8章・二度目の決着
(寒い……。まだ戦いながらじゃ完全に制御できないか。)
震えそうになる体で宗絃の思考は冷静だった。
クレアの剣が思うように砕けないまま、体力の限界が見え始めているが、手の内には切り札が残されている。
『切れる』攻撃ではないことを瞬時に看破したクロスには素手で弾かれたが、クレアはどうするだろうか。
どれもまだまだ使いこなせず細心の注意を払わなければ自滅するが、その破壊力が折り紙付きであることは間違いない。
魔人といえど肉体の強度が人間並みであることは前回の戦闘で確認済み。直撃すれば耐えられないのは確実だ。
宗絃の奥の手は共通して魔法を刀の形に固めて兜割に纏わせるのだが、今『水鏡』の中で生成しているのは風属性、雷の刃『碧靂』。
名前に拘りはないのだが、クロス曰く、
「イメージを固めやすい。」
との事だった。
明らかに鍔迫り合いを避けるクレアの様子から水鏡の効果に手応えを感じ、碧靂にも期待が高まる。
徐々に刃が育つのと並行して、水鏡の維持も難しくなりヒビが入り始めた。
水鏡が砕けた時が碧靂が完成した時である。
(それまでに勝てれば儲け物だけど……。)
クレアの笑顔は魔人というより悪魔に近いと宗絃は思った。
見た目は美人だが取り憑かれると生命を吸われる存在は悪魔と言っていいだろう。
(普通の美人に好かれるなら良かったのに、ロクなもんじゃねぇ。)
碧靂を育て、水鏡も維持しながら剣戟にも付き合わなければならない。
寿命が削られる実感のある剣の交錯を経て、碧靂に魔力が十分行き渡ったことを感じる。
クレアも水鏡のヒビには気づいているようだが戦いを止めることはなく、互いの武器が壊れる前に勝負を決めようとしているのが伝わってきた。
(この一撃で、今後一生諦めてくれ。)
叶わないと思いながらも願わずにはいられない。
クレアが上段から勢いよく振り下ろした一撃に対し、宗絃は剣道で言う脇構えに近い態勢から水鏡を振り上げる。
その瞬間、碧靂は水鏡を弾き飛ばし、粉々に砕けた氷の破片が散った。
驚いたクレアの動きが一瞬鈍るが宗絃には関係ない。
碧靂を振り抜くと、クレアへの直撃と同時に魔力で固めていた雷が解放され夜空に向けて放出された。
魔力防壁で雷からは無傷だったが音への対応が甘かったらしく瞬間的に聴覚を失い、耳鳴りがした。
静止したクレアの身体から力が抜け、ダラリと下がった手からは剣が落ち、ゆっくりと前に倒れていく。
焼け焦げ、煙が上がってはいるが全身が目に見えて修復しているところを見る限りまだ生きているらしい。
魔力を放出し切り刃の消えた兜割を腰紐に戻すとクレアが倒れる前に抱き止めようと、宗絃は両手を広げた。
アイラよりも少し大きく見えていた身体は支えてみると想像以上に軽かった。
この体からあの怪力が生み出されていると思うと恐ろしい。
「役得じゃのう。」
愉快げな声に心底面倒臭そうな声で、
「どこがだ。戦闘狂の相手役は御免被りたい。」
と答えたものの、胸部に感じる柔らかさには感謝しかない。
「クックック。流石じゃ。素晴らしい一撃じゃった。魔人であっても名の通った者でなければ数日は動けまい。我もすぐに動けるようにはなるが、戦えるようになるには時間がかかる。」
「あ、俺はもうちょっとこのままでも別に……。」
「悦んでおるのではないか。まともな男のようで安心したぞ。」
クレアが頭を少し動かして接触させたおかげで、骨の振動が心地よく宗絃に伝わった。
「あ、ちょ、この状態で喋るな。」
「可愛らしい声が出ておるのう。これが好きなのか?」
更に頬同士の接触面積を最大にして話すクレア。
声の振動、柔らかさ、体温、香り。
一つでも年頃の男子には強い刺激が全て同時に伝わってくる。
このまま思い通りになる訳にはいかないと押し返そうとする宗絃だったが、想いに反して全身の力が抜けた。
「あ……。」
「ふむ、魔力切れか。どれ。」
一度は支えようとしたクレアだったが、宗絃の体重を支えきれず二人一緒に崩れ落ち、膝立ちで抱き合っているような状態になってしまった。
「む。ここまでとはな。」
外見は既に元通りだが、当人の言う通り、それ以外は全く修復できてい。
まともに戦えるどころか戦闘能力は一般的な人間の女性以下である。
だが、倒れそうになった宗絃一人も支えられないのはクレアにとっても想定外だった。
(これほどのダメージとは……。とんでもない魔法じゃの。)
体力が戻ればすぐにでも再戦したい気持ちと、更に成長させてから戦いたい気持ちがクレアの中でせめぎ合い、またしても口角が吊り上がる。
(先だって見た武闘大会とやらのように殺さないようルールを決めれば何度でも戦えるのか?)
生きるために必死にならない相手と戦ってもつまらないと断じていたクレアにとっては革命と言っても間違いではない考えが生まれた瞬間だった。
(悪くない。お主とならば、悪くないかもしれんの。)
あれほどの魔法を剣戟の中で成功させるのは至難の技だが、交わる剣から伝わってきた宗絃の心に乱れはなかった。
それは闘争の中で感情を発露させることがマイナスにしか働かない宗絃本人の性質であり、師匠が巧み育てた長所でもあるがクレアも、本人もそれを知ることはない。
「悪い。すぐに立つから。」
命懸けで戦うことを強要されたにも関わらず、終わってしまえばそんな素振りを見せることもない。
容易く謝罪し迷惑をかけまいとする姿は奇怪でありつつ、好印象をクレアに与えた。
「動けぬならば無理をするな。我の役得ということにしておいてやる。」
背中に回った手に、ほんの僅かに力が籠るのを感じた宗絃は無理をやめ、
「ああ。」
と短く答えた。
だが、クレアが望んだほど穏やかな時間は続かなかった。
襲撃者達の制圧を終えた衛兵達の騒がしい足音が二人の元へと近づいていた。




