25章・崩れ始めた勇者の盾−1
攻勢に転じる案が一つも出ないまま苛立ちが募るだけの山口達だったが、彼女達の望まない形で状況は変化した。
前面に出ていた盾使いの一人、渡辺が叫び声を上げて構えていた大楯を取り落としたのだ。
重量のある盾はすぐに倒れる事はなかったが、しっかりと抑える主人を失ったままで立ち続けるはずがない。
続く攻撃で防御が剥がされ、渡辺に魔法攻撃が直撃した。
一撃で戦闘不能に追い込まれることがなかったのは身体強化を受け、装備もしっかりと着けていた上に訓練で痛みへの耐性がつきつつあった事も要因である。
だが、今回は訓練ではない。
崩れたと判断するや否や、確実に戦闘不能に陥れるべく追撃が撃ち込まれる。
止まった相手を狙い撃つなどエルフ達には容易い事だった。
渡辺に直撃した魔法が炸裂し、その身体ごと吹き飛ばす。
一撃目の衝撃で肺の空気を叩き出された渡辺は今度は叫び声すら上げられない。
渡辺の身体は子供が力任せに放り投げた人形のように宙を舞う。
クラスメイトの山口達の目にはその姿がスローモーションのように見えた。
誰もが呆けて動けないその状況からいち早く危険を察した者が一人、慌てて山口の盾に手を伸ばした。
エルフが追撃を止めるはずもなく、それを防ぐには扱い慣れていない盾でも不可欠だと判断したからだ。
盾に飛びつき、構えようとしたところで渡辺と同様に慌てて盾から手を離した。
「あっつい!」
盾から手を離すと迫り来る魔法に気づいて慌ててその場から飛び退き、下がって難を逃れた。
それを見て他の盾使いも自身の危機に気づいた。
魔法の衝撃は防げていても、受け止めた炎魔法の熱までは完璧に防ぎきれていないのだ。
魔法を受ける際、盾使い達は自ら防御魔法を使うなり、盾に付与された術式に魔力を込めて発動するなりの方法で無効化するのが通常である。
それで「完全に」魔法を無力化できれば魔法は完全に霧散し一切の影響を及ぼすことはない。
だが、そこまで完璧に効果を消し去ることは稀である。
不可能ではないが、相当な熟練者が特定の相手、魔法まで絞り込んだ場合など条件がかなり限られるのだ。
不特定多数の相手からの攻撃に備える盾使いがそれを実行する可能性は極めて低い。
そして完全に無効化されなかった魔法は確実に盾に届き、その効果を発揮していく。
エルフ達が攻撃の中心として選択した火属性の魔法は着実に盾に熱を蓄えたのだった。
同行していた王国兵が渡辺の手当てをはじめ、一部のクラスメイトが治癒魔法を使ったが、すぐに戦線に復帰するのは絶望的だった。
自らの置かれた状況に気づいた者達から一気に動揺が広がり、逃げようと声を上げる者まで出始めたが、山口は頑なに退こうとしなかった。
正確には一度は退くことも考えた。
だがすぐに、決裂した以上は森を通る許可すら失われる可能性が高い事に気がついたのだ。
怪我人を出すまで戦った以上、何らかの成果を掴むまで退きたくないというのが山口の本音だった。
奥歯を噛み締めて魔法を放つ山口だったが、迷いの生じたクラスメイト達の魔法は目に見えて威力が下がり始めている。
対して敵からの攻撃は止むことがなく、最も優秀な盾使いの渡辺を失った事で他の盾使いの負担が急激に増え、渡辺と同じ結末を迎えるのは遠く無い未来だった。
(止めないと……。やるしかない!)
山口は反撃の手を休め、十秒近くを魔法の準備に費やした。




