第七話 消えた荷物
大村家の周辺で聞き込みを続けていた上野のもとに、新たな証言が入った。
事件の夜、誰かが、台車を使って何かを運んでいる姿を見たというのだ。
何を運んでいたのか。
そして、それをどこへ運んだのか。
証言だけでは、まだ分からなかった。
しかし、大村家と牧田の物流倉庫は隣り合っている。台車を使えば、短時間で荷物を運ぶことができる距離だった。
上野は、壱岐康太にもう一度話を聞くことにした。
*
牧田の物流倉庫。
事務所の一角で、上野は康太と向かい合っていた。
少し離れた場所には、圭司と美咲、牧田もいる。
上野は手帳を開いた。
「夜、誰かが、台車で何かを運んでいたという情報が出ているんですが、壱岐さんあなたではないんですか?調べればわかることですよ?」
康太の表情が固まった。
「……すいません」
「何について謝っているんですか?」
上野が静かに尋ねる。
康太は一度唇を結んでから、観念したように答えた。
「会社の備品とトラックを使ったので……言えませんでした」
「どういうことですか?」
上野の声が少し鋭くなった。
康太は視線を落とした。
「幸子の荷物を運んでいたんです。いざというときに、逃げられるように」
「逃げる?」
圭司が思わず聞き返した。
康太は小さく頷いた。
「大村智が離婚できないと言ってきたときに備えて、幸子と琴ちゃんを逃がす段取りをしていました」
「つまり、離婚が成立しなかった場合に備えて、家を出る準備をしていたということですか?」
上野が確認する。
「はい。二人が暴力を受けていると聞いていましたから。何かあってからでは遅いと思ったんです」
美咲は腕を組んだ。
「でも、そんな大事なことを、どうして警察に言わなかったんですか?」
「会社の台車を勝手に使いましたし、トラックも……。それに、幸子たちを逃がす準備をしていたと知れたら、僕たちが疑われると思ったんです」
康太は苦しそうに答えた。
「結果的に、余計に疑われることになったわけだな」
牧田が複雑そうな顔をした。
「……はい」
康太は反論しなかった。
上野は話を先へ進めた。
「事件当日のことを、詳しく話していただけますか?」
「分かりました」
康太は一度深呼吸した。
「あの日、離婚の話し合いでは、大村智は素直に応じてくれました。僕も、これなら大丈夫かもしれないと思ったんです」
「そのあと、あなたは幸子さんに送ってもらったんですね?」
「はい。少し話をしていたら、琴ちゃんが逃げてきたんです」
上野のペンが止まった。
「琴さんが?」
「ええ。話を聞くと、大村智から暴力を振るわれたらしいんです」
康太は拳を握った。
「僕たちは心配になって、家に戻りました。でも、大村智はいませんでした」
「いなかった?」
「はい。家の中を確認しましたが、姿が見当たらなかったんです」
「それで、荷物を運んだんですか?」
「そうです。もともと準備していた荷物を運びました」
康太は、言いにくそうに続けた。
「僕のトラックは、そこにはありませんでした。だから、仕方なく野上さんのトラックに荷物を入れたんです」
圭司の顔つきが変わった。
「……俺のトラックに?」
「はい」
「ちょっと待て。俺のトラックには、何を積んだんだ?」
「幸子の衣類や、琴ちゃんの荷物です。逃げるときに必要なものだけでした」
「それで、どうしたんです?」
上野が尋ねた。
「次の日、野上さんが戻ってくる前に、全部降ろしました」
「本当に?」
「はい。必要なものは別の場所に移しました。野上さんが帰ってくる前には、トラックを空けたつもりです」
康太は、上野の目を見て答えた。
事務所の中が静まり返った。
圭司は腕を組み、眉間にしわを寄せていた。
自分の知らないところで、誰かが荷物を積み込み、さらにそれを降ろしていた。
それだけでも気分のいい話ではない。
まして、そのトラックから遺体が見つかっているのだ。
上野は、しばらく康太を見つめていた。
「壱岐さん。一つ、確認させてください」
「……はい」
「あなたたちが荷物を積み込んだとき、段ボールはありませんでしたか? 大村智さん宛ての伝票が貼られたものです」
康太は目を見開いた。
「いえ……。僕たちが運んだのは、幸子たちの荷物だけです」
「本当に、大村さんはいなかったんですね?」
「本当です。何度も言いますが、家に戻ったときには、もういなかったんです」
上野は手帳を閉じた。
しかし、疑問は消えなかった。
琴が消そうとしていた車輪の跡。
幸子と康太が台車で運んでいた荷物。
圭司のトラックに積まれたという私物。
そして、大村智宛ての伝票が貼られた段ボール。
それぞれが、一本の線につながり始めているように見えた。
上野は、あえて口に出した。
「……琴さんが、大村さんを殺してしまった。そう考えると、いろいろなことに説明がつくんです」
「えっ……?」
康太の顔から血の気が引いた。
「琴さんが父親を突き飛ばし、頭を打った大村さんが動かなくなった。二人は、琴さんを守るために遺体を運んだ。そうではありませんか?」
「ち、違いますよ!」
康太は、思わず声を荒らげた。
「僕たちは、本当に大村智はいないと思っていたんです!」
上野は目をそらさなかった。
「では、なぜ台車の跡を消す必要があったんでしょうか。なぜ、あなたたちが運んだ荷物が、野上さんのトラックに積まれていたんでしょうか。そして、なぜ大村さん宛ての伝票が、遺体のそばに残されていたんでしょうか」
康太は言葉を失った。
美咲も圭司も、何も言わなかった。
上野の推理は、確かに筋が通っているように見えた。
だが、それはまだ仮説にすぎない。
康太は、しばらくしてから顔を上げた。
「……僕は、幸子と琴ちゃんを助けたかっただけなんです」
その声は震えていた。
「本当に、大村智はいませんでした」
上野は黙って康太を見つめていた。
彼が嘘をついているのか。
それとも、二人を守ろうとしているだけなのか。
まだ、判断することはできなかった。
そして、圭司のトラックに遺体を積み込んだ本当の人物も、誰も知らないままだった。




