第三話 どこかで
圭司は、牧田の会社を訪れていた。
倉庫では従業員たちが忙しそうに荷物を積み込んでいる。いつものように活気のある職場だった。
「おう、圭司。聞いたぞ。今度は火事に遭遇したって?」
牧田が笑いながら声をかけてきた。
「いや、まぁな」
「二丁目の江津さんとこだろ?」
「知ってるのか?」
「知ってるも何も、あそこはうちの配達区域だからな」
牧田は腕を組んだ。
「それで、どうなったんだ?」
「家は全焼だよ。中から奥さんの遺体が見つかった。正男さんっていう爺さんは助かったけどな」
「そうか……。あそこ、お年寄り夫婦で暮らしてたんだよな」
「ああ。爺さんが一人になって、かわいそうだよ」
圭司がそう言うと、牧田は少し意外そうな顔をした。
「えっ? 確か、あそこには一人息子がいたはずだぞ」
「そうなのか?」
「ああ。しかし、何年も帰ってきてないという話だけどな」
「そうなのか……」
圭司は考え込んだ。
妻を亡くした七十二歳の老人。しかも、息子は何年も帰ってきていない。
「詳しいことは知らんけどな。うちの配達員が、たまにそんな話をしていたよ」
「そうか。上野さんに電話しないとな」
圭司はポケットに手を入れかけた。
そのとき、牧田がふと思い出したように口を開いた。
「そういえばさ、上野さんって、前々から思ってたんだけど、どっかで会ったことあるんだよな」
「はぁ?」
圭司は牧田の顔を見た。
「美穂の時だよ。七年前の。忘れたのか?」
「いや、それは覚えてるよ」
牧田は首を横に振った。
「そうじゃなくて、その前だと思うんだよなぁ……」
「その前?」
「ああ。でも、どこで会ったのか思い出せないんだよ。気のせいかな」
牧田は顎に手を当てて考え込んだ。
「まぁ、いいや」
そう言って話を切り上げた牧田は、今度は少し真面目な顔になった。
「しかし、お前、あんまり事件にのめり込むなよ」
「何だよ、急に」
「警察の仕事だろ。お前はたまたま現場に居合わせただけなんだからさ。美咲ちゃんもいるんだぞ。あんまり無理するなよ」
「わかってるよ」
「本当にわかってるのか?」
「わかってるって」
圭司は苦笑した。
「じゃあ、またな」
「ああ。気をつけて帰れよ」
牧田に手を振り、圭司は会社を後にした。
駐車場に向かいながら、圭司はスマートフォンを取り出そうとした。
上野に電話をするつもりだった。
ところが、ポケットに手を入れたとき、ふと別のことを思い出した。
「あっ……」
居酒屋で上野が忘れていった腕時計。
まだ返していなかった。
圭司は反対側のポケットから小さな袋を取り出した。
中には、古い腕時計が入っている。
少し傷のついた文字盤。使い込まれたベルト。
圭司は時計を手のひらに乗せ、じっと眺めた。
「これ、どこかで見たことがあるんだよな……」
朝、美咲と話したときにも、同じことを感じていた。
そして今、牧田も上野に対して同じようなことを言った。
――どこかで会ったことがある。
偶然だろうか。
圭司はもう一度、腕時計を裏返した。
裏蓋には細かな傷がいくつもついている。
何かを思い出しかけている。
しかし、記憶の中にあるものを、どうしてもつかまえることができなかった。
「まぁ、上野さんに返すときに聞いてみるか……」
圭司は時計を袋に戻した。
それから、スマートフォンを取り出し、上野の番号を押した。
呼び出し音が鳴る。
一方、警察では江津家の火災について、別の事実が少しずつ明らかになろうとしていた。




