↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美咲のオヤジの配達記録簿  作者: 空雨 素志


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/49

第十話 常連客



 午後。


 圭司と美咲は、高木遥が働いているカフェを訪れていた。


「いらっしゃいませ」


 遥が二人に気づく。


「あ、野上さん」


「こんにちは」


「どうしたんですか?」


「ちょっと、報告があって」


「報告?」


 遥は不思議そうな顔をした。


「兄のことですか?」


「うん」


 圭司は頷いた。


「事件のほう、少し動いたんだ」


 遥の表情が変わる。


「何か分かったんですか?」


「犯人に近づいてると思う」


「本当ですか?」


「まだ確定じゃないけどな」


 圭司は慎重に言った。


「高木さんが心配していた人物が分かった」


「誰ですか?」


「古川さん」


 遥が少し驚く。


「古川さん……」


「ああ」


 圭司は続けた。


「高木さんは、古川さんが会社の金を横領していることを知っていたらしい」


「……兄が?」


「うん。だから、やめるように何度も言ってたみたいだ」


 遥は黙って聞いている。


「証拠も持っていたらしい」


「そうだったんですか……」


「だから、古川さんが高木さんのことを心配させていた原因だったんだと思う」


 美咲が続ける。


「それと、もう一つ分かったことがあります」


「何ですか?」


「お兄さんが送った小箱」


 遥が顔を上げる。


「あれ、遥さんへの誕生日プレゼントだったみたいですよ」


「……え?」


 遥が驚く。


「中身は、ハンドケアセットとコーヒーカップ」


「……」


 遥はしばらく言葉を失った。


「兄……そんなものを」


「うん」


 美咲が笑う。


「たぶん、遥さんにあげるつもりだったんだと思います」


 遥は少し俯いた。


「……嬉しいです」


 声が小さくなる。


「でも……」


 遥が顔を上げた。


「私の誕生日、もう過ぎてるんです?」


「え?」


 圭司と美咲が同時に遥を見る。


「誕生日、いつだったんですか?」


「先週です」


「……先週?」


「はい」


 遥は首を傾げた。


「だから、兄が今頃になって誕生日プレゼントを送ったっていうのが、ちょっと不思議で……」


 圭司と美咲は顔を見合わせた。


「高木さん、いつ買ったんだろう?」


 美咲が呟く。


「それは分からない」


 圭司も考え込む。


 誕生日は、すでに過ぎている。


 それなのに、高木はプレゼントを用意していた。


 しかも、わざわざ会社から自宅へ送っている。


 なぜなのか。


 そのときだった。


「それ以上、話を広げないでください」


 背後から声がした。


 二人が振り返る。


 上野だった。


「上野さん」


「どうも」


 上野は二人の向かいに座る。


 そして、少し困ったような顔をして言った。


「余計なことを、まだ遥さんに話さないで下さい」


「余計なことって?」


「犯人のことです」


 上野は声を落とす。


「古川さんについても、まだ捜査中です。こちらから情報を出しすぎると、あとで問題になります」


「分かった」


 圭司は頷いた。


「悪かった」


「いえ」


 上野は遥を見る。


「ただ、少し確認したいことがあります」


「何でしょう?」


 遥が聞く。


 そのとき――


 店の外を、一人の男が通り過ぎた。


 遥がふと顔を上げる。


 男の姿を目で追った。


 その表情が、少し変わる。


 美咲は、それに気づいた。


「遥さん」


「はい?」


「今の人、彼氏ですか?」


「えっ?」


 遥の顔が赤くなる。


「違いますよー」


 慌てて笑った。


「常連さんです」


「常連さん?」


「はい」


 遥は窓の外を見る。


「でも最近、来てくれなくて」


 その目を見て、美咲はすぐに分かった。


「好きなんですね」


「……」


 遥は恥ずかしそうに俯いた。


「はい」


 小さな声だった。


 圭司と上野が、同時に男のほうへ視線を向ける。


 上野の表情が変わった。


「……あの男」


「知ってるの?」


 圭司が聞く。


「ええ」


 上野は窓の外を見たまま答えた。


「高木さんと同じマンションに住んでいる男です」


「同じマンション?」


「名前は、大熊」


 圭司が眉を寄せる。


「大熊……」


 上野は思い出していた。


 高木の周辺について聞き込みをしたとき。


 ほとんどの人間が、高木のことを真面目な人間だと話していた。


 だが、大熊だけは違った。


 ――お節介な人ですよ。


 ――めんどくさい人でした。


 あの言葉が、妙に印象に残っている。


「遥さん」


 上野が聞いた。


「あの人は、いつからこの店に来ていたんですか?」


「大熊さんですか?」


「はい」


「けっこう前からです」


「最近は来ていない?」


「そう言えば……」


 遥は少し考える。


「兄が亡くなったくらいからです」


「……高木さんが亡くなった頃から?」


「はい」


「それまでは、よく来ていた?」


「ほとんど毎日です」


「何を注文していました?」


「カフェモカです」


 遥は少し笑った。


「いつも同じものを頼んでました」


 上野は黙った。


 圭司も何も言わない。


 兄が死んだ頃から、突然来なくなった常連客。


 しかも、その男は高木と同じマンションに住んでいる。


「……偶然か?」


 圭司が呟く。


 上野は答えなかった。


 しばらくして、圭司が言った。


「上野さん」


「はい」


「もう一度、古川を高木の部屋に連れて行って、確認してみないか?」


 上野が圭司を見る。


「古川さんが話したことが、本当に現場と一致するのか」


「そういうことです」


 上野は少し考えた。


「……分かりました」


 そして、窓の外へ視線を向ける。


「それと、大熊さんからも、もう一度話を聞きたい」


 圭司は頷いた。


 美咲も黙って外を見る。


 そこにはもう、大熊の姿はなかった。


 ただ一つ。


 遥が大熊を見る目だけが、圭司の頭に残っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。