20章・会話にならないクラスメイト−1
たった一つのやり取りでクレイのブライドは二つの傷を負わされた。
一つは勿論、ただの入れ替わりに気づかなかった自身の無能さを突き付けられたこと。
もう一つは優勢と思い問いかけた相手が余裕を持って応じたことで形勢判断が見当違いであったことが証明されたからだ。
「舐めおって!」
一段と力の籠るクレイだったが、同時に攻撃が単調になる。
戦闘経験豊富な魔人がその好機を逃すはずもなく、懐に入り込まれたクレイは放り投げられ、闘技場の壁に叩きつけられた。
衝撃の強さは衝突音の大きさが物語る。
「難しいの。結局力任せになってしまうわい。」
飄々と語るが、その体躯は平均的な女性程度である。
長谷川の身体強化込みのクレイが軽々と投げ飛ばされた事実に驚愕した伊藤はすぐには動けなかった。
向き直ったクレアから、
「次はお主じゃ。動かぬなら今度は我から行くからの。」
と言われてようやく気がついた。
前衛で残るのは自分一人なのだ。
思わず振り返ったが、山田も村上もまだ長谷川の治療を受けているらしく、宗絃は黙って腕を組みこちらを見つめていた。
立っているだけなのに呼吸が荒くなっていき、何も策が浮かばない。
(攻めるべきか?守るべきか?クレイさんでもあんなに簡単にやられた相手と俺が戦うのか?)
思考を巡らせる間にクレアは目の前に迫っていた。
慌てて構えた剣で軌道は逸れたが大きな衝撃が走り両手が痺れる。
(重い……。いや、これは身体強化が弱まってる……?)
すぐさま自分でも身体強化を発動し距離を取る。
追撃に出ようとしたクレアは後方からの土魔法の援護で阻まれた。
池田のガトリングに加えて地面から隆起して獣の顎が噛み付くような攻撃は由里のものだろう。
大きくジャンプしてどちらも回避したクレアには笑みが浮かんでおり、あれほどの攻撃でも余裕があることが伺える。
荒い息を整えられないまま五人のところまで下がった伊藤に同じく荒い息で、
「ごめん……。もう、魔力が残ってない。」
と伝えたのは長谷川だった。
「分かった。少しでも休んで。」
と何でもないように返した伊藤だったが内心は絶望感に満ちていた。
まともに一撃も与えられないままクレイは戦闘不能に陥り、突然現れた宗絃も想定外の戦闘力を見せ、打開策が一切見えない状況で回復手段を失ったのだ。
戦うのは得策ではないと逃げるか、和解の策を模索する伊藤をよそに、伊藤達に脅威を感じなくなったと言わんばかりの宗絃とクレアは会話を始めた。
「満足したか?」
「せぬが、これ以上は何もなさそうじゃの。」
クレアはつまらなそうに答えながら、宗絃と同等の成長見込みがあるならば逃げても追わないでおこうかと思案して六人を眺めた。
「お前、何やってるのか分かってるのかよ?俺達は勇者なんだぞ?この世界の魔王を倒すために喚ばれたんだ!お前のせいで世界が魔王に支配されるかもしれないんだぞ?」
横入りして叫んだのは村上である。
宗絃は特に抑揚のない声で答えた。
「魔王って誰だ?どこにいる?」
「知らねえよ!だから魔王の操ってるゼルファード帝国の皇帝を倒すんだろ?」
大声で喚く村上に答えたのはクレアだった。
「はて?今の魔王は目醒めておらぬはずじゃが?」
村上は変わらない態度で噛み付く。
「魔王がいるから俺達が召喚されたんだろ。」
答えるクレアの態度にも変化は見られない。
「魔王は全ての魔族に対する命令権を持つからのう。会ったことすらなくても、目醒めれば魔族には分かるのじゃ。」
「じゃあ、これから……。」
「帝国を操ってるんじゃないのかよ?」
ため息のような宗絃の言葉に遮られた村上はそれ以上続けなかったが、話題を変えた。
「お前、神様の話聞いただろ。勇者としてこの世界で生きろって。」
「聞いてないな。俺が見たのはお前らが転送させられる直前からだから。それと、その神様だけど、神様達のルールを破った転生をさせた罰で他の神様みたいな人に消されてたぞ。」
村上からの反応がなんとなく予想できた宗絃は面倒臭さを隠しきれない態度で答えた。
「適当な嘘つくなよ。王様だって勇者として俺たちを召喚したって言ってたんだぞ。」
「勇者と魔王は対なんだ。魔王が目醒めた時、勇者も現れる。召喚なんか必要ないんだよ。勇者の伝記知ってるか?帝国で召喚なんて話見たことも聞いたこともないぞ?」
「クラスメイトじゃなくて帝国を信じるのかよ?」
今度は言葉ではなく、ただのため息が先に出た。
「適当な事言って文化祭の雑用係押し付けるようなクラスメイトと、少なくとも一度も俺の事を騙してない帝国の人間なら、俺は帝国を信じる。」
当然の話だと思っている宗絃の顔に浮かんだ呆れ顔に気付かない村上は喚くのをやめない。
「今更そんな事でゴネてんじゃねぇよ。」
どう伝えれば、彼の話が信じるのに値しないから信じないのだ、信憑性が高い情報を信じるだけだと伝わるのだろうか。
思案する宗絃だったが、横からかけられた、
「お主、まだ話さねばならぬ事があるか?」
という問いに、
「ない。」
という答えが自然と出た。
答えて初めて村上達を説得する必要も、理解してもらう理由もない事を認識した。
きっと無意識下では答だったのだろう。
それが口をついて出たのだ。
一度言葉にしてしまえば、自身でも驚くほどすんなりと受け入れられた。
少なくとも村上からはこちらの言葉を聞く意思は感じられないし、そんな相手に会話を成立させるのは無理だと前の世界で不良相手に学んだはずだった。
一歩踏み出したクレアの目に感情はない。
ただ、相手にとどめを刺すだけの作業。
山田達は相手を殺すのだと息巻いていた馬車のを思い出してその差を思い知り、恐怖に震えた。
咆哮を上げるモンスターと対峙した時とは異質なソレを肌に感じた時、動けなくなるか、自我を失って暴れるかは人による。
パーティーの中では村上と池田が動くタイプだった。
「お前が死ねェェェ!」
全身から放電しながら宗絃に向かって突き出された拳は村上を置いて宙を待った。
側面に回り込んで危うげもなく回避した宗絃が振り上げた水鏡が肘から先を切り飛ばしたのだ。
自力での身体強化は長谷川による身体強化に及ばず、長谷川の強化で勝てなかった宗絃に届くはずもなかった。
突然浴びせられたなら効く魔法も、自身も電撃を使う訓練をした宗絃には意外性がなく当然のように防がれた。
次に横一文字に振り抜かれた水鏡は村上の首を切り落とした。
切断面は凍りつき、血液が噴き出ることはなかった。




