第9話 さみしさなんて感じてない
「二人とも、帰っちゃったね」
さみしいとでも言いたげにダモは振り返った。私は顔をあげてダモにぼやく。
「やっと帰ってくれた」
「……ごめんね、いやな話、聞かせちゃったよね」
「……別に」
一人暮らしとか、妹とか、もう家族がいない私には関係ない話だもん。だから……別に気にしてなんかない。
ぴちゃり。ぴちゃり。今まで気づいていなかったけど、ちょっと前に水を飲んだ時、じゃぐちをしめ切っていなかったらしい。水のしたたる音がやけにひびいている。
「もう、変身解いてもいいんじゃない? 誰もいないんだから」
うながされるままに、けれどもしぶしぶ変身をといて、ただの元城ひとはに戻る。大人になれないままの自分へ。
ぴちゃり。ぴちゃり。
外はすっかり暗くなっていて、まっ黒なまどガラスは私のすがたを写していた。カーテンをしめて見たくないものを見ないことにした。
「ダモっていっつもすぐに変身解かせるよね。私だってもっと大人でいたいのに」
「だって、魔法少女の姿でずっといたら、魔法杖になっちゃうよ」
心配するような声。
変なの。ダモは何人も魔法杖になってるところを見てきたくせに、私たちが魔法杖になることがいやみたい。
「別に、それでいいじゃん。こんな生活送るくらいなら、もうずっと魔法杖の方がマシだよ」
「そんな……」
ダモが悲しそうな顔をする。私がこの話をすると、いっつもダモはそんな顔をする。
ぴちゃり。ぴちゃり。静かになった部屋の中をじゃぐちからしたたる水の音が支配する。
「そろそろ夜ごはん食べないと」
私は台所へ向かって、じゃぐちを泣き止ませた。
ダモは申し訳なさそうな顔をして俯く。とってもきれいで泣きそうな声をするものだから、なんだか私が悪いことをしたような気分になってしまう。
「ごめんね、なんにもできなくて……」
「気にしないでよ。いつものことじゃん」
いつものように、子供の私では少し背が足りない台所で、夜ご飯を準備し始めた。
§
「あ!!」
浮世さんと二人で帰っていると、浮世さんは急に声を上げた。
驚いて、とてもうるさい声の理由を聞いた。
「どうしたの?」
「ヤバイ! またカバン忘れた!」
たしかに、今の浮世さんはカバンを持っていなかった。さっき後ろから声をかけた時は肩からカバンを提げていた気がする。また、なんて言っていたから、前にもカバンを忘れていたことがあるのだろう。なんとも不注意というか、うっかり屋というか。
「あらら、来るときは持ってたから、ホームに忘れちゃったのかな?」
「そうかも! ちょっと急いで持ってくる! 帰ってて!」
ズキリ。胸に痛みが生じる。この痛みの正体を、私は知っている。けれど、痛みの正体を考えないことにして、浮世さんにはこの痛みを悟らせないようにして笑いかけた。
「うん、じゃあね~」
「ばいばい!」
走り去っていく浮世さんの背中を妙に据わった目で見つめていた。浮世さんの背中が見えなくなってから、変身すればよかった、なんて思ったけれど、これ以上傷つきたくないから、変身しなかったのは正解だったのかもしれない。
浮世さんと別れたから、少しだけ考え事をする余裕が生まれてしまった。私の脳裏を昨日の浮世さんの言葉がリフレインしている。
(「じゃあ、中にいる魔法少女は?! みんな、杖になっちゃうかもしれないって、わかっててあんなのと戦ってるの?!」)
浮世さんは、きっととてもいい人だ。ともすれば、友達になれるかもしれない。
「そうおもってたんだけどなぁ」
ジクリ。腕がかゆい。かきむしりたくなる衝動をなんとかこらえ、腕をさすりながら浮世さんのことを思い浮かべる。
(「わ、私の名前は、浮世ゆう。好きなもの、は……空? 嫌いなもの、は……人間……」)
私と似ている。そう思った。
それと同時に、私よりも強い人間だと思った。嫌いなものを隠さず言える彼女は、私なんかよりもよっぽど強い人間だ。
胃の中がむかむかする。ストレスで増えた胃酸がお腹の中で暴れまわっている。
距離を詰めすぎた。あんなに頑張らなければ、こんな思いもしなかったのに。後悔を肯定するような北風が背後から襲い掛かってくる。
「いや、頑張ってもいないのか」
たしかに私から声をかけたけれど。だけどゆうちゃん、なんて呼び方をしたのは、浮世さんが私のことを不注意にもこころちゃん、なんて呼んだからそれに同調しただけだし。
少しだけ、うれしかったな。
私の中を暖かいものが満たす。だんだん寒くなってきて足がとても寒いけれど、この瞬間は暖かい血潮が流れていることを思い出していた。
なんて思い返してみたけれど、今回もきっと失敗だろうな。私を満たしていた暖かいものをため息に乗せてフウッと吐き出した。
「一緒に帰りたかったなぁ」
だれにも聞かれることのない本心を空虚な暗い空へ向けて放つ。こんな、なんにもないものを好きになれるだなんて、彼女は私よりも変わっているかもしれない。いや、好きになれない私が変なのか。
「友達に、なりたかったなぁ」
きっと今回も友達にはなれない。だって、浮世さんに合わせてしまったから。
本当の自分を出せなきゃ、こころの底から友達だとは思えない。面倒くさい人間に生まれてしまったものだ。
嫌い。大嫌いだ。
すっかり暗くなった外を背にして、私は玄関のドアに手をかける。
「ただいまー」
「おかえりー。遅かったわね。晩御飯出来てるからカバン置いて手洗ってきなさーい」
はーいなんて気の抜けた声を返して夕飯を食べる用意をする。といっても、言われた通りカバンを置いて手を洗うだけなのだけれど。
「「「いただきます」」」
今日の晩御飯はミートソーススパゲティ。お肉の香ばしさとトマトの酸味が調和して、とてもおいしい。
味変の粉チーズをかけながら、変なことを考えていた。
友達といっしょにご飯食べたいなぁ。
面倒くさい私には、友達なんて作れっこないのに。
そういえば、浮世さんはあの後ホームに戻ったけど、大丈夫かな。
変身を解いたひとはちゃんとばったり会ってなければいいけど。
まあ、私には関係のないことか。
§
こころちゃんと別れて、私はダッシュでホームに戻っていた。辺りはすっかり暗くなっており、転ばないように気を付けて真っ暗な住宅街を走り抜ける。
途中で飛んでいけばよかったことに気づいたがもう遅い、ホームまであと少しの距離を走りきった。
息も絶え絶え、ホームのドアを開ける。焦りすぎて大きな音を立ててドアを開いてしまった。
「お邪魔します! すみません、カバン忘れちゃったみ……た、いで」
奥に見える台所に立っていたのは、元城さんではなく、小さな女の子だった。黒檀色のセミロングの髪を下ろして、小さな踏み台に乗っている。ピンク色のワンピースに汚れはないので、今から料理する、のだろうか。
「あれ? 元城さんは?」
答えを求めてダモの顔を見る。ダモはびっくりした顔でこちらを見返す。女の子に目を向けると表情が強張っており、ひどく狼狽えた様子だった。
「えーっと……元城さんの娘さん……なのかな? お母さんどこ行っちゃったかわかる?」
女の子と言ってもそこまで小さくはない、小学生くらいだろうか。なので、娘さんではないかもしれない。かといって妹というには年が離れすぎている気がする。元城さんではなく、この子が料理をするのだろうか。そもそも、元城さんはこんな小さな子を置いてどこにいってしまったのだろうか。
私が頭に疑問符を浮かべていると、突然、女の子が履いていたスニーカーが光り輝いた!
光に驚いて目を瞑ってしまったあとで、室内であるのにも関わらず靴を履いていたことに今更ながら気が付いた。
光が無くなった後、台所に立っていたのは、魔法少女になり、橙色のハイヒールを履いた元城さんだった。いや、これは……
「元城さん……? いや……もしかして……さっきの女の子も……ひとはちゃん?」
え?な、なんで浮世さんが……?
と、とりあえずなんとかして誤魔化さないと……
もう10歳になったんだもん。十分大人なんだから。
次回、浮遊嬢は落ちぶれない、第10話。
『溢れる涙を隠さない』
お楽しみに。
あの日、泣いていた。




