11章・勇者の任務−1
そこは最奥の牢である。
諸国会議に出席した公爵が連れ帰ってきた重要参考人が一人、収容されている。
環境こそただの牢だが、悪くはない布団と食事が提供され、武器も没収されていない。
「やっぱりそれなりの立場なんじゃないか?」
「ただの冒険者としか聞かされてないけどな。」
看守の男達は何度目とも分からない、答えが出るはずもない問答を繰り返していた。
牢の中の人物はいつ巡回に行ってもベッドの上でおかしな形状の武器を膝に乗せて俯いている。
フードを深く被って顔すら見せないが、出された食事は綺麗に食べるため体力の衰えはあまりないようである。
この扱いが精神的な弱体化を狙ったものであることを知っている看守達だったが、それが全く効いていないらしい重要参考人に気味の悪さを覚えていた。
自分であれば寝床と食事がしっかりしていてもあんな生活には三日ともたないと思いながら巡回し、変わりがないことを見届けて帰ってくるのだった。
その冒険者を幽閉してから1週間以上経ってもその処遇は決められなかった。
国王はクレイの想定以上に勇者の喧伝に力を注いでおり、国内では辺境でもその噂が聞かれるほどに広がっている。
王がそこに注力する価値を見出せるほどに勇者達の成長は目覚ましく、クレイが手ほどきをした時よりもはるかに強くなっているらしい。
エリシア亡命の件を聞いて取り乱したものの、彼らの更なる成長のための施策を止めなかったほどには執心している。
そして当人達も本気で帝国とも戦える力になっているのでは、とクレイも思えるほどに目覚ましい飛躍を遂げていた。
帝国の打倒は国王の夢想に過ぎないとはもう言えない。
そう感じたクレイは国王へ、勇者達と連れてきた重要参考人を戦わせる事を進言したのだった。
「い、いけません!人殺しなんて!」
元クラス担任の由里は全力でその命令に逆らっていた。
断固拒否の姿勢を崩さないその態度に命令を伝えた騎士団員も困惑の表情を隠せなくなっている。
「ですがユリ様、今後帝国と戦うことになった際、とどめを躊躇うことで危険に晒されるのは皆様です。その優しさは理解できますが、皆様のために経験を積んでいただくべきだという国王様や公爵様のお気持ちも理解いただきたい。」
「それは……。ですが……。」
断る言葉を探す由里に生徒側から声が上がった。
「先生、俺はやるべきだと思う。」
思いがけない反発に由里は驚いた。
「先生も聞いたでしょ?任務に行く途中、山賊とかにも襲わた奴らもいるんですよ?わざわざ練習の機会を作って貰ってるなら、俺はやってみたい。」
声を上げた村上は空手部だった。
部内で強いわけでも大会で良い成績を収めていたわけでもなかったが、練習は真面目に参加する性格で、転生してからも訓練にしっかりと参加していた。
戦闘時は軽くて硬い、魔法で作られた小手を着け、空手部らしく格闘戦を用いたスタイルで早くから戦力として認められた内の一人である。
元から殴り合いに慣れていたのもあるせいか、戦闘でも積極的に前線に参加して騎士団員達から褒められていた。
モンスターを倒してきた経験からか、今回の件でも自信があるようだ。
「というか、やっとかなきゃ。急に言われても多分できないし、王様達が言うようにこれから帝国と戦うなら絶対人間も相手にするんだし。」
国王曰く、魔王はゼルファード帝国という巨大な国を皇帝として支配しており、その魔王を倒すために勇者達が召喚されたのだ。
戦争に参加するなど遠い国の話だと思っていたが、この状況では戦わざるを得ない。
そして帝国を打倒し、魔王を滅ぼさなければ王国に平和は来ないのだ。
その過程では生身の人間と戦わなければならない事は生徒たちにも容易に想像できた。
黙った由里に団員は追い打ちをかけた。
「それに、魔族の中には魔人と呼ばれる人間と同じ外見の種族もいます。エルフ以上に魔法と戦闘に長けていながら、不滅に近い肉体を持つそうです。そんな相手と戦うのに、人間一人を殺すのに戸惑われては皆様の命の方が危険です。」
それ以上反論することのなかった由里に気を遣いながらも、団員は村上がいつも組んでいるパーティーをこの任務を託すことにした。
「その帝国の参考人を倒せばいいってことですよね?」
村上の確認を団員は肯定した。
「ええ。帝国が要人警護に使う者の戦力がどの程度なのかも認識していただければと思います。クレイ殿でも手痛い反撃を受けたそうですからお気をつけ下さい。」
「あの人でも、か。油断しなきゃ大丈夫だと思うけどな。人は殴れるし、身体強化があれぼ思いっきり殴れば耐えられないだろ。俺で…四人目か?」
村上がクラスメイトに目をやると何人かが頷く。
任務中、賊に襲われたことのある者達のうち何人かは戦闘中に相手の命を絶っていた。
「クラス内では五人目だろ。一人目がいないけど。」
同じ空手部の加藤の声に村上はニヤリと笑みを浮かべた。
「そうだったな。来る前はどんなヤバいやつが来るのかと思ってたけど、いい奴だったよ。文化祭の雑用係も断らずにやるしよ。」
「当番制なのをお前が騙しただけだろ。」
加藤の言葉で村上は声を上げて笑った。
「仕方ねぇじゃん。他は決まってるし、何か作るしかなかったんだからよ。」
「だからって雑用全部押し付けることないだろ。ま、断らなかったからいいんだけど。」
ゲラゲラと笑う生徒達に黙っていた由里が再び声を上げた。
「どういうこと?」
笑いながらも加藤が、
「神田でしょ。喧嘩で相手殺したから引っ越してきたって、皆知ってますよ。」
と答えた。
生徒達を見回した由里と目が合った者はほとんどが目を逸らし、その反応から事実を察した由里は大きなため息をついた。
今更隠したところで何の意味もない。
ここは個人情報など関係のない世界で、そもそも神田宗絃本人がいないのだ。
「その話は間違ってるわ。」
少し声色の変わった由里の言葉に場は静まり返った。
「彼が急に引っ越してきたのは、ご両親の仕事の都合よ。お二人ともずっと海外にいらっしゃったんだけど、転勤が決まって帰って来られる事になったの。小学校の三年から四年間は親族の家で、中学校の三年間は一人暮らしだったそうよ。これからやっとご両親と暮らせるはずだったの。」
「じゃあ喧嘩の話は?ガセ?」
ほとんどの生徒が俯く中、村上をはじめとした数名にとってはそちらの話の方が重要だったらしい。
「その話は本当。」
誤情報だと思い込んでいた何人かは驚きの声を上げた。
「でも、正当防衛として認められてるわ。女性が集団暴行を受けそうになっているところに止めに入った結果なの。致命傷になったナイフも相手が持ち出したようだし、彼自身も入院するほど大きい怪我をしてた。今でも後遺症で肩より上に手を上げた時にほとんど力が入らないそうよ。」
意気消沈した生徒達に向けて、由里は言葉を続けた。
「興味を引かれるのは分かるけど、面白半分で人の過去を暴こうとしているのを見ると、私は辛いわ。それが、知っている人なら特に。」
文化祭で雑用係を押し付けられた事を知った由里は宗絃に話を聞いた。彼女の立場からそれを止めさせる事もできたからだ。
しかし宗絃は、できる範囲の手伝いが出来るなら構わないと彼女の申し出を断った。
「他の作業よりは役に立てそうなんで。」
彼の言葉を思い出すとため息が出た。
看板設営などのことを考えているのは分かったが、限られた作業でしかない。
雑多な事に細々と時間を使われることを考えれば明らかに雑用係の方が作業量が多く、それを押し付けられただけの事を本人も気づいていたにも関わらず彼はそう言ったのだ。
そのおかげでクラスの半数は何もしなくていい時間が生まれていたし、村上もその一人だった。
それに罪悪感を覚えないまま大人になる事には不安を感じたが、力を持ち、この世界での価値を自覚した彼らに由里の言葉はもう届かなくなっていると彼女は察していた。
今も村上達は目を逸らし、不服そうな顔でこの時間が過ぎるのをただ待っているようだ。
出来ればその態度を顧みて欲しかったが、残念な事に騎士団員が国王から与えられた任務の割り振りを終え、今後の日程について話し始めた事でその時間は訪れなかった。




