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美咲のオヤジの配達記録簿  作者: 空雨 素志


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第九話 ネズミの正体



 古川の部屋から、高木が送った小箱が見つかった。


 その事実を突きつけられても、古川はすぐには何も答えなかった。


 取調室。


 向かいには上野が座っている。


 机の上には、小箱の写真と、高木のパソコンから見つかった資料のコピーが並べられていた。


「この箱は、高木さんが会社の事務員に頼んで自宅へ送ったものです」


「……はい」


「そして、あなたの部屋から見つかった」


「……」


「どうして持っていたんです?」


 古川は目を伏せた。


「……高木が証拠を持っていると思ったからです」


「何の証拠です?」


「私が会社の金を横領していた証拠です」


 上野は黙って古川を見る。


「高木さんから、やめるように言われた?」


「はい」


「証拠を持っているとも言われた」


「……言われました」


 古川は、ゆっくり話し始めた。


     *


 高木の部屋を探したのは、一度ではなかった。


 以前、仕事の話で部屋に入ったことがある。


 そのとき、高木が目を離した隙に、古川は机や棚を調べた。


 証拠がどこかにあると思った。


 しかし、高木に見つかった。


「ねずみか?」


 高木は呆れたように言った。


「それとも、ねずみでも探しているのか?」


 古川は何も答えられなかった。


 高木は部屋を見回す。


「この部屋には何もないぞ」


 その言葉を聞いて、古川は諦めた。


 証拠は、この部屋にはない。


 そう思った。


 だから、その後は会社を探した。


 高木が使っていた机。


 書類。


 パソコン。


 共有フォルダ。


 廃棄予定の資料。


 高木が証拠を残していそうな場所を、できる限り探した。


 しかし、見つからなかった。


 何日探しても、何も出てこない。


 古川は焦っていた。


 もし高木が本当に証拠を持っているなら、いつ会社に提出されてもおかしくない。


 そんなある日だった。


 古川は、会社で高木が事務員に小さな箱を渡しているところを見た。


「これ、家に送ってもらえますか?」


 高木がそう言っていた。


 事務員が箱を受け取る。


「自宅にですか?」


「うん。お願いします」


 古川は、少し離れた場所から二人の様子を見ていた。


 小さな箱。


 わざわざ会社から自宅へ送る。


 古川の中で、一つの考えが浮かんだ。


 ――これだ。


 高木が会社に置かず、自宅へ送るもの。


 しかも、自分が探しても見つからなかったもの。


 証拠かもしれない。


 古川は事務員に、それとなく尋ねた。


「さっき高木さんが渡してた箱、いつ届くんですか?」


「今日の夕方ですよ」


「何時くらい?」


「たしか六時頃だったと思います」


「そうですか」


 古川はそれ以上聞かなかった。


 だが、頭の中ではすでに決めていた。


 ――六時。


 その時間に高木の部屋へ行く。


 誰にも見つからないように。


 高木が箱を受け取る前に、証拠を奪う。


     *


 その日の夕方。


 古川は高木の部屋へ向かった。


 配達の時間に合わせていた。


 なるべく人に見られないよう、周囲を確認しながら建物に入る。


 高木の部屋の近くで待った。


 やがて――


 エレベーターの音がした。


 古川は物陰から様子を見る。


 野上圭司だった。


 配達員の制服姿で、小さな箱を持っている。


「……来た」


 古川は息を潜めた。


 圭司が高木の部屋の前に立つ。


 インターホンを押す。


 少し待つ。


 すると、部屋の中から男の声がした。


「そこに置いてください」


 圭司は箱を玄関前に置いた。


「分かりました。伝票と一緒に置いておきます」


 圭司は写真を撮ると、そのまま去っていった。


 古川は、すぐには動かなかった。


 圭司の足音が遠ざかる。


 建物の外へ出ていく。


 それを確認してから、古川は高木の部屋へ近づいた。


 玄関前には、さっきの小箱が置かれている。


 古川は周囲を見る。


 誰もいない。


 小箱を手に取った。


 ――これで証拠を処分できる。


 そう思った瞬間だった。


 カチャ。


 玄関のドアが、ほんの少しだけ開いた。


 古川は驚いて振り返った。


「……!」


 誰かが出てくる。


 そう思った。


 高木だ。


 高木が箱を取りに出てきた。


 そう思った古川は、とっさにその場から逃げた。


 振り返る余裕もなかった。


 小箱を抱えたまま、自分の部屋へ戻った。


     *


「……それが、あなたが小箱を盗んだ経緯ですか?」


 上野の質問に、古川は頷いた。


「はい」


「では、あなたは高木さんの部屋から箱を持ち去った」


「……そうです」


「中身は?」


「証拠だと思っていました」


「開けたんですね?」


「はい」


「何が入っていた?」


 古川は苦い顔をした。


「……ハンドケアセットと、コーヒーカップです」


 上野は黙った。


「高木さんの妹さんへの誕生日プレゼントだった」


「……そうみたいです」


「つまり、あなたが盗んだものは、横領の証拠ではなかった」


「はい」


 古川は俯いた。


「どこにあったんですか?」


上野はゆっくりと答えた


「マウスです」


「マウス?」


「はい、正確にはゲーミングマウスの中に重さを調整するウエイトを入れる場所があるんです、そこにウエイトに貼られてました」


「だから、ねずみか・・まいったな」


 ここまで聞く限り、上野の推理はほぼ当たっている。


 古川には動機があった。


 高木の横領告発を恐れていた。


 証拠を探していた。


 小箱まで盗んだ。


 そして、その日の夕方、高木の部屋にいた。


「でも」


 古川が顔を上げた。


「私は、高木を殺していません」


 上野の表情が変わった。


「……また」


「高木を見たというのは、噓だろ!」


「違う、本当に見たんです」



 古川は泣きながら何度も見た、殺してないと言っていた。


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