10章・行方は……−1
セルディスが身なりを整え終わるのに時間はかからなかった。
休憩がてら場所を会議室に移すとすぐにそうして扉が開きセルディスの声が響いた。
「戻りました。」
「おう。よく帰った。早かったな。」
襲撃以来、消息不明だった息子にかける言葉にしては軽かったが本当に心配していなかったことの表れでもあった。
部屋に入り、短い挨拶を交わしたセルディスはマティアスと目が合うと驚いた。
「あなたは……。」
マティアスは立ち上がり礼をする。
「風貌を伺った時から、もしやと思っておりましたが。その節は殿下と存じ上げずご無礼を。」
「知り合いか?」
「はい。ゾゾの教会でお世話になりました。貴重なお話をありがとうございました。」
「勿体なきお言葉。」
意外な関係に驚きながらもルギウスの興味はセルディスの帰路にあった。
「で?どうやってこれほど見事に姿を消して帰ってきた?」
「父上、それよりも……。」
「慌てるな。お前、姫、ソウシの順だ。」
ルギウスの言葉にそれ以上逆らうことなく、セルディスは答えた。
「こちらです。」
興味津々の父に苦笑を浮かべながらセルディスが出したのは冒険者のタグだった。
「これは、Dランクの?ソウシのものか?」
セルディスの語った手段は至極単純なものだった。
ペルーという商人に助けを求めたのだ。
ゾゾで買い食いをした時、宗絃はペルーの商会であることと、彼本人が働いているところを見ていた。
軽く挨拶を交わしながら、少しの間ゾゾで仕事をすることを知った宗絃は、セルディスの近くにいられない間に何かあった時はペルーに助けを求めるように伝え、冒険者タグを渡していた。
不運にも想定した事態に陥ったセルディスは打ち合わせた通りにペルーの商会を訪ねたのである。
その名前に元老院の全員が反応した。
「ペルー?あの、魔剣の?」
誰かが漏らした声にヴォルミンも深く頷いた。
「ええ。間違いないでしょう。それと、この一件で彼が公にしなかった魔剣の入手経路も確定的ですな。魔剣については彼に伝手を持っていた運が大きいかもしれませんが、今回、秘密裏に殿下を送り届けた手腕は間違いなく実力です。」
一国の皇太子を探すゾゾの国を相手に首都から国境を越え、帝都まで目撃情報すら出さなかったのは運では不可能だ。
「これで謎は一つ片付いたな。」
ルギウスのスッキリとした顔にヴォルミンも同意する。
「ええ。問題はあと二つ。」
再び引き締まった会議室内でセルディスが謝罪した。
「申し訳ありません。」
「次第は聞いた。むしろ良くやった。」
次第はマティアスから説明されていた。
前夜祭、公の場でのアルセリア王国第一王女エリシア・アークレインが放った一言、
「私は、ゼルファード帝国への亡命を希望します。」
は、場の空気を凍りつかせた。
各国のトップが名目上とはいえ会議のために集まった場で、
「私では判断できません。」
とセルディスは言えなかった。
それと同時に王女の亡命を拒否する選択肢も無い。
事前に得ている情報ではエリシアはセルディスと同い年。国内でも聡明で平民にも分け隔てなく優しい王女として知られていた。公の場にも数年前から顔を出しており、知名度はセルディスよりも遥かに高い。
自分よりも遥かに厳しい立場で国を背負う彼女を見て彼が私情を挟まなかったと言えば嘘になるが、救いを求められながら断る事もできなかった。
証人はその場にいた各国のトップ層でゾゾの教皇も含まれる。
セルディスが希望を受諾した直後、襲撃の爆発が起きて多くの怪我人が出たのだ。
その光景に慌てふためき、逃げ出そうと混乱する王族、貴族達が脱出に失敗する中、セルディスは気を失ったままのエリシアを抱えて見事、脱出せしめたのだ。
ルギウスは愉快げに、
「魔法も晒したらしいな。」
と確認した。
「……はい。」
「ゾゾを代表して感謝申し上げます。」
マティアスの言葉に嘘はなかった。
爆発でパーティー会場の一部が崩落した時、怪我人が複数出ていた。
エリシアもその一人である。
セルディスはその全員を治すために広域治癒魔法を使用した。
かなり特殊な素質を持ったものしか使用できず、使えるだけでも貴重な才能だがセルディスは非常に高いレベルでの使用ができ、パーティー会場全体に対して使用してみせたのだ。
一部では神格視され、使える者の心臓を使用した秘薬は不老不死の効果をもたらすと信じる者は多い。
命を狙われる理由が一つ増えるため、この事実は永久に秘匿されるべきであったがその場の人間を見捨てることをセルディスは是としなかったし、亡命を望んだエリシアも怪我を負って気を失ったため命の危険があったのだ。
「よくやった。」
平時は元老院の決定に従うべきである皇帝が彼らを無視していいのかと思ったセルディスだったが、元老院の誰も文句を言わずルギウスの言葉に静かに頷いた。
「……はい。」
「エリシア様についてもマティアス殿から連絡を受けて受け入れ準備は進んでおりますので、不自由はさせません。一休みしていただいてから事情を伺う予定です。」
ヴォルミンの言葉にセルディスは安堵し、
「ありがとうございます。」
と完全に師への態度で頭を下げたが誰もそれを咎めなかった。
「では、最後だ。」
国にとって重要な人間の順に話したように見えるが、そうでないことをセルディスは察していた。
彼の父は片付きやすい仕事から終わらせてしまうことを知っている。
そして、やれやれと言いたげな表情から先の二人よりもややこしい問題になりつつあることも察したが、アルセリアの姫が亡命してくる以上の厄介さには心当たりがなかった。
「ソウシだが、クレイ公爵に身柄を確保されたらしい。国境はとうに超えて、今頃は王国のはずだ。」




