第八話 声
圭司の家
机の上には、高木の会社から入手した資料と、microSDカードから復元されたデータが並んでいた。
上野は画面に表示された領収書を見つめていた。
「古川の名前が、何度も出てきますね」
美咲が言った。
「うん。しかも、同じ取引の領収書なのに、金額が違っていたり、実際には存在しない取引先のものが混じっていたりする」
「高木さんは、これを調べていたんだな」
圭司が言う。
上野はうなずいた。
「おそらく。高木さんは会社の不正に気づき、証拠を集めていた。そして、それを誰にも見つからないように隠していた」
「ゲーミングマウスの中に、か」
「会社の中で物がなくなることが多かった。高木さんは、誰かが自分の持ち物を探していると感じていたのかもしれません」
美咲が腕を組む。
「だから、妹さんへのプレゼントも会社に置かず、自宅に送ったんだね」
「そう考えると、荷物が消えたことにも説明がつく」
上野は、配送記録を机の上に置いた。
「古川は、高木さんが証拠を隠していることを知っていた。だから、証拠を探していた。高木さんが事務員に荷物を送らせたと知り、中に証拠が入っていると思ったんでしょう」
圭司は黙って聞いていた。
「では、古川さんは、どうやって配達の時間を知ったんでしょう?」
美咲が尋ねる。
「まだ分かりません。ただ、社内で手配された荷物です。誰かから聞いたか、配送の情報を確認できる立場にあったのかもしれない」
上野は続けた。
「古川は荷物が届く時間に合わせて、高木さんの部屋を訪れた。そこで高木さんと口論になった」
「そして、殺してしまった……」
美咲の声が少し小さくなった。
上野は答えず、資料を一枚めくった。
「同じ階の住人が、事件当日の夕方、高木さんが男性に呼び止められているのを見ています。時間ははっきりしませんが、古川が訪ねてきた可能性はある」
「口論になって、殺してしまったあと、俺が配達に来た」
圭司が言った。
「古川は高木さんになりすました。部屋の中から声をかけ、荷物を玄関前に置かせた。そして、野上さんが帰ったあと、荷物を持ち去った」
「中に証拠があると思っていたからね」
美咲がつぶやいた。
「でも、箱の中身は妹さんへの誕生日プレゼントだった」
上野がうなずく。
「そうです。古川は証拠を手に入れたつもりだった。しかし、実際には何も見つからなかった。だから、証拠はまだ高木さんの部屋に残っていた」
美咲が顔を上げる。
「それで、マウスの中に隠してあったんだ」
「今回の推理は、そこまでです」
上野は資料をまとめた。
「もちろん、これだけで犯人と断定することはできません。ただ、古川には動機があり、証拠を探していた可能性があり、事件当日のアリバイもない」
圭司は腕を組んだまま、何も言わなかった。
上野が顔を向ける。
「圭司さん?」
「……いや」
「何か気になることでも?」
圭司は少し迷った。
「配達の時の声なんだけどな」
「声?」
「部屋の中から『そこに置いてください』って言われた。あの時、俺は相手の顔を見てない」
「はい」
「古川が高木になりすましたっていうのは、筋は通ってると思う」
圭司はそこで言葉を切った。
「でも……声が、何か違ったような気がするんだ」
美咲が圭司を見る。
「違ったって?」
「古川の声ではない気がするんだよ。ただ、今になって思い返しても……」
圭司は自分の記憶を探るように、目を伏せた。
「何か、引っかかるんだ」
上野はしばらく圭司を見ていた。
「声だけでは、判断できません」
「分かってる」
「ただ、その違和感も記録しておきます」
上野は立ち上がった。
「古川を重要参考人として、もう一度、詳しく話を聞きます」
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夕方。
古川は会社から帰ってきたところで、チャイムがなる。
開けると上野が立っていた。
「警察です。」
「古川さんですね?」
「はい」
「重要参考人として家宅捜索を行います」
次々と警察が部屋を調べる。
一人の刑事が「ありました。」
その手には、高木が送ったプレゼントだった。
「少し、お話を伺いたいのですが」
古川の表情が固まる。
上野は落ち着いた声で告げた。
「ご同行をお願いします」
古川は、すぐには答えなかった。
視線が一瞬だけ揺れる。
そして、ゆっくりとうなずいた。
「……分かりました」
上野は古川を警察署へ連れていく。
事件は解決に向かっているように見えた。
だが、圭司の耳には、あの時の声が残っていた。
――そこに置いてください。
古川が本当に、あの部屋にいた男だったのか。
圭司には、まだ確信が持てなかった。




