第二話 第一発見者
マンションの前に、救急車とパトカーが次々と到着した。
救急隊員が倒れている女性のもとへ駆け寄り、警察官たちは周囲に人が集まらないよう、現場の整理を始めていた。
圭司はトラックのそばに立ち、落ち着かない様子でその光景を見つめていた。
ほんの少し前まで、いつもどおり配達をしていた。
荷物を受け取り、礼を言ってくれた女性。それが今、目の前で動かなくなっている。
何が起きたのか、圭司にもまったくわからなかった。
「野上さん!」
聞き覚えのある声に振り向くと、スーツ姿の男がこちらへ歩いてきた。
上野真一だった。
圭司が過去に関わった事件を何度も担当してきた刑事である。
上野は現場の様子を一瞥し、それから圭司の顔を見た。
「野上さん、今度はなんですか?」
「おいおい、今回は第一発見者だぞ」
圭司は、思わず苦笑した。
「俺だって、好きで事件に巻き込まれてるわけじゃないんだからな」
「それはわかっていますよ。わかっていますけど……」
上野は小さくため息をついた。
「どうして、あなたがいる場所でこういうことが起きるんですかね」
「俺に聞かれても困る」
いつものやり取りだった。
だが、二人ともすぐに表情を引き締めた。
目の前で起きたことは、冗談で済ませられるものではない。
「すみません、少し話を聞かせてもらいます」
上野がそう言うと、近くにいた警察官が声をかけてきた。
「上野さん、現場の確認を進めています。第一発見者はこちらの方ですか?」
「ああ。こちらは私が話を聞く。あなたは、マンションの出入口と上の階を調べてくれ」
「わかりました」
警察官は一礼すると、マンションの中へ入っていった。
上野は改めて圭司に向き直った。
「では、話を聞きましょうか、野上さん」
*
上野は手帳を取り出し、圭司の話に耳を傾けた。
「今日は、このマンションの四階から一階まで、順番に配達していたんだ」
「四階から、ですか」
「ああ。上の階から下へ降りながら配っていった。最後の荷物を届けて、これで終わりだと思って外に出たんだ」
圭司は、トラックの前に視線を向けた。
「トラックに乗ろうとした、そのときだった。いきなり、ドンッて鈍い音がした」
「何かが落ちたような音?」
「そうだ。最初は何が起きたのかわからなかった。荷物でも落ちたのかと思って、トラックの前に回ったんだ」
圭司の表情が曇った。
「そしたら、若い女性が倒れていた」
「そのとき、女性の様子は?」
「ピクリとも動かなかった。声をかけても反応がなかったから、すぐに救急車と警察に電話した」
「落ちてくるところは見ましたか?」
「いや。音がして振り向いたときには、もう地面に倒れていた。どこから落ちてきたのかも、瞬間は見ていない」
「なるほど……」
上野は手帳に記録しながら、いくつか確認の質問を続けた。
「倒れていた場所は、トラックのすぐ前だったんですね?」
「ああ。もう少しずれていたら、トラックにぶつかっていたかもしれない」
「そのとき、周りに人は?」
「俺が気づいたときには、ほかに誰もいなかった。音を聞いて、あとから人が集まってきたんだ」
「女性に、見覚えはありましたか?」
「……あったよ」
圭司は、ゆっくりとうなずいた。
「今日、荷物を届けた人だった」
上野のペンが止まった。
「あなたが配達した相手?」
「そうだ。本人に直接、荷物を渡した。普通に受け取って、礼も言っていた。特に変わった様子はなかったと思う」
「いつごろですか?」
「転落する、ほんの少し前だ。俺はそのあと一階まで降りて、外へ出た。それからトラックに戻ろうとしたときに、あの音がした」
上野は黙って考え込んだ。
配達を終えたばかりの女性が、すぐあとに転落した。
だが、圭司は落ちてくる瞬間を見ていない。現時点では、何があったのかを判断する材料としては不十分だった。
「わかりました。詳しいことは、あとでまた確認させてください」
「もちろんだ。俺に答えられることなら、何でも話すよ」
「助かります」
上野は手帳を閉じた。
そのとき、マンションの中から一人の警察官が足早に戻ってきた。
「上野さん、少しよろしいですか」
「どうしました?」
警察官は、上野のそばに来ると声を落とした。
「被害者の所持品を確認しました。身分証から、本人の氏名がわかりました。浜田麻衣。二十四歳です。それから屋上に靴が置いてありました。多分、屋上から飛び降りたかと思われます」
「屋上ですか?」
「はい」
上野の表情が引き締まった。
「屋上から」
圭司も、その言葉を耳にしていた。
今日、自分が荷物を届けた女性。
彼女は、なぜマンションから落ちたのか。
自ら飛び降りたのか。それとも、誰かに落とされたのか。
まだ何もわからない。
上野はマンションを見上げた。
圭司は、先ほど荷物を渡したときの麻衣の顔を思い出していた。
普通に荷物を受け取り、礼を言った女性。
あのときの彼女に、何か異変はあったのだろうか。
圭司は、答えの見つからない疑問を胸に抱えたまま、現場に立ち尽くしていた。




