第七話 後輩の中間
配送センターの午後は、慌ただしかった。
荷物を積み込むドライバーたちの声が飛び交い、フォークリフトが倉庫の中を行き来している。そんな騒がしさの中で、牧田吾郎と野上圭司は、ひとりの男を探していた。
中間、二十九歳。
飯塚孝志の後輩であり、事故当日に飯塚の帰りを遅らせることになった配送ミスをした人物だった。
「中間さん、少しいいですか」
牧田が声をかけると、伝票を整理していた中間は、驚いたように顔を上げた。
「牧田さん。それに、野上さんも……」
「飯塚さんの事故のことで、もう少し話を聞かせてもらいたくてね」
中間の顔から、さっと血の気が引いた。
「……はい」
彼は手にしていた伝票を置いた。
三人は、事務所の隅にある小さな打ち合わせスペースへ移動した。
*
「まず、事故当日のことを確認したい」
牧田が切り出した。
「飯塚は、本来なら早く仕事を終えられる予定だった。ところが、中間さんの配送ミスで、再配送を引き受けることになった。で間違いないか?」
「はい……」
「どうして飯塚に頼んだんですか?」
圭司が尋ねると、中間はうつむいた。
「俺が届け先を間違えたんです。荷物を届けたあとで、宛先が違うことに気づいて……。どうすればいいかわからなくて、桂川さんに相談しました」
「桂川さんは何と?」
「飯塚さんに相談してみろって。あの辺りの道に詳しいし、再配送も対応できるだろうって」
「それで、飯塚さんが代わりに行くことになった?」
「はい。俺が頼んだら、飯塚さんはすぐに引き受けてくれました」
中間は、膝の上で両手を握りしめた。
「自分の仕事も残っているのに、俺のミスをかばってくれたんです。『誰にでも間違いはあるから、次から気をつけろ』って……」
「飯塚らしいな」
牧田が小さくつぶやいた。
飯塚は、面倒見のいい男だった。後輩の失敗を責めるより、まず解決することを考える。だからこそ、周囲から頼りにされていた。
「でも、それで飯塚さんの帰りが遅くなった」
圭司の言葉に、中間は強くうなずいた。
「はい。俺のせいです」
「中間」
牧田は静かに言った。
「今は自分を責めるために話を聞いているんじゃない。あの日、何があったのかを知りたいんだ」
「……わかっています」
「ほかに、飯塚の様子で気づいたことはなかったか? いつもと違う言動や、体調が悪そうだったとか」
中間は口を開きかけ、何かを思い出すように黙った。
「……そういえば」
「何です?」
「飯塚さん、少し具合が悪そうでした」
圭司は姿勢を正した。
「具合が悪そう?」
「はい。ちょっと風邪っぽいって言ってました。頭も痛いみたいで……」
「それは、いつごろのことですか?」
「再配送の話をしていたころです。ものすごく具合が悪そうだったわけじゃありません。でも、いつもより少し元気がないように見えました」
「それで、どうしたんです?」
中間は一度、牧田を見た。
それから、ためらいがちに答えた。
「俺、薬を渡したんです」
圭司と牧田は顔を見合わせた。
「薬?」
「市販の鎮痛薬です。俺が自分用に持っていたもので、頭が痛いなら飲みますかって聞いたんです」
「飯塚は受け取ったんですか?」
「はい。ありがとうって」
「実際に飲んだところを見ましたか?」
「ええ、水と一緒に飲んでいましたよ」
圭司の胸に、小さな引っかかりが生まれた。
事故当日は薬を飲んでいた。
「中間さん、その薬の名前はわかりますか?」
「商品名までは、ちょっと……。頭痛のときに使っている、普通の市販薬です」
「どんな薬かわかるものはありますか? 箱や説明書など」
「家に箱が残っていると思います」
「できれば、あとで確認してもらえますか」
圭司は慎重に言った。
「飯塚さんの体に何が起きたのか、まだわかっていない。薬が関係していると決まったわけじゃないんだが、飲んだものは全部確認しておきたい」
「……薬が、事故と関係しているんですか?」
中間の声が震えた。
「まだ何も断定できません」
圭司は言葉を選んだ。
「だから、事実を一つずつ確かめたいんです」
中間はうつむいた。
「俺は、助けようと思っただけなんです。頭が痛いなら、少しでも楽になればと思って……」
「それはわかっている」
牧田が答えた。
「だが、何かを確かめるためには、善意だったことも含めて、すべて正直に話してもらわなければならない」
「はい……」
中間は、何度もうなずいた。
*
話を終えたあとも、圭司はしばらく打ち合わせスペースに残っていた。
牧田が、中間から受け取った事故当日の配送記録を確認している。
「これで、飯塚が遅くなった経緯はわかったな」
牧田が言った。
「中間さんのミスを、飯塚さんが引き受けた。それで帰りが遅くなった」
「ああ。ただ、気になるのは薬のこと」
圭司は、記録から視線を上げた。
「飯塚さんの奥さんは、普段、薬を飲まない人だと言っていたらしい。それなのに、あの日は中間さんから薬を受け取っている」
「薬が原因だと言いたいのか?」
「いや。まだ、そこまでは。ただ、警察が毒物の可能性まで調べている以上、薬の種類や飲んだ時間を確認する必要はあると思う」
牧田は腕を組んだ。
「中間が渡したのは、市販の鎮痛薬なんだろう?」
「本人の話ではそうだ。でも、薬の種類がわからないまま、影響がなかったとは言えない」
もちろん、それだけで疑う理由にはならない。頭痛を訴えた人に、手持ちの薬を渡す。よくあることだ。中間の行動にも、悪意があったようには見えなかった。
だが、飯塚の死には、まだ説明のつかないことが多すぎる。
「牧田、もう少し飯塚さんの運行の前後を調べたほうがいいのかもしれない」
牧田は、少し考えてからうなずいた。
「わかった。会社の記録で確認できることは調べてみる」
「頼む」
圭司は立ち上がった。
中間は、飯塚を助けようとした。
桂川は、金に困っていた。
どちらも飯塚の死に関わる事実だった。しかし、誰かに疑わしい事情があるからといって、その人間が死の原因を作ったとは限らない。
圭司は、そこを見誤りたくなかった。
*
配送センターを出ると、夕方の風が吹いていた。
圭司は車に乗り込む前に、もう一度、建物を振り返った。
飯塚は、ここで毎日仕事をしていた。
仲間のために予定を変え、困っている人がいれば手を貸し、多少の無理をしてでも仕事を終わらせようとした。
そんな男が、帰宅する途中で命を落とした。
「……何が、あったんだろうな」
圭司のつぶやきに、牧田が答えた。
「本当に、何があったんだろうな」
二人は車に乗り込んだ。
飯塚が飲んだ鎮痛薬。
帰りを遅らせることになった再配送。
それぞれは、特別なことではなかったはずだ。
だが、その何気ない出来事が重なった先に、取り返しのつかない結末が待っていたのかもしれない。
まだ、そのつながりは見えていなかった。




