厄介事
「───へくちっ!」
朝の冷え込む寒さで目を覚ましてしまった。
眠い目を擦りながら周りを見渡すと、草花ついた朝露が太陽に照らされ綺麗に輝いていた。
残っている眠気を取るべく、冷たすぎる川に顔を突っ込む。
さて、昨日寝る前に燻製にした鹿肉を食べようか。
さっそく、一口大にちぎって口の中へ放り入れる。
「うぅっ、全然できてない」
燻製のやり方なんて一切知らない。
ので、こんな感じだろうって適当に作ったら、見事に失敗していた。
朝食はおあずけだな。
とりあえず口の中の肉だけ飲み込んで、あとは土に埋めて処理することにしよう。
ボロ布と化している元々着ていた服を腰に巻き、昨日作った鹿ローブを羽織る。
そして俺はまだ見ぬ地へ向けて歩みを再開した。
何事もなく森を歩くこと数時間。
やっと村が見えてきた。
ドルドの街と同じで、ここにも衛兵のような奴らは立っていないようだ。
魔物の侵入を防ぐためなのか、ちょっとした仕切りのような柵が村を囲んでいる。
だけど、魔物が本気を出したらこんな柵、簡単に突き破ってくるだろうな。
一部、柵が開いているところから村へと入る。
品の数は少ないのだが、青果や肉などが売っている店がチラホラ見える。
小さい村だが、喧騒で賑わっていた。
客寄せを無視しながら村の中を突き進むと、やっと目的の場所に到着した。
──そう、冒険者ギルドである。
この小さな村にギルドがあったのは僥倖だった。
もしもこの村にギルドがなかったら、一文無しなので宿にも泊まれない。
すぐにでも出発していただろう。そして野宿をするハメになっていた。
ギルドの外観は統一なのか、少しだけボロい木造の平屋だ。
さっそく、ギルド内へとお邪魔する。
すると、いきなり肩を掴まれて───なんてことにはならなかった。
ちなみに、街へ入る時から意識的に殺気を消しているので俺に怯える人はいないだろう。
中を見渡すと受付嬢以外は誰もいなかった。
いろいろと見て回りたいが後回し。まずは受付へと向かう。
受付嬢は綺麗というより可愛らしさの残る女性の方だった。
綺麗な長く黄色い髪を腰の当たりまで伸ばしていて、とても似合っている。
「いらっしゃいませ! ご要件は······えっと~お嬢さん? ここは遊びに来る場所じゃないんだよ?」
失礼な人だな、誰がお嬢さんだ。
面倒ごとはあんまり起こしても気分はいいものじゃないし敬語で話した方が良さそうだな。
そっちの方が多少しっかりしているように見えるだろう。
「訂正していただきたいことが2点あります。まず、僕は男です。なのでお嬢さんじゃありません。そして遊びに来たわけではなくて冒険者になりたくてお伺いしました」
「えっ、あ! し、失礼しました! 冒険者登録の方ですね! ······失礼ですがお歳をお聞きしても?」
「9歳です」
「きゅ、9歳ですか······? えっと~冒険者はとても危ないお仕事ですよ? もちろん何歳からでも登録は出来ますが······」
「問題ありません。冒険者登録をお願いします」
「か、かしこまりました」
受付嬢は心配そう俺を見てくる。
そりゃそうだろうな。まだまだ小さい子供が冒険者になりたいと言っているのだからギルド職員からしたら心配するのも当たり前なのかもしれない。
承った受付嬢は机の下から1枚の羊皮紙を渡してきた。
「では、こちらに記入していただきたいのですが、代筆は必要ですか?」
「いえ、問題ありません。自分で書きます」
差し出された羊皮紙には名前や種族、年齢など簡単な個人情報を書く欄がある。
名前はクルル、種族は人族、年齢は9歳っと。
嘘偽りなく空欄を埋めて、受付嬢に渡す。
「お預かりします。はい、はい、はい、大丈夫です。それではこちらに血を1滴垂らしてください」
そう言って針と免許証ほどの大きさのカードを渡された。
針で指の先を刺して血を1滴、カードへと垂らす。
すると、カードは淡い光を放ち、先ほど書いた名前と種族、年齢が浮かび上がってきた。
名前の隣には「Fランク」の文字、下の方には「レリンド大陸」と書いてある。
「これで冒険者登録完了となります。お名前はクルルさんというのですね。冒険者ギルドやカードの説明などを聞きますか?」
多少は知っているが、詳しくは知らないしな。
聞いておいて損は無いだろう。
「はい、お願いします」
「かしこまりました。それではまず冒険者ギルドについてですね。
───ここはマニス村の冒険者ギルド、マニス支部です。王都カールマリアにあるギルドが本部となります。
冒険者ギルドは依頼人から承る仕事を、冒険者のみなさんに仲介する場所となっています。
お仕事の内容は、薬草の採取から魔物の討伐など多種多様です。
依頼をお受けするには、あちらの掲示板に貼ってある依頼書を受付へ持ってきてください……って言っても、今日はもうお仕事ないんですけどね」
受付嬢は苦笑を浮かべながら頬を掻いた。
まあ、この辺の知識は前世のラノベやアニメとか色々出てきてたし、知ってるから特に覚えることはなさそうだな。
にしても、本部は王都カールマリアか、一応これだけは覚えておいた方が良さそうだ。
「さて、次はカードの説明です。
まず、この冒険者カードはレリンド大陸内でしか使えませんのでご注意ください。他の大陸になりますと、またギルドでの冒険者登録が必要です。
ですが、元の大陸のランクが適応されますので、またFランクからという事にはならないのでそこは安心してくださいね」
ふむ、つまりは他の大陸に行って冒険者をやりたい場合は、もう一度目的の大陸にあるギルドで登録し直さなきゃならないといけないということか。
だが、ランクは引き継ぐ、と。
「カードに書いてある名前や年齢、ランクなどはまた血を1滴垂らしていただくと勝手に更新されますので定期的にやっていただくと良いと思います。
あと、カードは身分証にもなりますので無くさないようにお願いします。基本的にはそのくらいですね。何が質問はありますか?」
「ランクはどうすれば上がりますか?」
ここが1番重要である。
昇格方法がわからない限り、永遠に薬草採取していなければならない。
「あ、忘れていました。現在のランクのお仕事を20回連続成功か、1つ上ランクのお仕事を10回を成功していただければランクアップの手続きができます。
後者の方は3回連続で失敗しなければ、ランクアップする手続きが可能です。ちなみにFランクから上になると降格することもあります」
そんな低い内から降格する奴もいるってことね。
どうしたら降格してしまうのだろう。その旨を受付嬢に聞くと、こう答えた。
「依頼を10回連続失敗でまだそのランクは不相応と見なされて降格します。あとは、他の冒険者の方に暴力を振るったり、人の獲物を強奪したりですね。倫理行動から逸脱した行為は大体違反です」
とのことだった。
とりあえず昇格に関しては、1つ上のEランクの依頼を受けた方がお得ってことかな。
だが、その分、失敗する確率も高いだろう。
受付嬢は3回連続失敗しなければランクアップできるとか言っているが内容によっては1発目で死ぬこともある。
なので戦闘が苦手な者だと前者を選ぶのか。
まあ、下のランクで死ぬことはあまりないかな?
「話を戻しますが、Dランク以上からは毎回昇格試験があります。
試験はその同ランクの冒険者と1対1で戦ってもらい、ギルド職員が見定めて合否を決めます」
へぇ、そんなものあるのか。
この世界でどのくらいまで行けるか試してみたい気持ちに駆られるな。
「ランクアップの件は以上となります。何か気になったことは?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございました」
「良かったです。それでは頑張ってくださいね! ······あ、っでも今日はお仕事無いんだった。申し訳ありません······」
本日2回目の苦笑を浮かべた受付嬢。
苦笑がさまになっている。苦労してきたんだろうな。
さて、一応目的は達成したしどうするかな。
依頼は無いらしいし、金もないし、どこにも泊まれない······今日も野宿か······。
落胆しかけたその時、ギルドの扉が勢いよく開けられた。
入ってきたのは恰幅がよい、小太りな男だった。
小太りおっさんはまっすぐ受付嬢に駆け寄り、汗だくの青い顔で叫んだ。
「大変なんでしゅ、カミーラちゃん! ファ、ファ、ファファファ───!」
「お、落ち着いてください村長! 何言ってるか意味不明です! ·········ただでさえ分かりずらいんだから」
おっと、俺は最後の言葉を聞き逃さなかったぞ。
村長と呼ばれた小太りさんは受付嬢──カミーラに宥められて、だいぶ落ち着きを取り戻した。
「しゅ、しゅまない。村の北側に大牙虎が現れたんでしゅ。······それも、2体」
「え·········2体? 1体でも被害が大きいのに、それも2体も? ど、どうしましょう! 今ギルド長はドルドの街にいるし冒険者の皆さんは5人とも森に行っちゃってるし······!」
受付嬢改めて、カミーラと呼ばれた女の子も青い顔でブツブツ呟き始めた。
これはいいんじゃないか?
俺が受けちゃってもいいんじゃないか?
どうしようか路頭に迷ってたとこだしな。
·········この村って冒険者5人しかいないのかよ。
「おいくらですか?」
「え?」
カミーラは俺がなんと言ったのか分からないとばかりに、呆けた声を出した。
「その依頼、僕が受けます。ギルドからはいくらでますか?」
「む、無理ですよ! 無駄です、無茶です、無謀です! 今さっき冒険者登録したばかりじゃないですか! 大牙虎ファングタイガーはCランクの魔物ですよ!?」
凄い剣幕でカミーラは止めてくるが気にしない。
······というか無理、無駄、無茶、無謀とは酷いこと言うな。
大牙虎とやらはCランク、俺の3つ上のランクだな。
さて、少々可愛そうだがこのままでは埒が明かない。
こっちだって切羽詰まってカツカツなんだよ。
「──だから、その魔物はいくらなんだ?」
堰き止めていた殺気を、少しだけ垂れ流す。
ビクンッと身体を震わせたカミーラは声も震わせて言葉を紡いだ。
「ひっ! え、えっと通常、大牙虎は1匹で金貨3枚です。今回は2体ですので金貨6枚となりますが、村の危機なのでもう少し色は付くと思います」
この世界の金の事情は勉強してなかったけど金貨って言うくらいだし、高価なのだろう。
まずは宿に泊まれればそれでいいしな。
おっと、脅しはこれくらいでいいだろう。
「もう一度言います。その依頼、僕が受けます」
「·········わかりました。村長さんもそれでいいですか?」
「あ、あぁ。それでいいでしゅよ」
さっきから無視してたが村長の喋り方ムカつくな。
「それじゃ行ってきます。依頼の方、お願いしますね」
コクコクと何度も頷く村長とカミーラを一瞥して、俺は大牙虎とやらを退治するためにギルドをあとにした。




