第29話 君がいなくなるわけがない
「メドモ今日も出ないのかな」
「どうだろうね……油断は禁物だよ! こういう気が緩んでいる時が一番危ないんだからね!」
私はダモを肩に乗せて上空を飛んでいた。前のパトロールの時と同じ、索敵担当の私が上空から見下ろしてメドモを探している。今日はダモが肩に乗っている分、一人の時よりもメドモを見つけやすいだろう。
さっき雨が上がったけれど、未だに分厚い雲が空を覆っていて、なんだかどんよりとした気分になってしまう。
街の東側は人が多くて、見回しているといろいろな人が目に映る。汗をかきながら急ぐサラリーマン、エコバッグを提げた買い物帰りの女性、笑いながら帰る学生、白衣を着た女性。幸せそうな日常を俯瞰して、私たちはこれを守っているんだ、とすこしだけ胸が暖かくなる。
あの白衣の人、そういえばこころちゃんの居場所を聞いた人だ。今日も白衣着てるんだな……常に白衣着てるってどういう人なんだ……?
「どうかした? ゆうちゃん」
「あっ、いや。なんだかいろんな人がいるなぁって」
私がぼーっとあたりを見回しながら言うと、ダモは明るい声色で笑いかけてきた。
「そうだね、下からじゃ見えづらいものが飛んでると色々見えて楽しいよね!」
「うん! なにより、私だけ飛べるっていうのがいいよね! みんなが飛べたら、それが日常になっちゃうから、日常を俯瞰できなくなっちゃうし」
言葉にしたことでわいてきた、優越感にも似た嬉しさが頬を綻ばせた。
その時、ポケットに入れていたスマホが震えた。メッセージ、こころちゃんからだ。
「ひとはちゃん! メドモ出たって!」
私はふわっと着地した。ひとはちゃんにメッセージを伝え、こころちゃんにメッセージを返す。
「ゆうちゃん、ひとはちゃん急ぐよ!」
「「うん!」」
私たちは全速力でメドモの下に向かった。ひとはちゃんは地上を、私は上空を。
上空から眺めると、大型のメドモの黒い影が遠くに見えた。最初の一体は光に包まれて消えていったが、その後、複数のメドモが出現した。
黒い影へ向かう途中から降り始めた夕立は瞬く間に土砂降りとなった。まるで、世界が泣いているみたいだなんてバカな考えが頭に浮かんだ。
なんだか心がざわざわして、不吉な予感がする。私はさらに速度を上げて、黒い影へ向かった。
§
「なに、あれ」
そこにいたのは、紛れもなくメドモだった。黒い体色、カマキリの上半身に甲虫のような下半身のメドモ。その鎌は、人間を容易く捕え、その外骨格は、並大抵の攻撃を通さない硬さを感じさせた。
だが、これまでに見たメドモと違うところがあるとすれば、それは大きさだ。見上げた高さは、私の家を縦に二つ重ねたほど大きくて、体長は体育館ほどの長さ。この大きさならば、捕えようとした人間は押し潰れ、外骨格どころか、柔らかそうなカマキリの部分でさえも、攻撃が意味をなさないだろう。
降りしきる夕立はバケツをひっくり返したかのようだ。変身している私たちは濡れないけれど、雨粒が地面をたたく音が世界に悲壮感を漂わせる。
「よかった! 二人とも、来てくれた!」
「こころちゃん! あれなに!?」
周囲を走り回っていたこころちゃんは、私たちの姿に気づいて駆け寄ってきた。
「メドモ同士が合体して……ど、どうしよう?!」
顔を真っ青にして、こころちゃんは私の方を……正確には、私の肩に乗っかるダモの方をみる。
「今、この辺りの人たちを避難させてたの! とりあえず、一般人への被害は考えなくても大丈夫!」
「ありがとう、こころちゃん。そういえば、ちひろちゃんは?」
私の問いに、答える声はなかった。こころちゃんに目を移すと、目を逸らされてしまった。
避難誘導の最中にはぐれたとか、今も避難誘導をがんばってくれていて、この場にいないとかだろうか。
私は、超巨大メドモを観察してみた。こんなものを倒すにはどうすればいいのだろう。私たち三人では太刀打ちできないように思える。ちひろちゃんの爆発や、御剣さんとえかちゃんの魂共鳴ならなんとかできるのだろうか。
大きすぎるバケモノを眺めていると、こちらを見つめてじっとしている超巨大メドモの中心に、二つの魔法杖が見えた。
世界が一瞬減速するような錯覚に陥る。雨音も現実も遠くなっていくような感覚に私は襲われた。
一本は見覚えがある。黄緑色のステッキは、ちひろちゃんがもっていた探査杖のアイミキミカちゃんだ。
……嘘だ。そんなわけがない。
もう一本は見覚えがない。派手な赤色で爆発するほどの愛情を湛えているように見える。
ちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがう
あんな赤い魔法杖、だれか持っていただろうか?私のは銀色、こころちゃんのは水色。ひとはちゃんは灰色、御剣さんは鈍色で、えかちゃんはピンク。あんな赤い色は、ちひろちゃんのドレスぐらいでしか見たことがない。
やめろやめろやめろやめろやめろやめろ
そういえば、ダモは、魔法少女はいずれ魔法杖になるって言ってたっけ。魔法少女が、魔法杖になる前にメドモに殺されたら、どうなってしまうのだろう?
考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな
メドモは人の魂を核にして、存在を安定化させるとか言ってたっけ。なんだか懐かしいなぁ
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ
魔法杖のなかには魂だけが残る、だっけ。あの時は、ダモのことも、ほかの魔法少女のことも、なんにも知らなくて、不安になってたんだっけ。
あれはチヒロちゃんじゃないちひろちゃんはまだ生きてるどこかでだれかをたすけてるだから
メドモが魔法杖を取り込んだら、存在を安定させられるのかな?
ちひろちゃんは生きてる変なこと考えるな絶対違うだってチヒロちゃんは
「ゆうちゃん!」
ダモの声で現実に引き戻される。気づけば息が上がっていて、いやな汗が顔を伝っている。魔法少女は、理想の姿でいられるはずなのに、こんなに取り乱しちゃうなんて。ちょっと恥ずかしいな。こころちゃんとひとはちゃんの二人に肩をゆすられていたようで、二人が心配そうに顔を覗き込んでいる。ああ、今の私、ひどい顔してるだろうな。
「あはは、心配させて、ごめん。もう、大丈夫だから」
「嘘つかないでよ。無理しないで」
こころちゃんはひどく真剣な、心配そうな顔で私の瞳をじっと見つめている。赤い左目が悲しそうに揺れているように見えて、なんだか涙がこぼれそうになった。
「そうだよ。どうせ私たちじゃあんなメドモ」
「じゃあどうするの!」
慰めようとしてくれたひとはちゃんを怯えさせる。私って、最低だ。橙色の少女は私の声に驚いて、一歩後ずさる。私は責め立てるように、呪うように、助けを求めるように叫んだ。
「このままじゃ、ちひろちゃんが死んじゃうでしょ! 助けないと! あの子はこんなところで死んでいいわけないんだから! あの子には、未来があって、楽しい生活があって、それで」
「落ち着いて」
「落ち着けるわけないでしょ! ダモはなんにもしないんだから黙っててよ!」
取り乱した私を宥めようとしたダモにさえ、私は食ってかかった。嗚咽混じりの泣き声に、ダモは諭すように、残酷な現実を突きつけた。
「もう、チヒロちゃんは助からない」
空から堕ちてきた水の音が絶望を乗せて私の鼓膜を震わせる。
「はぁ? そんな、わけ……ないでしょ?! だって、さっきまで、あんなに、元気に、」
言って、涙が零れ落ちる。私は、気づけば呼吸すらうまくできなくなっていた。
「う、うぁぁぁ」
嗚咽を漏らす私の肩で、ダモは静かに告げた。
「ごめんね、ゆうちゃん、こころちゃん、ひとはちゃん。私に、力を、貸して」
その声は、とても澄んでいて、優しくて、泣きじゃくる幼子を泣き止ませるような、魔力が込められた声だった。
「魂共鳴」
こんなことになるなら、もっと早く……
ごめんね、チヒロちゃん。ごめんね、みんな。
もう、こんなことは起こさせないから。
次回、浮遊嬢は落ちぶれない、第30話。
『始源嬢は救えない』
お楽しみに。
私が、償うから。




