17章・「敵」認定−1
誰も言葉を発さない中、宗絃は観客席を数度のジャンプで降りきると、最後は一際長い距離を一跳びでクレアのそばへと降り立った。
「ありがと。」
そう言うと帯びていた剣とマントをクレアに渡し、代わりに兜割と自分のマントを受け取った。
「うむ。我も楽しめた。良しとしよう。時にソウシ。お主をカンダ、カンダと呼ぶ者がおるのじゃがどういう事じゃ?」
「神田は家名ってやつだな。……って俺を?どこにいるんだ?」
この世界で神田という名字を知っている者がいただろうかと宗絃は首を傾げる宗絃にクレアは無言で山田達を指し示す。
そうしてようやく宗絃は山田達に気がついた。
壁を二枚出したのはただ戦いを楽しむクレアを止めたかったからに過ぎない。
「そうか……。」
と呟いた宗絃の表情には複雑な表情が浮かぶ。
「お主、王国に知り合いがおったのか?」
「ああ。いたみたいだな。」
他人事のような言い方に不思議そうな顔をしたクレアだったが、彼女よりも先に宗絃に声がかけられた。
「神田君!本当に神田君よね?」
「はい。お久しぶりです、先生。」
「神田!お前、なんで帝国なんかと仲良くしてんだよ!お前も勇者じゃねぇのかよ!」
胸を撫で下ろす由里の横から村上が大声を上げるが、宗絃は由里に対するものよりも少し冷たい声で返す。
「言ってることの意味が分からん。」
「はぁ?頭悪すぎだろ、お前!オレ達勇者は魔王を倒すために呼ばれたんだろ!」
反応が薄いと感じた伊藤が村上を手で制した。
「待て。神田は何も知らないはずだろ。俺達とは違う場所に転生させられたんだし、何も話を聞いてないんだから。」
「そうか。それなら話せば分かるかも。」
山田も伊藤の話に納得すると村上は舌打ちして、
「好きにしろ。」
と吐き捨てるように言った。
「クレイさんもいいですね?」
と伊藤が聞くと明らかに不服そうな顔で、
「説得ができるなら。だが、逃げた理由は後できっちり話してもらう。」
と答えた。
それを聞いた山田は笑顔を浮かべて神田に向かって声を張り上げる。
「神田君、僕達の話を聞いて。この世界を守るために、一緒に帝国や魔王と戦って欲しいんだ!」
山田も転校生の噂を聞いた当初はどんなに恐ろしい人間が来るのかと怯える一人だった。
幸い陰湿ないじめなどもなく、華々しくはなくともオタク仲間と教室の隅で楽しく過ごせる学生生活が終わってしまうのではないか、と。
だが転校してきた本人に気性の荒さは全く見られず、むしろ村上達に文化祭の雑用係を押し付けられる姿には同情すら覚えていた。
気の毒に思った山田が何度か手を貸した時には素直に感謝されたし、村上よりも遥かに話しかけやすいと思っていた。
入れ替わりで村上が転校していなくなれば彼が神田に嘘を吐いて雑務を押し付ける場面を見て気を悪くすることもなかったのにと願うどころか、村上とパーティーを組むことになった時にも入れ替わりで神田が来てくれないかと夢想したほどだ。
(今のパーティーが変更されて村上君と別になれるかも……。)
僅かな期待を持って山田は声を上げていた。
少なくともここでの戦いは彼の中では終わっていたのだが、
「それは無理だ。」
という短い答えが返され、一度緩んだ場の空気は再び張り詰めた。
その空気をあえて無視した宗絃は言葉を続ける。
「俺達はこの世界の人間じゃないだろ。普通に生きる分には問題ないけど、全体に関わるような問題に首を突っ込むべきじゃない。俺は冒険者やりながらひっそり生きるよ。」
闘技場は一瞬静寂に包まれたが、
「なんじゃ。我にはあれほど積極的じゃったのに。」
という魔人の一言に破られた。
「何だよ。お前も楽しくやってるんじゃねぇか。クレイさん、魔人って魔族ですよね?じゃあ、仲良くしてる神田も敵だし殺していいですよね?」
「む、村上君、もうちょっと話を……。」
「うるせぇ!」
怒鳴られた山田は黙り込み、クレイは村上の意見を推した。
「ああ。理由は知らんが、彼が王国に味方しない以上は敵と見做すしかない。」
それを聞いて村上は嬉々として構え、他のパーティーメンバーも続いた。
再び戦闘態勢に入るのを見た宗絃は一気に疲労感を覚えたが、ドラゴンの話を聞いて牢に戻ってみれば入れ替わっていたクレアが処刑のために連れ出されたことを知り、慌てて追いかけたことが原因ではない。どれだけ距離が離れても兜割の存在は魔力探知でおおよその方角程度は分かるからだ。
ニヤニヤと笑顔を浮かべるクレアを見れば誤解を生む言い回しが、戦闘の継続を望んだからであることは確実だ。
そして山田達の標的には宗絃も含まれているのが最大の問題だ。
「ロクなもんじゃねぇ。」
彼らの相手をクレアに丸投げすれば喜ばれるだろうが、結果は生還できれば御の字というところだろう。宗絃の魔力探知ではクレイを超える魔力は感じられない。
「逃げないか?」
「人前で駆け落ちの相談などしてくるでない!」
「違うだろ!」
更にニヤつくクレアから反省の色は見られず、状況は彼女の望む通りに転がっていく。
「ソウシ、貴様が勇者であればこれまでの事を許しても良かったが、王国に仇なす存在と分かった以上は敵と見做す。」
戦闘狂のクレアと同レベルで戦いを仕掛けてくるクレイに宗絃は頭を抱えた。
「生死は問わない。最後に息があれば捕える程度に考えろ。」
クレイの言葉と全員が退く素振りを見せない事で宗絃も方針を固めた。
「クレア、クレイ以外は俺が相手をしてもいいか?」
「できぬ相談じゃ。知人の死が嫌なら我と戦って止めるがよい。」
「いや。自分達から手を出したなら死んでも仕方ない。俺も殺す覚悟はあるつもりだ。」
「ほう……。では心配なのは……。」
クレアはイタズラっぽいものではなく、何か嬉しそうな笑みを浮かべて宗絃の顔を覗き込んだ。
「?」
「魔族特攻とやらも大したことはなかったぞ?」
「……!分かってたのか?」
「魔力を通された盾に触れた時に少々、の。お主程のものではなかったわ。アレがあればもっと楽しめたかもしれんがの。じゃから、心配するな。成長したお主との再戦もあるからの、負けはせん。」
「いや、再戦は無いから。」
呆れた顔で突き放し、宗絃は水鏡を発動した。
クレアが見せたものとは違い不可視のものではない。
透き通ってはいるがクレイが見たものよりも明確に青い、クレアとの戦いで見せたものだった。
「ほう?やる気じゃの?」
「二度と手出ししたくなくなるぐらい叩きのめす。諦めないなら、殺す。」
おもむろに感情が消えていく宗絃の声に今までとの違いを感じ取ったクレアは、
「後で詳しく聞かせてもらおうかの。」
と呟いて剣を抜いた。
「先程はムラカミ達に関わるなと言いながら、どういう心変わりか知らないが今回も生きて帰れると思うなよ?」
「首を突っ込むなって言っただけだ。ふりかかる火の粉は払うだろ。」
その声に怒気をはらみ続けていたクレイだが、この言葉には堪えきれず感情を露わにした。
「いつまでも舐めおって!」
その勢いには宗絃も気圧されたような言葉をこぼした。
「おわ?急にキレたな。」
「クックック。火属性使いを『火の粉』呼ばわりとは。お主の属性は油のようじゃの。」
「ああ、そういうことか。」
いつまでも緊張感を感じない二人のやり取りを続ける二人に盾を構えた山田が急速に迫った。




