16章・クレイの屈辱−1
そうして攻めているはずのクレイの表情に驚きが浮かんだのは、いつの間に顔相手の手に兜割が握られていることに気付いたからだった。
注意を呼びかける間もなく、回避行動に移る。
近接戦闘の中でも優雅さを失わないという矜持を持つクレイにとっては屈辱的な動きだった。
山田達も気付いて伏せたが、剣の切先ははるか上、観客席の方を通った。
本体を延長して刃を作り出す魔法の性質上、山田達には当たるはずもなかったが闘技場には短い叫び声が響いた。
戦闘中に敵から目を逸らして背後を見る事などできなかったが、クレイには国王が伏兵を忍ばせたのだろうと予想がつき、それは正しかった。
そして誰一人気付いていなかったが、その伏兵を斬るための一閃は無駄な破壊をしていない。
つまりは必要な刃の延伸を最小限にとどめられるほどに精度が上がっており、それは戦闘中にも大きな進歩を遂げている事実を表していた。
クレイが再び距離を取ると、山田達も再度連携を取りやすくするために集まっていた。
村上の手は既に長谷川の治癒魔法で完治しているが、籠手は見事にひしゃげており、それを見た伊藤の顔には不安が浮かんだ。
「井上の籠手でもそれかよ。足の時は手加減してたってことか?」
比べて村上の目には相変わらずの闘志が宿っている。
「加減する余裕がなくなったって事だろ。クレイさんが入って剣も使わせたしな。見えないのは厄介だけど。」
その言葉にクレイが答えた。
「あの刃の魔法は危険だが、切先の方向にさえ気をつければ対応できるはずだ。以前見た時はあれほど見えないものではなかったが、水の透明度が上がっている……?」
後半は独り言に近かったが、クレイの思考には無かった見解を伊藤が出した。
「水より空気に近いと思いましたけど?」
「空気?風属性か?複数属性を?」
知識のあるクレイだからこそ考慮しない可能性だった。
村上からは当然のように、
「こっちにも何人かいますよ?」
と付け足されてクレイも納得した。
「確かに、勇者であれば不思議ではなかったか。」
その会話に静観していた由里が、
「じゃあ、やはり神田君の可能性が高いという事ですか?」
と割り込み、クレイも、
「そうなるでしょう。」
と答えた。
さらに落胆するのだろうとクレイは思ったが、由里は逆に一歩前に出た。
「私も手伝います。ですが、彼を抑えて対話をするのが目的です。防御はしても、攻撃には参加しません。」
(甘さは変わらずか。)
とクレイは思ったが、今、彼女の援護ほど助けになるものがないのも事実だった。
村上も右拳を左手の掌にぶつけてやる気を表す。
パーティー全員の士気が上がったのを見届け、
「では七人で、行きましょうか。」
とクレイは告げた。
次の切り込みはクレイの魔法攻撃からだった。
巨大な火球を作り上げて放つと、池田も合わせてガトリングを発射する。
山田でも正面からは受け止め難い。
逸る気持ちを抑えながら前衛の三人は前進の姿勢をとる。
後ろから追いかけても震えてしまいそうな程に破壊力を感じる魔法。
それは敵への距離を半分も進むことなく、消えた。
山田達が圧巻と称する他にない攻撃魔法は、いとも容易く不可視の壁に阻まれたのだ。
誰も認識できなかったその壁の存在を証明するのは消えていくクレイと池田の攻撃魔法である。
特にクレイの炎は衝突した部分から広がり、その境界を明確にした。
起きた事象は見えているのに理解できずに固まる面々の中、村上だけが飛び出し、咆哮を上げながら壁があると思しき場所に拳を叩き付けた。
村上の目測は正確だったが、クレイ達の魔法と同様に壁を壊す事はできなかった。
「ここに来て、魔法戦……?」
伊藤の言葉からは不安が色濃く感じられる。
直前の攻防であれほど迫れた要因が緩急で動揺を誘えたことならば、自分達が突然の魔法攻めに乱され、崩れることも必然だと理解できているからだ。
こちらに向かって一歩踏み出した標的に最も恐怖を覚えたのは伊藤だった。
だが踏み出されたのは一歩だけだった。
再び兜割を腰紐に差して空いた両手の内、左手を正面に出すと透明な壁に触れる。
その光景に七人全員が違和感を覚えたが、それを無視するように全力で壁を殴りつけた。
衝撃音と共に壁にはヒビが入ってようやく、それは二枚存在している事に気がついた。
二発目の拳で壁全体にヒビが広がり、その大きさが把握できた。
三発目で完全に破砕され、その欠片は光を反射して宙を舞い、地面に達する事なく空気中に消えていく。
クレイと池田の魔法、村上の拳でも傷一つつけられなかった防壁を拳三発で砕いたのも衝撃だったが、
「何で自分で?」
と呟いた山田の疑問も全員が同時に思い浮かべていた。
そんな彼らをよそに俯き加減だった姿勢が真っ直ぐになり、僅かに見えた口元がニヤリと笑い、初めて声を発した。
「早い帰りじゃったのう!」
違う可能性を口にしながらも、フードの下に宗絃を想定していた山田達には想定外の女の声だった。
反応できたのは情報のあるクレイだけである。
「貴様、クレアッ!」
味方と分かっていても山田達はビクリと身体が震えたほどの怒号にも落ち着き払って外されたフードの下には間違いなく、山田達が全く知らず、クレイの記憶に刻まれた魔人クレアの整った顔があった。
「入れ替わっていたのか?いつからだ⁉︎」
睨みつけるクレイには目もくれないクレアが見上げた客席の出入り口には完全には状況を飲み込めず、少し困った顔で頭をかく宗絃の姿があった。




