10章・行方は……−2
呆然とするセルディスにマティアスから一部始終が伝えられた。
迎賓館付近で起きた戦闘の後、現場で動けなくなった宗絃とクレアの身柄はゾゾに確保された。
倒れていたクレイは重傷を負っていたが治癒魔法によってすぐに回復した。
余談だが、セルディスが要人の怪我を治癒していた分、戦闘で怪我をした者の回復に集中でき、結果クレイが早期に復帰したことを知った当人は不快感を隠さなかった。
完全に回復したクレイは事件から二日後の昼には宗絃を連れて王国へと出立した。
マティアスからも悔しさを感じる口調だった。
「ゾゾとしても保護を試みましたがエリシア殿が亡命された件の参考人と頑なに主張され、混乱の最中であることも相まって……。力不足で申し訳ございません。」
頭を押さえて俯いたセルディスはルギウス達が想像していた以上にショックを受けているように見える。
平民の護衛、ましてやDランクの冒険者など容易く切り捨てると思っていたマティアスもまた、彼の話をする度に最も場が暗くなる事に驚いた。
旅の中でそれほどの友情が芽生えたのだろうか。同年代で初めて友と呼べる存在になったのだろうか。国としては切り捨てるしかないと伝えるのはあまりに忍びない。
様々な考えが浮かび、ルギウスですら声を出せない沈黙を破ったのはセルディス本人だった。
「マティアス殿。ソウシは何の抵抗もしなかったのではないですか?」
「え?えぇ。魔力不足で動けなかったようです。」
天井を見上げたセルディスが想像した宗絃の状況は現実に近いものだった。
襲撃の翌日、宗絃はベッドの上で目を覚ました。
診察を受けても大した怪我はなく、単純な魔力不足と診断され安静を言い渡された。
皇太子の護衛として丁重に扱ってもらえるのは有り難かったが、恭しい扱いに慣れない宗絃にとっては逆に気疲れの原因となり、大人しく眠ることにした。
だがその静寂はすぐに破られた。
「お待ち下さい。クレイ様。今はお休みです。」
「黙れ。姫様が亡命などと信用できるか。あの男を参考人として王国に連れて行く。」
続く言い争いを聞き流しながら宗絃の脳裏には一つのアイデアが浮かんでいた。
その思考に横入りする声があった。
「お主、連れて行かれるようだのう。」
仕切りのカーテンが開かれ、見知った顔が現れた。
「何でお前と同じ部屋なんだよ。」
「我とて運び込まれただけだ。聞くでない。」
「逃げなかったのか?」
「存外寝心地の良い寝床じゃったからのう。もうしばらくおっても悪くなかったが、残念ながら騒がしくなりそうじゃ。お主は逃げぬのか?」
クレアが宗絃の額に手を当てると、魔力が流れ込んできた。
「ありがとう。」
驚きながらも感謝を伝えた宗絃から目を逸らし、クレアは窓の外を見た。
「動けるじゃろ。逃げぬのか?」
再度の問いにも宗絃からの答えはなかった。
クレイが周囲の引き留めを強引に押し切って部屋に入った時、既にクレアの姿はなかった。
「あの女は?」
寝たままの宗絃を見下ろしらクレイが問いかけると、無言で視線を開け放たれた窓へと向ける。
「逃げたか。まぁいい。」
クレイの背後で成り行きを見守る者達にとってもクレアの重要性は分からないらしく、消えたことについて大きな反応は見られなかった。
「お前はアルセリア王国に来てもらうぞ。」
ベッドの横に来たクレイは宗絃を冷たい目で見下ろしながら告げた。
「理由は?」
「姫様が亡命を望まれた件についてだ。前夜祭の最中、参加者の面前で亡命を希望されたというが私には信じ難い。」
「じゃあその場にいた人を連れて行けよ。」
「貴様とて帝国の人間なら何か知っているだろう。」
「知るわけないだろ。俺はただの冒険者だ。」
「黙れ。ただの冒険者に皇太子の護衛など分不相応にも程がある。お前がただの冒険者でないか、皇太子を名乗る者が姫様を操った可能性もある。」
「……人を、操る?」
「可能性の話だ。全てを聞いた上で王国が判断する。お前はその参考人として連れていく。お前がいう通り『ただの冒険者』ならば大した問題にはならん。ゼルファード帝国も冒険者一人のために動きはしないはずだろう?」
その目には嗜虐的な光が浮かんでいた。
クレイは宗絃のことを、戦闘能力の高さから帝国に『皇太子の護衛という名誉』を餌に利用された世間知らずの若い冒険者であると予想していた。
実際には都合よく切り捨てられる駒であることを示せば容易に挫けることは見通せた。
事実、眼下の宗絃は黙り込み、クレイから顔を背けることしかできなかったのである。
ゾゾ側からの反論はあったが耳を貸すこともなく、クレイはまだ自力で動くことが難しそうな宗絃を連れてアルセリア王国への帰路についた。
上を見たまま動かないセルディスに意を決したヴォルミンが声をかけた。
「殿下。帝国としては、」
そしてセルディスはその言葉が終わる前に予想外の答えを返した。
「何もしないのが正解ですね。」
その発言以上に、あっけらかんとした言い方が全員の想定外だった。
そしてセルディスも室内に流れた空気に驚いた。
「一冒険者の扱いに国として動く訳には行かないのでは?」
「国としてはな。だが、その一冒険者をお前の護衛のために引っ張り出しておきながら都合が悪くなったからと捨て置けんとも思っていた。」
ヴォルミン達も頷く姿を見て、マティアスは心の底から湧き上がる温かいものを感じた。
セルディスも父の言葉に安堵しながら、再び自分の考えを述べた。
「分かりました。ですが、恐らくソウシは自らの意思で着いて行ったのだと思います。」
「なぜだ?」
「ドラゴンの一体がアルセリアにいるという伝承を聞いた時、行きたそうにしていましたから。帝国から入るのは難しいですが、相手が招いてくれるなら、と考えたのでしょう。」
「筋は通るが……。それが事実ならお前以上の腕白だな。」
呆れた声のルギウスを無視してセルディスは話を続けた。
「それに、本気になれば自力で逃げ出すでしょう。ストラウド卿ですら手玉にとっていましたから。」
「何?『爆炎』を?」
「ええ。奴が警戒していたのはクレアとかいう魔人を自称する女だけでした。少なくとも私の目には、『爆炎』相手には手を抜いていた。」
「我々の見立て以上だったか。まさか『爆炎』を凌ぐとは……。分かった。お前を信じよう。」
ルギウスの言葉に意を唱える者はおらず、ヴォルミンは話を移した。
「ではソウシ殿の件は王国から動きがあるまで保留。エリシア姫の準備が出来次第、話を聞来ましょう。」
宗絃の話は既定路線に近い。
元老院の面々にとってはここからが本番と言っても問題なかった。




