第十一話 鏡の中の男
翌日。
上野は、古川を高木の部屋へ連れてきた。
圭司と美咲も立ち会っている。
「では、当日のことをもう一度再現してください」
上野が言った。
古川はマンションの入口を見る。
「私は、ここから入りました」
「その後は?」
「高木の部屋へ向かいました」
古川はエレベーターを見る。
「そのとき、野上さんが来たんです」
圭司が頷く。
「俺が荷物を持ってきた」
「はい」
古川はエレベーターの前に立った。
「野上さんがエレベーターに乗ったのを見て、私は非常階段へ行きました」
古川は階段を上る。
二階へ着くと、踊り場の陰に身を隠した。
「ここです」
「ここから高木さんの部屋が見える?」
「はい」
古川は廊下を見る。
「私はここから見ていました」
圭司が廊下を歩く。
高木の部屋の前まで行き、小箱を置く。
「野上さんが荷物を置いたのを確認しました」
「直ぐに取りに行きたかったけど野上さんがまだいたので隠れていました」
圭司は荷物を置き、伝票を確認する。
そしてエレベーターへ向かった。
「私は、野上さんが帰るまで待ちました」
圭司がエレベーターに乗る。
扉が閉まる。
古川はしばらく待ってから、階段を下りて廊下へ出た。
「それから、箱を取りに行きました」
古川は玄関前へ向かう。
「ここに箱がありました」
そのとき。
古川が立ち止まった。
「……ここで、ドアが開いたんです」
「どのくらい?」
「少しだけです」
古川がドアをわずかに開ける。
「顔は見えませんでしたが高木だと思いました」
「そして片方の靴を履き違えていたんです」
圭司が眉を寄せた。
「靴を?」
「はい」
古川は足元を見る。
「高木らしき人物が、片方だけ靴を履き違えていて、それを履き直そうとしていました」
「だから逃げた?」
「はい」
上野はドアを見る。
「……ちょっと待ってください」
古川が振り向く。
「はい?」
「今のドアの開閉角度だと、顔は見えないはずです」
古川は黙った。
圭司も玄関を見つめる。
そして――
「あ」
圭司が指を差した。
「いや、この鏡で映ったんじゃないか?」
靴箱の横に置かれた姿見。
玄関に立った人物を、斜めから映す位置にある。
上野が鏡の前に立つ。
「なるほど……」
「直接見たんじゃなくて、鏡に映った姿を見た」
圭司が言った。
「だから顔は、はっきり見えていない」
古川も鏡を見る。
「……そうかもしれません」
「靴は見えた?」
「はい」
古川は頷いた。
「鏡に映っていたので」
上野は考え込む。
「その人物は、どんな靴を履いていた?」
「片方だけ違う靴でした」
「違う?」
「高木の靴を履き間違えたんだと思います」
「その後は?」
「履き直そうとしていました」
「その靴は?」
古川は高木の靴を見る。
「ここにある靴です」
玄関には、高木の靴が並んでいる。
片方だけ、わずかに位置がずれている。
「これか」
上野が言った。
「でも……」
古川が続ける。
「履き直した靴は、ここにはありません」
上野が顔を上げた。
「今思うと、あれは高木ではなかった気がします」
「なぜ?」
古川は少し考えてから答えた。
「高木には合わないような靴だったんです」
「どんな靴?」
「茶色いトレッキングシューズです」
「トレッキングシューズ?」
「横に白い何かが付いてました」
圭司と美咲が顔を見合わせる。
上野は玄関を見た。
「……その靴は、ここにはない」
「はい」
「鑑識に回しましょう」
上野は高木の靴を見た。
「履き間違えた靴から、何か出るかもしれない」
*
しばらくして。
上野は、以前聞き込みをした同じ階の女性を連れてきた。
高木が亡くなる前。
夕方五時頃、高木と会っていた人物を見たという女性だった。
「すみません」
上野が言う。
「以前お聞きした件ですが、もう一度確認させてください」
「はい」
上野は古川を見る。
「その夕方くらいに、高木さんを引き止めていた人物は、この古川さんではありませんか?」
女性は古川を見る。
しばらく黙っていた。
「……いえ」
「違いますか?」
「違いますよ」
女性ははっきり答えた。
「髪型も体型も違います」
古川が驚いた顔をする。
上野は続けて聞いた。
「では、その人物は高木さんを呼び止めていた?」
「いいえ、私には高木さんが、その人を呼び止めていたように見えました」
「何を話していたかは?」
「そこまでは聞こえませんでした」
上野は頷いた。
「分かりました。ありがとうございます」
女性が帰っていく。
上野は追いかけ呼び止める。
「もしかして、この人じゃないですか?」
スマホの写真を見せた。
「似てます。」
上野はカフェで見た大熊の後ろ姿をスマホに収めてた。
「ありがとうございます」
古川は黙ったまま立っていた。
上野は彼を見る。
これまでなら、古川が嘘をついている可能性を疑った。
だが――
今の証言は、古川にとって有利だった。
高木が亡くなる少し前。
高木を引き止めていた人物は古川ではない。
そして古川が語った、配達後に見た人物の姿。
片方だけ違う靴。
顔は見えない。
鏡に映った姿を見ただけ。
古川の話は、少なくとも今のところ矛盾していない。
「……古川さん」
上野が言った。
「はい」
「あなたは、噓を言ってなかった」
古川は何も答えなかった。
ただ、少しだけ肩の力が抜けたように見えた。
上野は玄関を振り返る。
そして、茶色いトレッキングシューズを思い出す。
高木には合わない靴。
履き間違えた靴。
そして、古川ではない人物。
「……大熊」
上野の頭に、あの男の顔が浮かんだ。
高木と同じマンション。
高木のことを一人だけ「お節介」「めんどくさい」と言っていた男。
そして――
遥の店に、兄が亡くなった頃から来なくなった男。
「圭司さん」
「何?」
「大熊さんのところへ、もう一度行きましょう」
圭司は頷いた。
美咲も二人の顔を見る。
事件は、少しずつ。
古川から離れ始めていた。




