第1話・ハッスル楽しいエクストラ
「きっつ……もうマジ無理……」
十分近く走り続け、限界目前で森に飛び込んだ。
鬱蒼と茂る木々。二十メートルはあるだろうか、太陽の光が遥か遠くに感じるほど深い。
「逃げ……きれたか?」
異世界転生したら、ティラノサウルスの目の前に放り出されていた。いきなりの大ピンチ、最悪の始まりだ。
なんでこうなったのか。まあ、原因はわかっている。
「ったく、あの詐欺女神のせいで……」
〔――詐欺呼ばわりは心外です〕
「うおっ!!」
突然、頭の上から響いた声に、心臓が跳ね上がった。もちろん誰もいない。詐欺女神は声だけの存在らしい。
「急に話しかけんな。もうちょっと静かな登場とかできへんのか」
〔では、なにか登場曲をかけますか? ジョーズのテーマとか〕
「やめろ。それは死亡フラグや!」
思わず大声を上げてしまい、咄嗟に身をかがめた。視界が悪く、どこになにがいるかわからないのだから。
「大体、恐竜がいる異世界ってなんなんだよ」
〔ここは白亜紀ですわ。異世界じゃありませんことよ。おほほほほ……〕
「なんやて、おま、白亜紀ゆうたか?」
白亜紀って恐竜の時代……だよな。ウチ、転生やなくてタイムスリップしたんか。
〔落ち着いてくださいな。深呼吸をしましょう。ここは空気が美味しいですよ?〕
「こんな所に放り込んでおいて、落ち着けやと?」
〔あら、私はなにもしていませんが〕
「はあ?」
あの時、ウチは不思議な空間にいた。どうやら死んだらしいと、直感で理解していた。
そして、目の前には扉が二つ。それぞれ文字が書いてあった。
――まあまあ普通の、不変で暇で超退屈なノーマルコース。
――ワクワクが止まらない、素敵にハッスル楽しいEXコース。
「誰だってハッスル楽しいエクストラコース選ぶだろ」
〔それはエクストラでは、ありません。Expeditionコースです〕
「なん……だと?」
〔説明を聞かずに、勝手にすっ飛んでいったのはあなたですよ?〕
うっ……なにも言い返せねぇ。確かにあの時、『異世界転生だ!』ってテンションがブチ上がってて、その勢いで扉を開けたんだった。
〔では説明の続きです。Expeditionコースを選んだあなたには、超スペシャルなエクストラスキルを付与します〕
「スキルはエクストラなのかよ……」
今にして思えば、EXだけ略語だったのってウチを騙す気まんまんだったのでは?
〔あなたには【ライズ化】のスキルが付与されました」
「は……? ライズ……化? なんぞそれ?」
〔これは、恐竜たちを仲間にし、変身させることができる能力です〕
「……はい?」
――この女神、今なんて言った?
〔恐竜とお友達になれるのです。ちなみに超絶チートですよ。ヨカッタデスネ~!〕
「いや、そうじゃなくて、きょうりゅ…………きょ……えっ?」
〔では、恐竜たちを指揮し、地球を魔王軍の手から守って下さいネ〕
「って、お~い……説明それだけ? ……マジで?」
行ってしまった。なんか今『魔王軍』とか聞こえたけど……気のせいだよな。
手元にあるのは、報酬でもらったポーチだけ。スマホもパソコンもない。位置情報すらわからない状況に、急に心細さがこみ上げてきた。
なにか入ってないかと、ポーチのフラップを持ち上げると、中には紙切れが一枚だけ入っていた。そこには『マジックポーチの使い方』とある。
「え、これマジックアイテムだったのか」
まず最初に取り出したい物を二つ指定すると、以降、指定アイテムが無限に取り出せるらしい。ただし、魔法の類は対象外だそうだ。
「……何気に凄いポーチやな」
〔あ、それ、慎重に選んだ方がよいですよ」
「うおっ……だから急に出てくんなって!」
〔♪で~でんっ!〕
「いらんわ!」
ポイントは『無限に』って部分だ。剣や鎧が無限に出てきても意味がない。魔法の類は不可能。そこから考えると、このポーチの最大の利点を活かすのは消耗品だ。
……突き詰めて考えると、消費の大きい物。日々使用するもの。――つまり、食料一択!
「どんな時でも食えるヤツが生き残るって、“銀河鉄道に乗った黒い服のお姉さん”が言うてたな……」
〔気づきましたか。お勧めは軍用レーションやプロテインバーなどの完全栄養食です。他には水分の補給を兼ねて……〕
なんかいろいろ言っているけど、そんな味気ないものを毎食食べるなんてちょっと拷問やで。
「あ、ラーメンとミルクチョコで。即決&決定!」
〔ちょっと、まだ説明の途中ですよ? またあなたはそうやって……〕
「ウチはファミレスでも五秒でメニューを決める女やで。食いたいもんを食うのが健康の秘訣や!」
期待に胸を膨らませてポーチに手を突っ込んだ。――指先が中を探る。しかしなにもない。塵一つ出てこない。
「おい、詐欺女神!」
〔ですから、詐欺は余計です!〕
「なにも出てこねぇぞ」
……なんか腹が立ってきた。ウチはポーチを裏返して思い切り振った。それでも空っ風しか出てこない。完全に空っぽだ。
〔ああ、名前が書いてないじゃないですか〕
「は? 小学生の持ち物かよ」
〔書きたくなければかまいませんよ。使えないだけなので〕
「足元見やがって……八白亜紀、と。これでいいか?」
我ながら達筆すぎて読めない字だが、まあ、大丈夫だろう。
〔ついでに、一応女性とか、独身アラサー引きこもりとか、趣味がアニメと漫画とボッチとか書いてもよいのですよ?〕
「……個人情報保護法はどこにいった。あと、ボッチは趣味やないぞ」
〔それはさておき〕
「おくな!」
〔これで、指定した物が……不本意ですが、ラーメンとチョコが無限に取り出せます〕
今度こそ、とポーチのフラップを跳ね上げ、手を突っ込んだ。出てきたのは熱々のラーメン、山形の鶏中華。
炭火焼きの鶏肉と、スープに浮かぶ鶏油の香ばしさ。麺はウチ好みの多加水麺で、もちもちプリプリ食感が最高だ!
わき目もふらずにズルズルと、スープの一滴まで一気に完食してしまった。
「はあ、たまらん……」
この無限ラーメン、味は好きに選べるらしい。次は豚骨醤油にしようかなんて考えていたその時、頭上から『グルルルルル……』という盛大な唸り声が響いた。
恐る恐る見上げた先にいたのは——
撒いたはずのティラノサウルスだった。
※本作品の造語【Live-th:ライズ】について。
元は“共に”を意味する〔Live with:ライブ ウイズ〕から。
恐竜人を総称してライズと呼ぶ。
Liveth(生きる)という単語そのものもありますが、本作では「寄り添う者」という意味で“造語”として使っています。
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