↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美咲のオヤジの配達記録簿  作者: 空雨 素志


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

64/89

第四話 事故の可能性



 翌日の午後、圭司のスマートフォンが鳴った。


 画面に表示された名前は、上野真一だった。


「もしもし、上野さん?」


『野上さん、今、お時間はありますか。飯塚さんの事故について、少しお話ししたいことがあります』


 上野の声は、いつもより慎重だった。


「何か分かったんですか?」


『ええ。できれば、美咲さんも一緒に聞いていただきたいのですが』


 圭司は隣にいた美咲を見た。


「分かりました。今から会えますか?」


『警察署まで来ていただけますか』


 電話を切った圭司は、美咲に事情を説明した。


「飯塚さんの事故、何か進展があったみたい」


「事故の原因が分かったの?」


「それを聞きに行くんだ」


 二人はすぐに警察署へ向かった。


     *


 上野は、会議室で二人を待っていた。


 机の上には、事故現場の写真と、飯塚孝志の検視に関する資料が置かれている。


「急にお呼びして申し訳ありません」


 上野は二人に椅子を勧めた。


「実は、飯塚さんの事故について、当初の見立てを見直す必要が出てきました」


「見直す、というのは?」


 圭司が尋ねた。


「これまでは、単独事故として調べていました。飯塚さんが運転中に何らかの原因で操作を誤り、トラックが道路脇に衝突した。そう考えられていたわけです」


「飯塚は長時間働いていたそうですね。運転中に疲れが出た可能性もあると聞きました」


「その点も調べています。実際、勤務記録には問題がありました。ただ、それだけでは説明できないことが分かってきたんです」


 上野は、机の上の資料に視線を落とした。


「飯塚さんの遺体を詳しく調べたところ、事故による外傷だけでは説明しにくい所見が見つかりました」


 美咲が身を乗り出した。


「それは、どういうことですか?」


「事故の衝撃を受ける前に、何らかの異変が起きていた可能性があるということです。現在、医師や鑑識と連携して、詳しく調べています」


 圭司の表情が険しくなった。


「つまり、運転中に意識を失っていた可能性がある?」


「その可能性もあります。しかし、原因はまだ特定できていません」


 上野は一度言葉を切った。


「そして、もう一つ。体内から検出された物質についても、確認が必要になっています」


「体内から……?」


 美咲がつぶやいた。


 上野は、二人の顔を順に見た。


「現段階では、毒物の可能性も否定できません」


 会議室が静まり返った。


 圭司は、すぐには言葉を返せなかった。


 毒物。


 その言葉は、事故という説明を根本から揺るがすものだった。


「待ってください。毒物が原因だとしたら……飯塚は、誰かに何かを飲まされたということですか?」


「まだ、そこまでは分かりません。検出された物質が事故に関係しているのか、どのような経路で体内に入ったのか、現在確認しているところです。現時点で、誰かが故意に摂取させたと判断することはできません」


「でも、もし毒物が原因なら、事故じゃなくて殺人の可能性もある……」


 美咲の声が、かすかに震えた。


「そうです。だからこそ、慎重に調べなければなりません」


 上野は静かに答えた。


「飯塚さんが亡くなる直前、荒木という男性と口論していたことも把握しています。ですが、荒木さんが事故に関与したという証拠は、今のところありません」


 圭司は、事故現場で見た光景を思い出した。


 大破したトラック。


 運転席で動かなくなっていた飯塚。


 そして、救急隊が到着しても、もう目を覚ますことのなかった男。


 あのときは、ただの事故だと思っていた。


 しかし、もし飯塚が事故の前に何らかの異変に襲われていたのなら、すべての見方が変わってくる。


「上野さん。飯塚が亡くなる前に、何を食べたり飲んだりしたのか、分かっていますか?」


 圭司が尋ねた。


「現在、勤務先や家族にも確認を進めています。ただ、まだ全容は分かっていません」


「飯塚は、誰かを恨んでいたり、トラブルを抱えていたりしたんでしょうか」


「それについても調べています。職場での人間関係、事故当日の行動、立ち寄った場所。すべて確認する必要があります」


 上野は資料を閉じた。


「野上さん。飯塚さんと親しかったあなたに、一つお願いがあります」


「何でしょう?」


「飯塚さんが普段どんな人だったのか、最近、何か変わった様子がなかったか。思い出したことがあれば、教えていただきたいんです」


「分かりました。何か思い出したら連絡します」


 圭司は力強くうなずいた。


     *


 警察署を出ると、空は薄い雲に覆われていた。


 美咲は、しばらく黙って歩いていたが、やがて口を開いた。


「圭司……飯塚さん、殺されたのかな」


「まだ分からない」


「でも、毒物が検出されたんでしょう?」


「検出された物質が何なのか、どこから入ったのか。それが事故と関係しているのかも、まだ確認中だ。今は、決めつけるわけにはいかない」


 そう答えながらも、圭司自身、胸の奥に不穏なものを感じていた。


 飯塚は、後輩の失敗を助けるために、予定外の配達を引き受けた。


 運行管理者の桂川は、勤務時間の問題を隠していた。


 そして、事故の直前には、荒木という男と口論していた。


 それぞれの事実が、今になって違う意味を持ち始めている。


「もし、誰かが飯塚を殺したのなら……」


 美咲が言いかけた。


「動機が必要になるな」


 圭司は、その先を引き取った。


「飯塚を殺す理由があった人間がいるのか。それとも、何か別の事情があったのか」


 二人は足を止めた。


 飯塚の死を事故として片づけるには、疑問が増えすぎていた。


 しかし、殺人だと決めるには、まだ証拠が足りない。


 圭司は、もう一度、事故現場の光景を思い浮かべた。


 あのとき、飯塚は何を考え、何を感じながらハンドルを握っていたのだろう。


 そして、最後に口にしたものは何だったのか。


 答えは、まだ闇の中にあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。