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浮遊嬢は落ちぶれない  作者: 七色
第六章 幕間の日々は色褪せない
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第26話 行間の日々はくすまない

「かい? どうかした?」

 気が付くと、お姉さまがわたくしの顔を不思議そうに覗き込んでいました。その瞳はつぶらで、吸い込まれそうなほどきれいな黒。そんな目をわたくしに向けてくださることがわたくしにとって至上の喜びなのです。

「いえ、少し……幼い頃のことを考えておりました」

 わたくしの言葉にお姉さまは首を傾げて見せます。そんな素振り一つとっても愛らしくてずっとそばにいてほしいと考えてしまいます。

「なにそれ。そんなに楽しいことでもあった?」

 お姉さまの声は聴いた者の心を掴み、奪ってしまうほどに魅惑的で、わたくしはその声に気を取られて放つ言葉を忘れてしまわない様にすることで精一杯でした。わたくしはお姉さまの言葉に満面の笑みを浮かべ答えました。わたくしをただの人間として、妹として扱ってくださったあの日を思い返しながら。

「ええ。とっても」

 ふーん。とわたくしの返答につまらなさそうに返すお姉さま。お姉さまにとってはあれは当然のことであったという事実がわたくしをさらに痺れさせてしまいます。

「それよりも。手が止まっていますわよ。お姉さま」

 わたくしの言葉にお姉さまは表情を歪ませ、渋い顔をしました。きれいな顔に寄せられる一つ一つのしわが、まるで織物のように美しい造形を作り出しています。

「だってわかんないんだもん! なにほんと微分とか積分とか……」

 唇と尖らせながら机に体を預け溶けるように脱力するお姉さま。かわいらしくてそのお顔をもちもちと触りたくなる衝動をぐっと抑えて、お姉さまの教科書に目を落とします。

 該当の問としては、基礎的な微積の問題。お姉さまならば、微積の解き方がわかれば簡単に解くことができると考えられます。

 お姉さまにとってわかりやすい教え方を脳内でシミュレーションし、わたくしは口を開きました。

「お姉さま、微分というのは要するにここの数字をくくりだして……それからこちらはxを……」

「……なんでかいのほうが高校の勉強がわかるのよ……」

 お姉さまは釈然としない様子です。かわいらしくむくれた頬は柔らかく、食べてしまいたいほどに愛おしい。


 §


 湯を沸かす。豆を挽く。コーヒーを淹れる。

 いつもと変わらぬ朝をその存在は送っていた。

 足元には小さなメドモ。高さは十センチ、全長は二十センチほどであり、他のメドモと比較するとかなり小さい。三対の足とずんぐりとした体に一つの目玉と集音器官が備わっている。ひどく人工物めいていて、背中にUSBメモリを収納するスペースさえある。

 部屋の様相はおよそ人間が住んでいると思えるものではない。家具といえるものは住人である存在の目の前にある机と、その背後十メートルほどの距離においてあるベッドだけである。

 住人はメドモから回収したUSBをパソコンへとつなぎ、メドモが収集してきた市街地の情報を映し出して観察する。熱々のコーヒーを飲み下して、その存在は笑みを浮かべた。

「そろそろといったところか」

 液晶に映し出される光景。

 二人で帰る女子学生。せわしなく仕事をするOL。一人買い物をする男子学生。公園で遊ぶ女児たち。そして。

「く、ふふふふふ」

 薄汚れたアパートの一室にたたずむ小さな獣。

 住人の瞳は爛々と輝き、虚ろな黒に欲望の光を宿している。

 白い、ただ白いだけの空間の中で飲みかけのコーヒーカップを机に置き、住人は哄笑する。

「ああ、私の神様。必ず。必ずや高貴なる、神秘なるお姿へと……」

 そのとき、机の上で待機していたメドモが声に反応して動き出した。

 机の上で機敏に移動し、目の前のコーヒーカップを吹っ飛ばし、その空間に見合った白衣をきた住人に黒い液体が降りかかる。

 しかし、住人の服に(・・・・・)よごれはない(・・・・・・)。住民は、ひどく人工的な、生物的でなさすぎて嫌悪感すら覚えるメドモを睨むと、裏拳でメドモを吹っ飛ばした。

 壁に激突した小さなメドモはそのまま光へと変じて消えていった。

 湯を沸かす。豆を挽く。コーヒーを淹れる。

 いつもと変わらぬ動作をその存在は繰り返す。

 床を這いまわる小さなメドモに目もくれず、白い住人は液晶に映る彼女にとっての神に恍惚とした表情を浮かべていた。

 ねえねえ!つまんないつまんないつまんない!

 な~んで今週はぜんっぜんメドモでてこないの?!

 これじゃあ爆発させられないじゃん!

 次回、浮遊嬢は落ちぶれない、第27話!

『お昼下がりは動かない』

 お楽しみに!

 だからね、もっともっと笑ってほしいな!

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