26章・現れたエルフの味方−1
この世界に転生してから練習した魔法は多くない。
多様な攻撃手段を持つ事は簡単に対策されないために重要だが、魔力の強さから考えると一つの魔法を基本にして発動速度と威力を求めた方が早く戦力になれるという井上凛太の提案だった。
井上の提案を聞き入れた者は確実に、そしてかなりのハイペースで戦闘能力を向上させ、パーティーを組めば王国騎士団のトップとも渡り合えるほどの力を身に付け、中でも上位層の者で組んだパーティーには騎士団ですら無策では太刀打ちできないほどに成長した。
中でも井上の助言を最初から取り入れた一人である山口はクラス内でも随一の攻撃力を手に入れた。
そんな彼女の『溜め』による魔力の膨張は経験の浅いエルフの戦士が恐怖を感じるほどに達していた。
その異変を見逃す訳もなくエルフ達は火力を集中させたが遅かった。
井上の周囲に多数の火球が出現する。
「バーストォ!」
引き金を引く動作は本来不要だが、魔法発動の意識を明確にして発動を容易にする井上の案である。
山口が引き金を絞るのと同時に、エルフ達が潜む森に向かって火球が一直線の光となって襲いかかった。
山口を止められるほどの攻撃を溜める時間はエルフ達にはなかった。
一極集中での訓練と、井上がラノベから引用した工夫は確かに効果があったのだ。
エルフ達は森の木が傷つくであろう数秒先の未来に歯噛みしながら、誰の指示もなくとも回避行動をとっていた。
それでも何人かは悔しさから動きが鈍る中、エルフの全員が周囲の魔力が変化したことに気づいた。
その変化を感じられなかった山口達はエルフ達以上に目の前で起きた不可思議な現実を理解できなかった。
山口がほぼ全力を投じたはずの魔法は何もないはずの空気中で急速に減衰し始め、細り、目標地点に届くまでもなく消滅してしまったのだ。
クラスの中では目立たないグループだったのに強力な魔法を身につけて態度が大きくなり、目に見えて中村に擦り寄っていた山口をよく思わない者は多かったが、彼女の魔法まで疑っている者はいなかった。
彼女の魔法が何らかの形で消されたことが信じられず、発動をやめたのかと考えて山口に視線を向ける者もいたが、本人の驚愕した表情がその疑いを否定している。
「な、なに?私の魔法が、消された?」
その言葉と同時に魔力を使い果たした体から力が抜けて膝から崩れ落ち、隣にいた女子が身体を支え、ゆっくりと座らせた。
そして、違和感を感じた者が出始める。
「攻撃が、来ない?」
山口の魔法が消えたことに驚いて攻撃の手が止まった自分達は当然だが、エルフからの魔法がないのは明らかに不自然に思えた。
山口の魔法が何らかの方法で防がれたとして、先程まで魔法の飛び交っていた戦場から双方の攻撃が消えるのは明らかに不自然なのだ。
疑問を抱いた何人かが森の方を注意深く見つめ、不自然な人影に気づいた誰かの呟きが響く。
「あいつ、エルフとは違う……。人間?」
明らかに服装は人間寄りなのだが、放たれた魔法が消えるという理解できない現象を目の当たりにした直後ではその常識をそのまま信じることはできなかった。
そして問題は山口の魔法を消し去ったのもその人間の可能性が高いことだ。
新たな理解できない魔法を使う敵が現れたということであり、仲間内では最強格の山口が力を使い果たしたであろう今、それは危険な可能性だった。
この戦いを始めた山口がダウンした今、はっきりと継戦する意思は誰にもなかった。
停戦するならば、結果がどうあれはっきりとその意思を表示しなければならないと思う王国兵士もいたが口出しすることを迷い、こちらも誰も声を上げなかった。
何の前触れもなく訪れた戦場の静寂を破ったのは男の声だった。
「初めまして。私の名前はムゥという。君達の言う魔人の一人だ。」
短い自己紹介で、エルフ達に動揺が走った。
アルセリア王国から大森林を隔てて南側にある土地には半島があり、魔族と分類される種族が住んでいる。
人間と魔王軍との戦いと言えば、この半島で生まれた魔王との戦いなのである。
そして魔王が率いる魔族の中で最強と言われるのがムゥが名乗った魔人であり、その恐怖は魔王軍との戦いを知らない世代のアルセリア王国民ですらも震え上がるほどに浸透している。
エルフ達ほど動揺した様子を見せない勇者達に王国兵士は心強さを感じたが、彼らの落ち着きは世界の常識を学ぶために王国が必要な知識を植え付けようと用意した座学が短すぎたことに起因している、むしろ危険な状態であることに誰も気づいていなかった。
「魔王が生まれたのかを確認したいと問われて来たのだが、まさか既に侵攻が始まっているとはな。だが、よりによって無関係なエルフに矛を向けるとは。エルフと敵対した魔王もいなかったわけではないが、清廉潔白を自称する勇者がこのような暴挙に出るのは意外だな。」
途中からは独り言を呟くようだったが、ムゥの声は戦場全体に響き、全員の耳に届いていた。
歩を進めながら言葉が続けられる。
「魔人としての答えだ。魔王は生まれていない。」
興味が抑揚のない声だったが、さらに続けた言葉には確固たる意志が込められていた。
「だが、お前達の行動からは我々を害そうという意図が明らかだ。野放しにするわけにはいかん。」
自分達の相手が、エルフから魔人へと変わった事を全員が悟った。




