することすら許されず、空中で少女の猛攻を受け続けている。
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人類には発せられない空間の震えがメドモから放たれる。悲鳴じみた奇声をあげるメドモを少女が地面に蹴り飛ばした。
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メドモの奇声は魔法によって保護された大地にたたきつけられてからも発せられた。しかし、今度はさっきまでと様子が違う。メドモからどす黒い流体が溢れ出て、あちこちを穢していく。
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少女がメドモにとどめを刺そうと上空から加速したとき、どす黒い流体が爆発を起こした。
「あ、あれ!」
「チヒロちゃんの?!」
黒い煙が晴れたあと、メドモは体勢を立て直し、白い少女はそんなメドモを上空から見下ろしていた。
「返してもらうよ。チヒロちゃんのこと、キミカちゃんのこと」
またしても、声は聞こえなかったが、魂のつながりを通じて決意の篭った声が響いてきた。
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「『自由に形を変える魔法』」
少女にとびかかろうとしたメドモは、しかし地面に縛り付けられる。なんの比喩でもなく、地面が、コンクリートが、世界そのものがメドモに突き刺さり、縛り付け、その動きを封じ込めている。
「『あなたの心を覗く魔法』……そうだよね、もっともっと、爆発させたかったよね。いろんなものを、見つけに行きたかったよね。」
神様みたいな少女は、同情するように、慈しむようにそっと囁いた。
少女の頭が地面に垂直になったと思った時には、音を置き去りにして加速した少女は、風穴の開いたメドモに背を向けて、二本の魔法杖を握っていた。
「おかえり。助けてあげられなくてごめんね」
神獣が通り抜けたメドモの体は、瞬く間に光のつぶとなって世界に溶けた。
§
私たちが、だもの下へ駆けつけた時には、メドモによって壊された建物も、だもが形を変えてしまった世界も、元通りになっていた。まるで世界の形を紙粘土みたいに自由に変えて見せた少女は、私たちが見つけた時には、すでにいつも通りの愛らしい獣と化していた。私たち三人もいつの間にか魔法少女の姿に戻っており、その手に魔法杖を握っていた。
「ダモ! さっきのは?! 大丈夫?!」
「ダモダモ! モダモダダモモモダ!」
「え? ダモ……?」
私とひとはちゃんは完全に困惑していた。なにせ、ダモが人の言葉をしゃべらなくなっていたのだから当然だ。
「ダ~モモモダモ! ダモダモモモモモモモダダモダモダ!」
「え~……と二人とも、ダモがなんて言ってるかわかる?」
「ううん」「全然ダメ」
私とひとはちゃんはこころちゃんに対して否定の言葉を返す。
こんな鳴き声みたいな声がわかるわけがないと思うのだけど、こころちゃんは逆にダモがなんて言っているのかわかるのだろうか?
読心嬢のこころちゃんはコクリと頷き、紫色の光で私たちを包んだ。
「ダモダモモ! モモモダモ! モモダモモダモダダモモダ!(ありがとう! こころちゃん! これでみんなと話せるね!)」
「えっ!? なにこれ?!」
モダモダ言ってるダモの声の後に意味のある言語が聞こえてきて、ひどく驚いてしまった。私に続いて、ひとはちゃん感嘆の声を漏らす。
「ダモの言ってることがわかる……」
「私の魔法で、二人にもダモの心の声が聞こえるようにしたの」
「モモモダモ! ダモモダモモ、ダモダモ! (流石こころちゃん! やり方を教えなくてもできるなんて、天才!)」
こころちゃんのおかげでダモの心の声が聞こえるようになったのはいいとして……どうして喋れなくなっちゃったんだろう?
「モダ、『モダモモモダモモダモモモモモダモ』、モモダモモダダモダモモモモモダモモ……モダモモモ(ボク、『獣の力を使う魔法』をよく使ってたんだけど、今回の魂共鳴で魔法少女として戦ったことで魔法化が進行したみたいで……もうみんなと同じようにおしゃべりできなくなっちゃったんだ)」
「そう、なんだ」
底知れない寂しさが私を襲ってしまって、私はいつものように返すことができなかった。瞼に滴が溜まっていくのを感じていた。
「それより、さっきのあれ、なに?!」
ひとはちゃんは困惑の篭もった表情をダモに向けた。対するダモはどこか後ろめたそうな、悲し気な表情に見えた。
「ダッモモダ……ダモモダダモモ、モダモダモダモモダダッダモダ(さっきのは……今まで隠してたけど、ボクも昔は魔法少女だったんだ)」
「そうだったんだ、じゃあさっきのは……」
問い直した私に、ダモはさっぱりと言い放った。
「モダ、ダモダモモモダモモダダモダモダモ(うん、みんなと魂共鳴して魔法少女だったときの力を使ったんだ)」
「さっきの……すごかった。ダモ、すんごいキレイで、まるで神様みたいだった……」
「ダッダモダダモモダダモダダ。ダモ、ダダモダモモ、モモモダモダダモダ(そう言ってもらえるのはうれしいかな。でも、ボクはチヒロちゃんを救えない、ただの無力な子供でしかないんだよ)」
暗く沈んだ空気が漂う中、私はその問を聞かずにはいられなかった。
「ダモ……チヒロちゃんは……」
「……モダ。モモダモダダモモダ、ダダモモダモモダモ(……これ。この爆愛杖が、シラヌイチヒロちゃん)」
ダモは、真っ赤な魔法杖を出現させた。私は、その真っ赤な杖を手に持った。気づけば、涙があふれていた。
「チヒ、ロちゃん」
「モモダモ……モモダモダモダッダダダ。モダモダモモ……(ごめんね……ボクが迂闊だったから。チヒロちゃんを……)」
私は、涙を袖で拭って、笑顔を張り付けた。
「そんなこと言わないでよ! ダモのおかげで私たち助かったんだから!」
「モダダモ……(ゆうちゃん……)」
私はうまく笑えているだろうか。ダモもひとはちゃんもこころちゃんもなんだか浮かない顔をしている。こころちゃんが口を開く。
「ゆうちゃん、」
「さ! メドモも退治できたし、ホームに帰ろ! ひとはちゃん、今日何が食べたい?!」
私は、こころちゃんの言葉を遮るようにして空元気を振り絞った。
夕日を背に向けて三人を手招きする。逆光でこのぐちゃぐちゃな顔を見られていないことを祈りながら。
§
「素晴らしい! やはり、強大なメドモを使う作戦が功を奏したか!」
西日が照らす街にたたずむ研究施設、その影は心底嬉しそうに録画データを見返していた。
「あぁ……私の神様……待っていてください。すぐに、その真なる姿でいられるようにして差し上げます!」
静かな研究室に、哄笑が響く。邪悪ささえ感じさせる狂喜から一転、裾の長い影は冷えた声色で思考を紡ぐ。
「差しあたっては……あの下賤なガキどもをどう処理するか……」
カツカツと足音を鳴らし、自身の研究が生み出した成果物を品定めする。
「……そうだな、これがいい。といっても、オリがたまるまでは使えない、が……」
机の上に散らばったプランの中から迷いなく目的のものを手に取った。
「孤立した者からじっくり、仕留めていくことにしよう」
そこで再び、研究室に大きな高笑いが響いた。狂信者は口角を吊り上げて、瞳に幻想と炎を映していた。
みんな、すごく落ち込んでる……
御剣さんと芦谷さんにも説明しないと。
……わたしが、ちひろちゃんのことサポートできてたらこんなことには……
次回、浮遊嬢は落ちぶれない、第31話。
『絶対君のせいじゃない』
お楽しみに。
……私はいつもそうなんだけどさ。




