↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美咲のオヤジの配達記録簿  作者: 空雨 素志


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

75/91

第三話 クラブ「RAIN」



 マンションの前には、規制線が張られていた。


 救急隊員による対応が終わり、浜田麻衣の遺体は警察の手続きに従って搬送されることになった。現場では鑑識が写真を撮影し、警察官たちがマンションの住人への聞き込みを始めていた。


 上野真一は、同僚の刑事とともにエレベーターへ乗り込んだ。


「まずは屋上を確認しましょう。靴が置かれていたという話でしたね」


「はい。発見した警察官が、現場を保存しています」


 二人は最上階で降り、屋上へ続く扉を開けた。


 屋上には、給水設備や空調の室外機が並んでいた。周囲を見渡すと、フェンスの近くに一足の靴が置かれている。


 確かに、きちんとそろえて並べられていた。


「これが、被害者の靴か」


 上野は、鑑識が確認している様子を見つめた。


「ここから飛び降りた可能性がある、ということですね」


「現時点では、その可能性があります。ただ、靴が置かれていたというだけで、自殺と決めつけることはできません」


 上野は屋上を見回した。


 ほかに、争った形跡や、誰かが残したものはないか。フェンスや出入口の状況も含めて、慎重に確認していく必要があった。


「靴以外に、目立ったものは?」


「今のところ、これといったものはありません」


「そうですか。引き続き調べてください」


 上野は屋上をあとにした。


 自殺なのか、それとも別の何かが起きたのか。


 まだ、判断するには早かった。


     *


 続いて、警察は浜田麻衣の部屋を確認した。


 室内は、ひとり暮らしの女性の部屋としては、きれいに片づいていた。


 化粧品が並んだドレッサー。整理された衣類。テーブルの上には、飲みかけのペットボトルと、雑誌が数冊置かれている。


 上野は室内を見回した。


「身の回りのものは、きちんと整理されていますね」


「ええ。少なくとも、生活に困っていたようには見えません」


 同僚の刑事が、クローゼットや収納の中を確認していた。


 衣類やバッグは比較的質のよいものが多く、化粧品も決して安価なものばかりではない。財布の中身や口座の情報など、経済状態を判断するにはさらに確認が必要だが、部屋の様子からは、生活費に困窮していたような印象は受けなかった。


「自殺の動機につながりそうなものは、今のところ見当たりませんね」


「そうですね。ただ、部屋が整っているからといって、悩みがなかったとは限りません」


 上野は、机の上に視線を向けた。


 書類や郵便物の中に、名刺が一枚置かれていた。


 手に取って確認すると、そこには店名と女性の名前が印刷されていた。


 クラブ「RAIN」


 そして、その下に――。


 浜田麻衣。


「クラブ……RAIN?」


 上野は名刺を見つめた。


「キャバクラかもしれませんね」


「ええ。本人の職業がわかる手がかりになりそうです」


 上野は名刺を記録に残すよう指示した。


「勤務先を調べましょう。麻衣さんがどんな生活をしていたのか、交友関係も含めて確認したい」


「わかりました」


 名刺一枚だったが、事件の背景を知るための手がかりになるかもしれなかった。


     *


 マンションの住人への聞き込みも進められていた。


 上野は、麻衣の部屋の近くに住む女性に話を聞くことにした。


「浜田さんについて、何かご存じのことはありませんか? 普段の様子や、訪ねてくる人など」


「そうですね……。あの方、ひとり暮らしでしたよね。以前は、男の人が訪ねてくるのを何度か見かけました」


「男性ですか。どんな方でしたか?」


「若いというほどでもないですけど、浜田さんと親しそうな感じでした。何度か見たので、恋人なのかなと思っていました」


「最近も、その男性を見かけましたか?」


 女性は首を横に振った。


「いえ。そういえば、最近は見かけませんね。いつからだったか、はっきりとは覚えていませんけど」


 上野は手帳に記録した。


「ほかに、浜田さんを訪ねてくる人はいましたか?」


「もう一人、女性を見かけたことがあります。浜田さんと同じくらいの年齢だったと思います」


「その女性とは、親しそうでしたか?」


「顔を合わせたのを見ただけなので、そこまではわかりません。ただ、何度か見かけた気がします」


「その方も、最近は?」


「最近は、見ていませんね。そもそも、同じ職場の人なのかどうかもわかりませんし……」


「わかりました。ありがとうございます」


 上野は礼を述べ、次の部屋へ向かった。


 別の住人からも、似たような話が聞けた。


 麻衣のもとには、以前、男性が通っていたらしい。だが、最近はその姿を見かけなくなっていた。


 そして、麻衣と同じくらいの年齢の女性も、マンションを訪ねていたことがあるという。


 その女性が誰なのか、男性とはどんな関係だったのか。今の段階では、まだわからない。


     *


 マンションの外へ戻った上野は、聞き込みの内容を整理した。


 浜田麻衣、二十四歳。


 クラブ「RAIN」で働いていた可能性が高い。


 部屋の様子からは、経済的に追い詰められていたような印象はない。自殺の動機につながる明確なものも見つかっていなかった。


 以前、麻衣の部屋を訪ねていた男性は、最近になって姿を見せなくなっている。


 さらに、同年代の女性も何度か訪ねていたらしい。


「……人間関係を調べる必要がありそうですね」


 上野がつぶやいた。


 そこへ、先ほど屋上の確認に向かった同僚が戻ってきた。


「上野さん、屋上の確認はひとまず終わりました。靴は、引き続き鑑識で調べます」


「ありがとう。こちらは、勤務先がわかりました。クラブ『RAIN』です」


 上野は名刺を見せた。


「明日、店に聞き込みへ行きましょう。麻衣さんがどんな人物だったのか、誰と親しかったのか。そこから調べていきます」


 同僚はうなずいた。


「自殺かどうかも、まだ断定できませんからね」


「そうです。現場の状況だけで決めつけることはできません」


 上野はマンションを見上げた。


 屋上に置かれた靴。


 以前、麻衣のもとを訪ねていた男性。


 そして、もう一人の女性。


 それぞれが、何かを知っているのかもしれない。


 しかし、今はまだ、どの手がかりが事件につながるのかもわからなかった。


 まずは、浜田麻衣が働いていたクラブ「RAIN」。


 そこに、彼女の知られざる人間関係が残されているはずだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。