第六話 七年前の記憶
夜。
圭司と美咲は、居酒屋の奥の席に座っていた。
仕事帰りの上野と待ち合わせていた。
しばらくして、上野が席につく。
「遅くなりました」
「お疲れ」
圭司がビールを注文する。
美咲はウーロン茶。
上野は酒を飲まず、湯飲みに入ったお茶を手にした。
しばらくは、高木の事件について話さなかった。
料理がいくつか運ばれてきたところで、圭司が口を開いた。
「なあ、上野さん」
「はい」
「高木の部屋、一回見せてもらえないか?」
上野は箸を止めた。
「何のために?」
「荷物がなくなった理由が気になる」
美咲も続ける。
「高木さんは、会社で物がなくなるからって言ってたんですよね」
「聞きました」
「だったら、部屋の中に何か残ってるかもしれない」
上野は首を横に振った。
「駄目です」
即答だった。
「なんで?」
「警察以外が勝手に入るわけにはいきません」
「俺たちが見たって、何か壊すわけじゃないだろ」
「そういう問題じゃないんです」
上野は少し困ったように笑う。
「圭司さん、美咲さん。これは事件です。現場には証拠が残っている可能性がある。警察以外の人間が勝手に触れば、証拠として扱えなくなることがあります」
美咲が少し不満そうにする。
「でも……」
「駄目です」
今度は少し強い口調だった。
圭司は黙った。
上野も、しばらく黙って酒の席を見回した。
「七年前も、そんなこと言ったな」
圭司が笑う。
上野も少し笑った。
「言いましたね」
美咲が二人を見る。
「七年前って……」
「お前の母さんの事件だよ」
圭司が答える。
美咲は一瞬、表情を変えた。
「……ああ」
それ以上は聞かなかった。
牧田が来たのは、その少し後だった。
「遅くなった」
「牧田さん」
美咲が手を上げる。
牧田は席につくと、店員にビールを頼んだ。
「何の話?」
圭司が答える。
「高木の部屋を見せてくれって、上野に頼んでた」
「断られた」
「当然です」
上野が言う。
牧田が笑った。
「そりゃそうだ」
「牧田までそっちかよ」
「俺だって警察じゃないからな」
圭司は不満そうにビールを飲む。
牧田が美咲を見る。
「美咲も見たかったのか?」
「うん」
「昔から変わらないな」
「何が?」
「事件になると、すぐ現場を見たがる」
美咲が笑う。
「だって気になるじゃん」
牧田も笑った。
「七年前もそうだったな」
一瞬、席が静かになる。
上野がぽつりと言った。
「あの頃は、もっと大変でしたけどね」
「そうだったな」
圭司もグラスを置く。
「美穂のことがあって……」
その名前が出た瞬間、美咲は黙った。
圭司はそれに気づき、少しだけ言葉を選ぶ。
「まあ……いろいろあったよな」
「ありましたね」
上野が答える。
「圭司さん、あの時も勝手に動こうとしてましたから」
「そうだっけ?」
「覚えてないんですか?」
「覚えてるよ」
牧田が笑う。
「俺が何回止めたと思ってるんだ」
「牧田さんも結構勝手に動いてたじゃん」
美咲が言う。
「俺は大人だからいいんだよ」
「意味分かんない」
四人の間に笑いが起きる。
ほんの一瞬だけ。
七年前のことを忘れられるような空気になった。
しかし、笑いが収まると、圭司は静かに言った。
「……あの時も、時間かかったな」
上野がうなずく。
「ええ」
「結局、いろんなことが後から分かった」
「事件って、そういうものです」
上野はグラスを置いた。
「その時は意味がないと思っていたことが、後になって重要だったりする」
美咲が聞く。
「今回も?」
「かもしれません」
上野は高木の事件を思い出す。
午後六時の配達。
部屋の中から聞こえた男の声。
死亡推定時刻。
そして、消えた荷物。
まだ何一つ、つながっていない。
「だからこそ、現場は警察に任せてください」
上野が言った。
「分かったよ」
圭司は渋々うなずいた。
牧田が笑う。
「珍しいな。圭司が素直だ」
「うるさい」
「まあ、時間は待ってくれないけどな」
牧田が何気なく言った。
圭司は少しだけ笑う。
「……それ、俺の台詞だろ」
四人はまた笑った。
だが、その夜。
誰もまだ気づいていなかった。
高木の部屋に残されたものの中に、
事件を大きく動かすものがあることを。




