第12話 流れる涙はとめどない
おいしくご飯作ってあげられないし、かいにキツいこと言っちゃうし、ほんとだめだめだなぁ……
それは置いといて、とにかくひとはちゃんのことどうにかしないと!
やっぱり私がホームに住むとか……え? だめ?
次回、浮遊嬢は落ちぶれない、第13話!
『独りの少女を見捨てない』
お楽しみに!
お話ししようよ。一緒に。
なんだかいい匂いがして目が覚めた。いつの間にか寝ちゃってたんだ。
「……んぇ。なに、この匂い……?」
「ひとはちゃん……なんだかうなされてたけど、大丈夫?」
目の前に茶色いものがあったからぎょっとしてしまったけれど、それは寝転んでいる私の顔をのぞき込むダモだった。くりくりとしたつぶらなひとみを心配そうに向けてきているのがすごくかわいい。
「……んぅ。だいじょぉぶだよ。ちょっと……むかしのゆめをみただけ」
私は右手でダモの頭を撫でる。目元から涙がこぼれ落ちて、私はあくびをした。たくさん眠った気がするけれど、まだまだ眠り足りないのかな。
私が起き上がろうと身じろぎしていると、音に気付いた浮世さんが台所から声をかけてきた。
「あ! おはよ~ひとはちゃん! ……いやもう夜なんだからおはようじゃない、か……?」
「ゆうちゃん、それは割とどうでもいいよ」
ねむたい目をこすって、ダモが声を返した方に目を向けると、浮世さんが台所に立っていた。 鍋をかき混ぜながら、こちらに笑いかけてくる姿になにかがこみ上げてきそうになる。
「もうすぐできるから待っててね~」
私は立ち上がって大きくのびをしてみる。浮世さんの言葉の意味が気になって、私は聞き返した。
「えっと、何作ってるんですか……?」
「ん~? カレーライスだよ~?」
浮世さんは当然といった表情でこちらを見てくる。そういえば、このいい匂いはカレーの匂いだっけ。カレーは久しぶりだからどんな匂いだったか忘れちゃってた。
夜ご飯を作ってくれてるということだろうか。とってもありがたい。でも、どうしてカレーなんだろうか。私はテーブルを挟んで台所が見える位置の椅子に座って、浮世さんに理由を聞いてみた。
「どうして……?」
「台所に、材料置いてあったから。カレー作ってあげようかなと思って」
浮世さんの言葉の意味はイマイチ理解できない。台所に置いておいたのはジャガイモ、ニンジン、タマネギ、豚肉。だってあれは……
「……カレーの材料? 肉じゃがじゃなくって?」
私がそういうと、浮世さんは口をぽかんと開けて、驚いた顔になっちゃった。その顔のまんまぼうぜんとつぶやくのだからなんだか笑っちゃいそうになる。
「肉、じゃが……」
「あっちゃ~たしかに、具材おんなじだもんね」
いつのまにテーブルの上に登ってきたのか、ダモはやれやれって感じで左手で顔を押さえている。
どうやら、肉じゃが用の具材でカレーを作ってしまったということらしい。
どうせ、私が肉じゃがを作ってもママのようにおいしくは作れないし、別にいいや。
「あ、でも私、カレー大好きだから! 大丈夫ですよ!」
嘘は言ってないけど、心がなんだかちくちくする。大人になったら、こんなちくちくも感じないで済むのかな?
「ご、ごめんね! 肉じゃが食べたかったよね! こ、今度作るからね!」
「いや、もう、ぜんぜんだいじょうぶですから!」
変におねがいしてまたこんな時間まで私の家にいてほしくない。できることなら、今すぐにでも帰ってほしい。でも、そんなことは言えない雰囲気だからホームの中はいっしゅん、せいじゃくで包まれた。
その時、一人分には大きすぎるすいはんきが声を上げた。お米がたき上がったことを主張するその声にダモが反応する。
「ご飯炊けたね~さっそく食べようよ。ね!」
「う、うん! ひとはちゃんはどれくらい食べるのかな?」
やさしい笑顔を向けて浮世さんは手まねきしてくる。ご飯をどれくらい盛るのか、カレーをどれくらいかけるのか一緒に決めなければいけないらしい。わたしは椅子から立ち上がって、台所に向かった。
浮世さんは、カレー用のお皿が見当たらないから、と普段おかずを盛っているお皿にご飯を盛って、カレーをこぼれないようにかけてくれた。パパとママがいたころによく使っていたお皿は、ずっと前にどこかに仕舞っていた。
「さ、召し上がれ!」
「……いただきます」
普段あまり使わないスプーンを使って、カレーライスを口に運ぶ。お米は少しかたくて、カレーの味がこい。
「……どうかな?」
聞かれたとき、我慢できずに涙がこぼれ落ちてしまった。
私のぬれたほおを見て、浮世さんはあせったようにあやまってきた。
「あ、そ、そんなにおいしくなかった? ご、ごめんね!」
「い、いえ違うんです。こ、これは……」
「無理しなくてもいいよ。今は正直になっても」
本当に無理しているわけじゃないんだ。なんだか、なつかしくって涙がこぼれてしまったんだ。
「すごく、おいしくて。ひさしぶりに、人の作ったご飯食べたから……」
心の中を言葉にした瞬間、我慢していたものがあふれだして、どうにも止められなくなっちゃった。
「今までひとりで、よく頑張ったね。これからはいくらでも頼っていいからね」
となりにすわる浮世さんが私の頭を優しくなでてきた。浮世さんのカレーは味がこくて、お米が少しかたくて。パパがたまに作ってくれたカレーライスの味に似ている気がした。
§
「ただいま……」
ひとはちゃんがカレーを食べ終わった後、なんとか食器を洗って、それから家に帰ってくるころには二十一時を過ぎていた。夜ご飯はカレーライスを一緒にいただいたからいいとして……正直言って、お米が硬いしカレーは溶けきってないルーが一緒に盛られたりして、お世辞にもおいしいカレーではなかった。ひとはちゃんはおいしいと言ってくれたが……もう高校二年生だって言うのに、小学生に気を遣わせてしまうとは……情けない。
二十一時帰りなんて初めてだから、両親からどんな罵詈雑言が飛んでくるかわからない。おっかなびっくり玄関を開け、抜き足差し足自室に戻ろうとして、目の前にいる存在に気が付いた。
「お姉さま……」
「かい……え……っと。お父さんとお母さんは?」
「そんなことより! 大丈夫でしたか?! 変な人に付きまとわれたり、危険なことに巻き込まれたりしませんでしたか?!」
急に大きな声を出されるとびっくりしてしまう。それにこんな時間なんだから声量くらい気にしてほしいものだ。
わたしは、かいの顔をキッと睨み、冷たい声色で窘めた。
「声が大きい。別に、なんにもないよ。それよりお父さん達は?」
「ご、ごめんなさい。お姉さま。お父様とお母様はお酒を飲んでぐっすりねむっていらっしゃいます」
両親がお酒を……? 普段まったくと言っていいほど飲まない両親がこういう日に限って飲酒してくれるなんて。私の運も捨てたものではないらしい。
私は、幸運のカミサマに心の中で感謝を告げて、かいの横を抜けて自分の部屋に戻ることにした。
「そう。じゃあ、おやすみ」
「ま、待ってください! ど、どうしてこんな時間まで?」
うざったい。染みついたいい子ちゃんムーブに辟易する。私は部屋に向かおうとする足を止め、かいに背を向けたまま言い捨てる。
「メッセージ送ったでしょ。迷子を届けてたの」
「こんな時間までかかるなんておかしいではありませんか? 交番に連れて行けばすぐだったのでは?」
面倒くさい。変に鋭くって、頭がいいことにイライラする。私は振り向くことをせず、ギュっとこぶしを握り締める。
「交番じゃなくて家に直接連れてったの。思ったより時間かかったけどそれだけ」
「で、でもお姉さまが見知らぬ子供のためにそんなこと」
「うるっさいなぁ」
気づいた時には心の声が飛び出していた。
目の前にはかいの顔。どうやらわたしは振り向いてかいに言葉をぶつけることにしたらしかった。
「別に、お父さん達寝てるんだから、こんな時まで点数稼ぎしなくてもいいよ。チクったりしないんだから。ていうかチクったって信用なんてしてもらえないだろうし」
「て、点数稼ぎなんてそんな、わたくしはただ、お姉さまが」
「だからそういうのいいって言ってるでしょ。無能な姉のこと見下してるくせに、心配してるフリなんかしないでよ!」
「……ごめんなさい」
「ふーん。謝るんだ」
ぶつけられる感情を全部ぶつけて、自室に戻る。ひとはちゃんはあんなにかわいいのに、どうして妹はこんなにムカつくんだろう。
かいは中学三年生だ。小学生のほうがかわいく見えるのはしょうがないだろう。でも、ちひろちゃんはおそらく中学生ぐらいだが、とってもかわいいと感じる。
答えをだしたくない。考えたくない。
私は濡れる枕に顔を預けて、考えることをやめた。




