第10話 溢れる涙を隠さない
ゆうちゃんが突然戻ってきたことに驚いていると、ひとはちゃんが変身した。ひとはちゃんは自分が子供であることを隠したがっていたけれど、このタイミングでの変身はむしろ……
「元城さん……? いや……もしかして……さっきの女の子も……ひとはちゃん?」
重くて苦しい沈黙がホームの中を漂う。ゆうちゃんにバレてしまった。ひとはちゃんが変身しちゃう前に説明できればよかったんだけど、とっさにいい説明を思いつけなかった。
気まずい沈黙を打ち破ったのは、ゆうちゃんだった。
「ひとはちゃん、まだ子供だったんだね……その、ご家族は……」
「ゆうちゃん!」
「いいの、ダモ。そりゃあ気になるもんね」
ゆうちゃんを咎めるような物言いに、ひとはちゃんは穏やかにつぶやいた。
そりゃあ気になるだろうけど、でも、ひとはちゃんが傷ついてしまう。なんとか、なんとかしないと。
ひとはちゃんを気づかう思いが焦りを生み出し、悪手を打ってしまう。
「そ、そうだ! ボクからゆうちゃんに説明するよ!」
「いいって言ってるでしょ!」
ひとはちゃんの大きな声にたじろいで、なんにも言えなくなってしまう。ゆうちゃんも失敗した、とでも言いたげな表情だ。
耳鳴りが嫌に響いている。
泣きそうな顔を俯かせたまま、ひとはちゃんは言葉を紡いだ。
「私、ひとり暮らしなの」
「ど、どうして」
「両親が死んじゃって」
予想外の言葉にゆうちゃんは目を見開き、絶句する。夏の間はうるさかった生き物たちの声が今だけは恋しい。
ぽろぽろと涙を頬に伝わせながら、さらにひとはちゃんは言葉をつづけた。
「メドモにね、私がちっちゃいころ、おそわれてね、それでね、それで……」
ひとはちゃんの言葉を聞いたゆうちゃんは見開いた目を伏せ、優しいまなざしをひとはちゃんに向けた。
ゆうちゃんは靴を脱いで、部屋の中へあがると、台所まで歩いてひとはちゃんの頭をそっと撫でた。
「ごめんね。辛いこと、思い出させちゃったね」
「うぅ……ひぐっ……うぅ」
静かなホームをすすり泣く声が満たす。悲しみの滴がゆうちゃんの白いブレザーを湿らせる。
「今は、好きなだけ泣いていいから。今までよく頑張ったよね」
「うぇぇぇん……ママ……パパ……うぅ」
ゆうちゃんはひとはちゃんを抱きしめて、頭を撫で続けた。
§
ひとはちゃんを慰めていると泣き疲れて眠ってしまった。《《眠り始めると、ひとはちゃんの変身が解けてしまった》》。おそらく、さっきのこころちゃんとの会話はすべて聞かれていたのだろう。私は、こんな小さな子に何度も嫌な話を聞かせてしまったのだ。
眠っているひとはちゃんを抱っこして、居間まで運んで膝枕する。立ったまま寝かせておくわけにもいかないのでなんとか連れてきたが、けっこうしんどかった。
「その、ごめんね。ゆうちゃん。ゆうちゃんにいろいろ任せちゃって……」
「別に、ダモは悪くないよ。そんなに小さかったらどうせなんにもできないでしょ」
ひとはちゃんのこと、今まで話してくれなかったことを不満に思っていたからか、すこしだけつっけんどんな物言いをしてしまった。
私がすこしだけ不機嫌そうに言ったからか、無力感に打ちひしがれたダモは黙り込んでしまった。
その時私は、両親やかいになんて伝えるべきか悩んでいた。両親に対して電話で伝えるのは嫌だ。どうせ叱られる。ひとはちゃんが寝ているのにそんなことしたくない。すこし考えて、かいに連絡を送った。
「小さい女の子が迷子で困っているので、家に届けてから帰ります。両親にも伝えておいてください、っと」
嘘ではあるが、ひとはちゃんの問題に比べれば些細なことだ。こんな小さな女の子が家族の助けも借りず一人暮らししているなんて、ありえないだろう。
改めてホームの中を見渡してみる。家族で使いそうなテーブルやクローゼットはあるがややこぢんまりとしている感は否めない。キッチンにはたくさん棚があって、ひとはちゃんでは絶対に手が届かないようなところにも収納がある。
「ひとはちゃん、いつもご飯とかどうしてるの……?」
「えっと……なんだかほじょきん? っていうのがあるみたいで、それを使ってお買い物してるみたい」
ひとはちゃんにまともな経済能力があるとは思えなかったが、今までは何とかなっていたらしい。かなり切り詰めた生活をしていたのではないだろうか。
「じゃあ、食べ物はあるんだ」
「うん、そうだと思う」
「ダモ、ひとはちゃんのこと、お願いね。」
私は慎重にひとはちゃんの頭を床に下ろした。クッションやお布団があればよかったんだけど、近くにそれらしいものは見当たらなかった。もしかしたらクローゼットかどこかにしまってあるのかもしれない。
私は立ち上がって、台所へと歩き出す。ひとはちゃんが目を覚ます前に夜ご飯を作ってしまいたい。
「ちょ、ちょっと!? ゆうちゃん? 何する気?」
「なにって……夜ご飯作ってあげようと思って」
ダモの方を見るとダモは怪訝そうな表情を浮かべていた。まるで、私のことを疑っているかのように見つめてきている。
「……ご飯作れるの? ゆうちゃん」
「……今ものすごーくシツレーなこと考えたでしょ」
テーブルの上のダモに一歩近づき、ジト目で見つめ返す。ダモはそんな私の反応をみて、アセアセとはぐらかそうと身振り手振りを始めた。
「いやいや、そんなことないですよ~ボクはゆうちゃんのことを応援してま~すガンバレー」
棒読みがムカつく。ダモのほっぺたを両手でつかんで、もふもふぷにぷにしてやった。
「……私にだって料理くらいできるよ。学校の調理実習ちゃんと受けてるんだから」
台所には、すでに夕飯の材料と思われるものが置いてあった。玉ねぎと人参とジャガイモと豚肉。これは……
「カレーライス?」
材料的にはカレーライスだと思う……けど、カレールーが見当たらない。どこかにしまってあるのかな?
ホームに来たばかりの私よりはダモのほうがホームの事情について明るいと思って、ダモにカレールーのおいてある場所を聞いてみることにした。
「ダモー! カレールーどこにあるかわかるー?」
「カレールー? どこだろう……この棚とか?」
「ないね」
「じゃあこことか?」
「うん、ない」
「上の棚とかじゃない?」
「ひとはちゃんの身長考えてよ」
「たしかに……」
私とダモで次々に棚を物色してみたが、カレールーらしきものはおいていなかった。
う~ん面倒くさいけど、買ってくるしかないか……今月分のお小遣いは残り三千円とちょっと。ひとはちゃんにお菓子も買ってあげてそれから……
「じゃあ、カレールー買ってくるから、お留守番お願いね、ダモ」
「え、ちょちょっと!」
何か言いかけたダモを置き去りにして、近くのコンビニに駆け出して行った。外はもう真っ暗だったが、三日月が夜空で笑っているのが見えた。
まさか、ひとはちゃんが子供だったなんて……
とにかく、なんとかしてご飯作らないと!
それに、私がいない間に、家でなにかあったみたい……?
次回、浮遊嬢は落ちぶれない、第11話!
『家族の時間は続かない』
お楽しみに!
君が気に病む必要なんてないんだから。




